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ある朝、目覚めたら猫になっていた (823文字の小説)         

ある朝目覚めたら猫になっていた𓃠


 ある朝、目覚めたら僕は猫になっていた。

 僕が突然姿を消したら、さすがに両親は心配するだろう。いくら反抗期真っ盛りで、手を焼かせている僕だといっても。
 
 猫になった僕がリビングへ行くと、両親は朝食を食べていた。
「あら、タマ、今朝は早起きなのね」
 母がふつうに話しかけてきた。
「お前もごはんがほしいのか。そうか、そうか」
 父が僕の背中をやさしくなでた。
 何か変だ。うちに猫なんかいないはずだ。

「あ、またお腹の赤ちゃんが動いたわ。とっても元気ね、うふふ」
 よく見ると母のお腹が大きい。それに、よく見ると父も母もだいぶ若い。
「もうすぐ赤ちゃんに会えるんだな。楽しみだなあ」
「ええ、楽しみ。ねえ、名前、どうする?」
「うん、やっぱり、男ならカケルがいいと思って。翔って字、一字で」
「いいわね、翔。いい名前。きっとのびのびと元気な子に育つわ」
 母はお腹をさすりながら、幸せそうに微笑んだ。
「ねえタマ、翔って名前、いいわよね。タマもそう思うでしょ」
 
 何の因果か僕が生まれる前の世界へ猫になって入り込んでしまったらしい。母さんは美人だったんだな。今は息子に毎日のように「くそばばあ」なんて悪態をつかれて、目じりのしわがますます目立ってきているのに。母さんがやさしくゆっくりと猫の僕の背中をなでてくれる。なんて気持ちがいいんだろう。ああ、このまま猫のタマになってしまってもいいかな。なんて僕は思ったりした。

 ソファーで目覚めると、キッチンで母が何かしているのが見えた。
「翔、起きたの? ソファーが傷むから、変な寝方するのやめてよね。いつも言ってるでしょ」
「うっせー、くそばばあ」
 といつもなら言うところだったが、意外にも、僕の口から出たのは、
「あ、ごめん」
 だった。これには臨戦態勢だった母も意外そうな顔をしていた。目じりにはちゃんとしわがある。いつもの母だ。
 僕は自分の体を見まわしたが、何事もなかったかのように、ちゃんと人間の翔に戻っていた。


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