【1158文字の物語】 #12せつない、あるいはかなしい 『流れ星に願いを』
#12 流れ星に願いを
その夜、僕たちは、星がよく見えるという高原へ流星群を見に行った。彼女のたっての希望だった。
流星が見られる時間帯は真夜中以降だと聞き、11時半頃に着いて、2人で毛布にくるまって待っていた。11月半ば、高原の夜は冷え込む。僕たちの他に、3組のカップルが来ていた。
星が流れ始めた。彼女も僕も黙って流れ星を見ていた。最初のうち、何かを話すのがはばかられるような空気を感じていた。星は見上げて眺めるものだと思っていたのに、空から星が降ってくるなんて、不思議だった。神秘だった。
流れ星を不吉なものと考える文化も、大昔にはあったと聞く。空にあるべきものが落ちてくるというのは怖いといえば怖い。「星が流れると死者が出る」という伝承まであったらしい。
「ねえ、コーヒー飲む?」
彼女がポットに入れてきてくれたコーヒーを飲んだ。温かくておいしい。体が温まった。彼女はいつも細やかに気がきいて、やさしい子だ。僕にはもったいないくらい良い子だから、これからもずっと大切にしたいと思う。
「甲斐くんは何をお願いしたの?」
彼女が小声で聞いた。
「え?」
僕が聞きかえすと、彼女は笑った。
「もしかして甲斐くん、願い事しないでボーッと見とれてた?」
僕はちょとムキになって言い返した。
「みんなで願い事したら、全部は聞いてもらえないだろ。僕はレイの願い事が叶うように、願い事はしないことにしたんだ」
と。真っ赤な嘘だ。願い事するのを忘れていた。ただボーっと見ていた。
「え、そうなの。甲斐くん、やっぱり優しいね。ありがとう。変なこと言ってごめんね」
レイは素直だ。僕の嘘を信じてくれた。
「レイの願い事って何?」
聞いてみたが、願いが叶うまでは人に言ってはいけないのだと言われてしまった。そうなんだ。知らなかった。でも、レイだって僕の願い事は何って聞いたよね。
それから1年後、僕は彼女に聞いた。
「ねえ、あの時、流れ星にお願いしたことは叶ったの? もし叶ったなら教えてよ」
「うん、まだだけど、たぶん叶うと思うから、教えてあげるね」
彼女は、あの日よりもずいぶん細くなってしまった手で、僕の手を握った。
「『人生の最後まで、甲斐くんが私のそばにいてくれますように』ってお願いしたの」
1週間後、彼女は僕の手を握りながら静かに旅立った。
「よかった。私の願い事叶った。ありがとう」
それが彼女の最期の言葉だった。
違う、こんなに早く願い事が叶っちゃいけないんだ。そういうことじゃなかったはずだ。だから流れ星に願い事なんてしちゃいけなかったんだよ。
僕はどこにぶつけていいのか分からない怒りを抑えられなかった。いや、怒りではないのか。悔しさか、悲しみか、寂しさか。よく分からないごちゃごちゃの感情に支配され、とても正気ではいられそうになかった。