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出版社が「売れる本」と言うときに感じる、僕の違和感について―編集者のひとりごと(仮)

「売れる本」は誰が売るのか?

先日の記事で、「売れる本」という言葉に違和感を覚えるという話を書きました。前回は中途半端なところで終えてしまったので、今回はもう一歩踏み込んで、この違和感について考えたいと思います。

「売れる本」という言葉について、僕はそこに主語が存在していないということを書きました。本が自然に売れているような印象を受けると。

実際、日本の出版流通の仕組みにおいて、本は自然に売れるものでした。「でした」と書いたのは、それが今ではほぼ通用しないからです。かつては、全国に書店があり、本もよく売れました。それは売れない本もあったでしょうし、様々な人の努力の上に本が売れていたの間違いありませんが、今よりは「自然に売れ」ていただろうと想像します。

今は書店の店舗数が減る一方で、年間の書籍の総刊点数は増加していて、書店の棚をめぐる競争は激化しています。そもそも、本の売上自体も落ち込んでいます。すなわち、よほど本に力がない限り、「自然に売れる」ことは難しくなっているのです。どのように書店員さんの協力を得て、書店の良いところで置いてもらえるようにするのか。そして、読者に手に取ってもらえるようにコミュニケーションをとっていくのか。こういうことがますます重要になっていくのは間違いありません。

「売れる本」のナンセンスさ

では、そうした環境で出版社にできることは何か?

結論からいうと、大したことはありません。自分たちが出版する本をしっかり推すということに尽きると思います。自信をもって推せるものを出版する、出版すると決めたものは全力で推しまくる。逆に言うと、もはや出版社が推さなくても自然に売れる本なんてほとんど考えられない(※)。出版社の「推したい(=売りたい/届けたい)」という意思が大切になってくるはずです。

※出版社が推していないのに、書店さんが掘り起こして仕掛け販売した結果、ヒットにつながるというすばらしい事例もたくさんあります。ただその場合も、出版社は書店員さんに本の魅力が伝わるようにPRしておく必要はあると思います

だから、出版社の内部で、「その企画は売れる本になるのか?」という問いが生じるとき、僕はそっくりそのまま問い返したくなる。「いやいや、この企画をあなたは売りたいと思いますか?」と。あるいは「読みたいですか?」でもいい。

結局、「売れる本」という言葉にまとわりつく違和感というのは、直球で言うと「他人事感」ということだと思います。「売れる本」という語が、自然に売れるというニュアンスを含んでいることもそうですし、そこに明示的な主語が存在しないからかもしれません。

もうひとつ、「売れる本」の難しさは、確実に売れる本を作る方法論というのが、存在しないということだと思います。
書籍の販売において、マーケティング(=売れるかどうかわからないリスクを極小化する取り組み)を行う余地が限られている以上、発売してみないと売れるかどうかわからないという問題は、永久に付きまといます。

そういう宿命を負っている「企画」ひとつひとつを「売れる/売れない」という軸だけでジャッジするのはナンセンスです。もちろん、他社の動向や著者の実績などで、ある程度販売数の予測はつくかもしれません。でも、それが結果として売れるかどうかなんてことは誰にもわかりません。

ある意味ギャンブル的な環境で商売をする以上、僕たちに必要なのは「売れる/売れない」という軸ではなく、「売りたい/売りたくない」という軸だと、今の僕は思っています。

「売れる本」より「売りたい本」を

前回書いたように、出版社というのは「ことづくり」をする会社です。そもそも、伝えたい何かがあって、本というものを世に送り出している。「本が売れる」という現象は、「その本で伝えたい思いが読者に伝わる」という前提が存在している限りにおいて価値のあることなのです。仮に、本に握手券をつけて、その本が同じ人によって20冊、30冊と買ってもらえたとしても、そこには何の意味もないのです。

あえてマトリクス的に考えれば、「売りたい・売れた」が合致する本が理想です。難しいのは、「出版すればある程度売り上げは見えているけど、そこまで売りたいわけでもない本」と「売れるかどうか本当にわからないけれど、出版社としてはぜひ売りたい本」のどちらを重視するかです。

当然、どちらも両立しうるのですけれど、出版社のスタンスが出る重要な分岐のように思います。「本が売れない」と言われる状況では前者は魅力的ですし、実際そういう本で何とか経営している会社もあります。ただ、出版社の存在意義を考えると、後者を選び続ける存在でありたいと思います。(そのためには十分な売上が必要というジレンマもあります)

それに、これはもはや精神論以外の何物でもないのですけれど、結局「売れる本」の条件には、強い「売りたい」という思いが詰まっているかどうかというのがあるように思います。著者や編集者の「伝えたい」という思いが、出版社として取り扱う企画として決まったところで「売りたい」に変換される、そして営業を通じて「売りたい」という思いが書店にも伝播していき、読者にも伝わっていく―それが理想的な本の販売だと思います。

そう考えると、出版社に勤めている以上、ただ「売れる本」を待っているだけでは物足りない、というかそれじゃあ出版社で働く意味がないじゃないか?と思ったりします。それに、ますます出版というビジネスが難しくなっていく外部環境を見ても、編集・営業・宣伝…あらゆるセクションのすべての人間が「売りたい」(=伝えたい)という強い思いを持っていないと、出版社というのは立ち行かなくなるでしょう。利益だけを追い求めていくのであれば、別にこんな商売していなくていいのですから。

編集者が「届けたい」という思いを持って企画を立てるのは当然のことですが、営業でも宣伝でも、場合によっては経理や人事のような事業部門でない人だっていい。出版社の中にいる人が、「これっておもしろくないですか?」という心意気、本来的には出版社のオリジンなものが、改めて重要なものになっていくように思います。

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