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AI結婚アプリ XtremeMatch(第4話)

女は,寄りかかっていたバーから立ち上がり,歩いてきて,隣のスツールに腰掛けた。細身だが、背は高い。ヒールを履いているんだろうけど,僕と同じぐらいの目線だ。

「いいかしら?」と腰掛けた後に言う。

いた事に気付かなかったけど,目の前にくると、彼女の眼は灰色で,長いソバージュの黒髪が胸元までかかり,金のチョーカーを流れるような黒いイブニング・ドレスに合わせている。

ジャム直前のジャズ歌手かシャンソン歌手かな?という印象。そもそも,クライアントなのか、運営側なのかな,と判断がつかず,マジマジと見てしまう。

「何〜,そんなにジロジロ見ないで。エチケットはどうしたの?ま,どうせ,私の人種について判断がつかないんでしょ。面倒くさいから先に言うけど,白人,黒人,アジア系とラテン系のクォーターなの。それも完璧なクォーター。何か文句ある?」

「いや,あの,そういう事じゃ……」と言いかけたところで,面倒になった。それと,人種の話になると,どこまで聞いて良いのか分からない,微妙な話だと感じたからだ。

「ま,分かった,そんなところだよ。失礼しましたー。でも,素敵なチョーカーだね。」と言って降参したジェスチャーを両手で入れてみた。

 実は,大学4年間で分かった事が一つあって,自分は同年代や年下より何故か,年上の方が受けがいい。未だに何故か知らないが,バイトとかしてても,そのパターンが多かった。
 逆に,自分より若い子とは,だいたいダメだった。たまに,大人びた若い子なら,上手くいくけど,「先輩〜」とか黄色い声を出して擦り寄ってくるのはまずダメ。だから,大体,付き合ってきた人は年上だった。

 言われてみると,この人は,骨格は外人だけど,顔はなんだかアジア人っぽいというか,日本人っぽい。いや,クォーター日本人だろう。確か,契約書のオプションには,純粋に日本人に限定したわけではないが,日本とゆかりのある人も対象になっていたような気がする。

「私はアナスタシア。あなたは?何日目?もう誰か見つけた?」と彼女。

答えようとした途端,背後でドン,と鈍い音がした。「はい。ヤマザキ,ロック」とバーテンの声に反応して振り返ると,既にそそくさと向こう側に立ち去っていた。

一瞬すぎて,顔も良く見えなかったが,不快感だけが確実に残った。

オレの固まった表情を見て,アナスタシアがゲラゲラと笑い出した。

「慣れるのに時間がかかりそうね。でも,別に貴方だからじゃないの。誰に対してもそうなの。」と言って,またケラケラと笑いだした。豪快でスッキリとした性格だと分かる笑い声だ。

気を取り直して,「オレ,タツヨシって言うんだ。」と名乗った。

「へー,あんまりボクサーには見えないけど。」彼女は,意地悪そうな顔をして,まだ笑いを堪えようとしながら応えた。

なんだかムカつく気持ちをよそに,そもそも日本のボクシングの事を知っている事に興味が湧いてきた。薬師寺保栄とかも知ってんだろうか?

「あー,知ってるわよ。向こうは知らないだろうけどね。だってタケシ監督の映画にも出てたでしょ。」と言って,またケラケラ笑う彼女。

そこから,ひとしきり,ボクシングの話題となった。僕は,オスカー・デラホーヤのファンだと明かすと,話が止まらなくなった。彼女はシュガー・レイ・レナードのファンだという事もわかった。一体,何歳なのか,分からない益々分からなくなってきたが,そりゃ,聞いちゃいけないだろう。

「それで,ボクシングの話はいいとして,貴方はボクサーじゃないでしょ、何でここにきたの?」

突然,アナスタシアが真顔で聞いてきた。バーカウンターに肩肘ついて,体をこちらに向き直した。金色のチョーカーが鈍く光っていて,なんだか艶かしい雰囲気だ。

一瞬,無理にミステリアスな話をしてお茶を濁そうとしたが,みすかれそうな気がした。折角,ボクシングの話で盛り上がったのに,かっこ悪すぎるだろう。

「大丈夫,茶化したりしないから。」

打って変わって真面目な顔をして促す、アナスタシア。

しょうがなく,冴えない大学4年間の私生活を説明しつつ,入学時に両親と交わした約束との関係、そして,追い出されるようにニューヨークに送り込まれた事を話し始めた。

アナスタシアは,時折頷きながらも,じっと静かにオレの話を聞いていた。

「俺の話は、これぐらいでいいだろう。君はどうなんだ」なんとなく、居心地が悪くなって、聞き返した。

彼女は父親はアフリカ系英国人、母は日系ブラジル人ということだった。小さい時に両親が離婚し、父の思い出はなく、母親と一緒に移住したブルックリンで育てられたという。その後、キプロス国立大学で海洋学を勉強していたんだけど、そこで出会った暴力的な彼氏と別れたということだ。虐待する男性と付き合うのが3回目で、自分の男の趣味と判断力がどうしようもないことを悟ったため、XtremeMatchの企画に参加したという。
「ま、一言でいえば、今の自分に嫌になって、負の連鎖から抜け出したかったのね。私は特に裕福な人は探していないけど、ホッとする人と一緒に過ごしたいの。」
アナスタシアは今晩が四日目の夜だとも言った。

「ピコーン。ピコーン。」

なんだよ、このタイミングで、と思って、手首の内側を一瞥した。

「今夜の出会い率23%」

ん…出会い率がジャンプしてる?アナスタシアと縁があるということか?いや、流石にないだろう。自分とはあまりにも境遇が違うし、そもそも結婚対象たりえないだろ。いくら、結婚してさえくれれば良い、と言っている両親でも、拒絶するだろう。

「ね、何だって?私のこと?」アナスタシアが悪戯っぽい笑顔でみている。

「いや、別に、大したことでは…」と言い、とっさに手首をバーカウンターに下向きにした。

「いいじゃな~い」とアナスタシアは笑顔で俺の左手首に手をかけた。

「ピコーン、ピコーン」

いや、このリストバンド、ホントうざい。
というか、タイミング、悪すぎだろう!

ちょっと!と思ったら、アナスタシアがグイっと俺の手のひらをひねり、スクロールを見た。思ったより力がある。

そして、アナスタシアが爆笑した。下を向いて、腹を抱えて笑っている。

みると、「彼女が可愛く思えるまで飲みなさい。」とのメッセージが、普通はスクロールしているリストバンドに静止画で映っていた。

「あの、これは俺じゃないから。。。それに。。」というのが精いっぱい。

でも、まだ笑い続ける彼女をみていると、まんざらでもない自分がいる。

AIも考えたものだな。
初日だからか。俺は、そもそもボンボンなせいか、いつも、少し影があったり、不幸な生い立ちの女に惹かれる傾向がある。それと、底抜けに明るい人が好きなんだけど、アナスタシアはこの二つを両方とも満たしている。

アナスタシアが笑い終わって、面を上げると、姿勢を直して、髪をかき上げてから、赤ワインがほとんど入っていないグラスを飲み干した。

「あなたと違って、リストバンドはユーモアのセンスがあるわね。気に入ったわ!」と言って、またケラケラと笑った。

そして、静かにグラスをおくと、「じゃあ、そのリストバンドに敬意を払って、もう少しゆっくりと話しを聞きたいわね。」と言って、僕の手首をつかんで立ち上がった。

僕は抵抗しないこととした。
このパターンはいつか来た道である。
でも、ここまで自然で、受け入れるのが嬉しいことが、久しぶり、いや、初めてのような気がした。
                          (第4話に続く)

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