Journey to mylife 02.人生軸に生きはじめる
尋ねられることがあまりに多いので、続きを書くことにした
「れあちゃんは、いったいどうやってそこ(何だか楽しそうな今の状態)に行けたの?」
「れあちゃんが変容していったプロセスを聴かせて」
「たびたび」なんてレベルじゃなく、起業してからというものの、本当に頻繁に人に尋ねられるようになった。
自分の辿ったプロセスや変容のストーリーを話すのは好きだし、これまでも多少小出しにはしてきた。共感する人もそうでない人もいるだろうけれど、話を聴いた人が自分と重なる部分にヒントを見出したり、良質な学びや素晴らしいメンター/伴走者に出会うキッカケになるかもしれないと思って、よく話している。
でも、今に至ったプロセスやどんな学びが転機になったのかについては、ちゃんと伝えようとするとどうにも時間が足りないことが多い。いつも全容を話せずに「あぁ、これじゃリアルとはほど遠いな…」と聴いてくれた人に申し訳ないと思ってしまう。
もっと私の中で何が起きたのか、どんな風に闇が晴れ、どんな風に思考や意識が変容し、行動が変わったのか?そこに私がもともと持っているGIFT(私の自然な良さや得意領域やスキルなんかも含めて)がどうはまって、私がよく言う「高速道路を自動運転で走っている感覚」に入ったのか?
すっかり話せてしまえば良いのにと常々感じていて、でも全容を書くのはものすごく大変な気がしてなかなか纏められずにいたのだけれど、少なくとも私と出会ってくれて、私のストーリーを知りたいと思ってくれる人がいるならば、その人たちに何かのヒントになるかもしれないのだから大事なコトかもしれない。と思い至って、また少しづつでも変容のプロセスを書いていこうかと、ようやく今パソコンに向かっている。
私の変わりようには、私が一番驚いている
最初に、私が「変容した」というのは、とりあえず本当だと思う。という話を改めてしておこうと思う。
私は今、本当に人生を心から楽しんでいる。やりたい事はなんだかんだ、ちゃんとカタチになっていく。そんな感覚があるし、夢や「こうゆうことやりたいなぁ」といった願いも、実現していくことが多いように思う。それも自分が思っていたよりもずっと早いスピードで。
心が本当に軽くて、自分自身と人生に対しての深い安心感がある。今の自分がまるっと好きだし、大切にしている価値観を大事にして生きることができている感覚が自分の真ん中に常にある。
対人関係で悩むことがなくなった。これは大袈裟ではなく、本当に対人関係の悩みがすっかり無くなってしまった。職場の人間関係や家族とのコミュニケーションに、これまでどれほど心を砕いてきたかわからない。悩んで傷ついて怒って批判して。誰かを嫌な気にさせたのではないか?と心配になることが多くて、いつも気持ちが疲れ果ててしまう。ありったけのエネルギーを向けても解決しない人間関係もいくつもあった。
それなのに今は、好きな人たちに囲まれて仕事や色んな活動ができている。以前おんなじことを言っている人がいて、その人が「周りに好きな人しかいなくて」と言っているのを聴いて、「またまた。そんなのウソでしょ」って思っていたんだけど。今は自分がその状態。ほんとに、嫌いな人がいない。好きな人しかいない。なぜだ、こんなことあり得ないじゃないか。と思うくらいにそうなんだ。
身体もこれまでで一番元気。メガビタミンとプロテイン、筋トレを始めて健康に気を配り始めたら、40歳を超えてくたびれ始めていた身体や肌が蘇ってきた。顔のクスミやシミが無くなって肌が綺麗になった。驚くのは、長年悩んできたPMS(生理前不調)や生理痛がすっかり無くなってしまったこと。以前は朝すっきり起きれるのは月に1、2回とか、本当に疲れが取れにくくて、身体が重いのが日常で、あんなにしんどかったのに。今では朝からスッキリ起きれて、すぐに元気に活動しはじめられる。
そして、HSPじゃなくなったこと。ちょっとちょっと勘弁して。笑
HSP(感受性が豊かで敏感である特性)が、私のアイデンティティだったんだけど。
人混みに入ると心がザワザワして、雑音が嫌いで、匂いや人口の光にも過敏で、人の表情やしぐさが目について、人の感情、悲しみや怒りイライラまで、求めていない情報がどんどん自分の中に流れ込んできてしまって、どっと疲れてしまう。数年前までそんな感じの私だった。今までの私はなんだったのか・・・・というくらい、今はスンとしてしまっている。
こんな風に、少なくとも30代後半までは、頑張っても否定できないほどに生きづらさを抱えていた。
でも「恵まれている方だ」とか「誰でも多かれ少なかれ、こういった気持ちは付きまとうものだ」とか「100%を望むのは非現実的だ」とか、“そうなんだけど、そうじゃない” 考えで、自分を納得させて生きてきた。誰かに話してみても、こんな風に言われることも多かったし、比較的一般的な考えなんじゃないだろうか。
でも本当の本当は、私は納得なんかしていなかった。
辛い心は芯から楽になりたがっていたし、どんどん弱る身体はもっと元気になりたがっていた。人生に「質」というものがあるのなら、欲張りと言われようが、足るを知れと言われようが、もっと質の良い人生を私は渇望していた。
変容ストーリーの続きのはじまり
以前にも少し書いた変容ストーリーの第一章は、私にとって「他人と自分への信頼感」を再経験し取り戻すプロセスだったと思う。
自分の生まれながらの性質やその時々の感情に十分に繋がった上で、情熱や人生のビジョンに根ざして生き、そして人のメカニズムを自分にある程度ちゃんと使えていて、感情に支配されて生きるのではなくて、自分が感情の舵を取って生きる。その感覚を学び直し、やっとスタートラインに立ったフェーズ。
そして第二章のはじめで(だいぶ続きを書くまで時間がかかったけど)、新たなメンターとの出会いがあって、自分の人生軸を洗い出すフェーズに入った。
ここから私は、自分の奥にまだまだあった感情的・思考的な闇がついに晴れて「高速道路で自動運転モード」に突入していく。
メンターとの関わりや様々な学びを経て得たものは計り知れないのだけれど、簡潔に纏めると大きくはこの3つを、この期間に私は手に入れたと思う。そして、これらは終わった訳ではなく、今もなおアップデートを繰り返していると思う。
自分という人間の性質を正確に掴むこと
その性質と合致することを純度高く選択し、やっていくこと(合致しないことを辞めていくこと)
真に自分を生き始めることで、過去への執着や呪いが自然と解けていく感覚(痛みの特定が不要なこと)
そして、この2年メンターの石動さんは私の先生として、オールジャンルで教えてくれていて、特に転機となった学びは主にこの辺りだと思う。
World View(人生軸)の特定
私の変容ストーリーの第二章で一番最初に経験したのが、メンターの石動さんとの「World View(人生軸)の特定」だった。
石動さんはHumanScience(人の発達や成長のメカニズム、神経脳科学、カウンセリング、コーチング、組織開発、人材開発等)と、ビジネス戦略(サービス開発、マーケティング、ブランディング、人事戦略等)の専門家で、企業向けにコンサルしたり、個人向けにセッションしたりしている人だ。
…というセッションしてくれる人の背景をよく知らないまま、私は信頼できる友人に紹介してもらったままに、石動さんのセッションに臨んだ。(いつも直感で行く先を決めているので、私はそんなことばかり。でもその直感が冴えわたっていることが多いのでOK)
石動さんと会うのは随分久しぶりだったのもあり、最初の1時間は近況と、主にこの半年自分が辿った気づきと変容の道のりについて一通り聴いてもらった後、石動さんから尋ねられた。
対話はこんな風にはじまっていく。(以下、録音の書き起こし)
石動さんはそう言って、語り続ける。
石動さんの序盤の説明を聴いて、このレベルの自分の価値観は、私はまるで分かっていないだろうな。と直感した。同時に、どうして「愛」とか「自由」とか「本質」とかいう抽象度の高い言葉では、これまでドライブがかからなかったのかも、何となくわかってしまった。
そこまで色々と自己探求して、雁字搦めの生きづらさから一歩抜けたところで、自分なりの「こんな人の為に、こんなことをやりたい」ということが、その時点でもまぁまぁ出てきてはいた。でも、そこに一抹の不安がどうしても拭えなかった。
ビジョンを描きながらも「どこか綺麗すぎる…」と感じていて、こんな綺麗すぎる「誰かのために」「世のために」みたいな思想のまま、突っ走っていいのだろうか…?そうやって走り出して数年後に「良いことをしているはずなのに、どうして私、こんなに辛いんだろう…」となりやしないか、ものすごく不安で、でもこのまま行ったらそうなりそうな気もしていた。
でもそれは「自分」という軸が抜け落ちていたからで、これから先何を始めるにしてもそれが、石動さんの言う「黒い部分」も含めた私のナチュラルな性質と合致している必要があったからだった。
一応、World View(世界観)の特定について、石動さんの説明文を貼り付けておく。
WorldViewの特定ワークは、「こんな私でありたい」とか「こんな理想に向かいたい」ではなくて、「ありのままの現状」から自分の本当に持っている価値観を出す、というのが趣旨だ。
その人の単なる「好き」とか「特性」とかってゆうライトなものではなくて、もっとその人の根幹というか、「それやらないと死んじゃう」レベルで「意識すらせずに普段からやってしまっていること」を抜き出すのがWorld View。なので自分の顕在意識で認識しているレベルでは絶対出せないものが出てくる。
私はそれまでも、この類の特性診断や強みの発見セッションは散々受けて、一周回った感があったので正直に言うと大きく期待はしていなかった。それこそコーチングやスピリチュアルなものも含めて色んな方からこれ系のセッションを何回も受けていたから。でも実際は想像していたものと違って驚いた。
ワークを終えて、石動さんが言語化してくれた私のWorld Viewは、これだった。
「進み続け世界を広げ続けながら、『自分を使って』おもてなしをし、心を震わせたい」
これは・・・そもそも自分じゃ絶対わからなかったな。
全部言い当てられてしまった。というのが感想だった。それでいて腹落ちがすごい。
「心地いい」「楽しい」と思ってきたことというのは、この軸が満たされている時で、「心地悪い」「気持ち悪い」と思うことは、これが満たされていない時。自分のこれまでの経験を思い返してみて、見事に符合していく。
石動さんの人の思考と世界観を抜く能力、それを言語化する能力は本当に天才的で、「すべてお見通し感」がすごい。
余談だが、石動さんみたいな人が本物のHSP(Highly Sensitive Person)だと思ったりする。Facebookのプロフ写真と名前を見ただけで、だいたいその人がどんな人か言い当ててしまったり、その人の投稿文の些細な言葉の選び方からその人の性質を抜き出したりするし、人の本質を捉える眼の精度の高さは定評がある。
だから、自分のことについて、励ましの言葉でも背中押しでも勇気づけでもない、本当のことを知りたかった私にはものすごくフィットしたのだと思う。
「すごい・・・これ全部言われて初めて気づいたことばかりで、でも本当に全部そうだ。」
そう伝えると石動さんが言った。
「れあさんは、このやり方を覚えるべきです。れあさんは、誰かの心に入って震わせたい人なので、となると、この辺のやり方も知ってた方が震わせやすい。でも最後まで伴走するとかは、あんまり興味ないんですよね、きっと。バイブレーションさせて、ほら行ってこーい!みたいな、そうゆうのの方が好きな人。すっと心に入るのも上手いし、そこに焚きつけるのも上手い。なので今後の事業も、そこら辺を軸にしてやっていった方がいいんだろうなと思いますよ。」
また全部言い当てられた・・・。と思って、思わず笑ってしまった。
本当に感動のセッションだった。
セッション後に私が送ったメッセージがこちら。
セッション直後より今の方がよりハッキリ分かるのだけど、私の全ての言動、快・不快が、抽出したWorld Viewに符合する。
これをもとに、私が言語化した自分の取説がこちら。
随分と正直ベースだけど、これが私の本心の価値観。
セッションを受けて、自分の人生軸、つまり「自分が普段から息を吸うようにやってしまっていて、それをやることが心地良すぎること」であり、「ということは、これから先の人生も確実にやっていくであろうこと」が明確に出たことで、「あぁそうか、変えたいと願う現状とか救いたいと願う人が居たとしても、自分が提供していくサービスとか、やることそのものが、わたしのWorld Viewに合致してないとだめなのか!これ掴まずに何か始めるとか恐ろしすぎる!」と、深く腹落ちした。
World Viewを踏まえて言語化した私のビジョンは、これになった。
一人でも多くの人が自分の生まれながらのGiFTに気づき、感動と共に生きる未来
これは紛れもなく私の中の本当の願い。
でも、いくらこのビジョンに繋がりそうなことをやっていても、そのやり方であったり、関わり方であったりが、私のWorld Viewと合致していないと、どうなるか。
もうお分かりだと思うけれど、例えば、誰か別の人の主催するプログラムのコンテンツ開発やデザインだけを依頼されたら。
スキルセットとしては、これまでデザインをやってきたのだから、もちろんできる。でも、クライアントワークは自分の色や世界観を出すのが目的ではなく、クライアントの世界観をいかに正確に抽出し表現するかが目的。ということは、私は『私自身を使いたい』人だから、この類のお仕事ばかりやっているとフラストレーションが溜まってしまって、遅かれ早かれシンドくなってしまう。
例えば、国全体を上げて、国民がGiFTに根差して生きるように支援していこう!となったとして(そんな風になったら考えただけでも素晴らしすぎるけど!!)、検討に3年、プランニングに3年、実行・推進に5年のプロジェクトというのに参画してもらえないか。と依頼があったとしたら。
私は常に進み続けたい人な訳だから、長い時間をかけて地道に少しづつ検討に検討に検討を重ねて…というプロセスに自分が参画していたら、たとえやること自体に意義があることは分かっていたとしても、気が狂いそうになってしまうだろう。
こんな風に、今やっていることや、新しく始めることが、自分の軸に合致しているかどうかを判断していけるようになるためのものが、World Viewだと思っている。
私が高速道路でぐんぐん加速しながら運転するような感覚で生きられるようになったのは、World Viewという軸を手に入れて、そしてそれを「自分勝手だ」とか「もっと人のことを考えないと」とか思わずに丸ごと受け入れ、それが満たされることだけを選んでやっていくようになってからだと思う。
そうすることで、どんなに速くても軸が定まっているから事故が起きなくなった。そして更に「もっとオートな感覚」に入れたのは、最終的にその軸に身を委ねたら自動運転にもなると気付いたからだと思う。
そして基本的にこのモード(自分がやらずにはいられないし、それが出来てる時はひたすらハッピーなことをベースにして仕事してる状態)で何かやってる人は無双なんだとわかる。なぜかと言うと、「努力」とか「頑張り」みたいな概念が自分の中になくて、本人はただ息を吸うように楽ちんで、楽しくて、どんどんやるもんだから誰よりも上手くなる。
これは私の感覚だけど、この軸を手に入れていることは、満足のいく楽しくてエネルギー溢れる人生を送るための「お守り」みたいなものだと実感している。
(「いくつもの呪いが解けていく」へつづく)
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