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「本」がなぜ、商材としておもしろくてたまらないのかを熱弁してみる―編集者のひとりごと(仮)

「放課後編集室 酒と読書」は、出版社の編集者が集まって運営をしているのですが、「出版社で働いています」って言うと、まああまりよく理解されていません。どうやら「本を作っている会社らしい」くらいの認識の方も多いようです。確かに、僕たちの仕事は一言では語りにくいし、よくよく眺めてみると(もしかすると)特殊な会社なのかもしれません。そこで、不定期にメンバーの日頃の仕事で感じたこととか、「本を仕事にすること」についてなど、徒然に書いていって、出版社の不思議な生態(?)について紹介できたらと思います。

出版社にとって「ヒット」は生命線

「本」という商材は、つくづく水物だなと思います。
その時々の流行や話題性に売れ行きは左右されるし、一時的なヒットなのかロングヒットになるのかも、売ってみないとわからない。しかも、毎日ありとあらゆる出版社が新刊を書店に配本しているので、売り場の回転も早い。売れ行きの鈍い本はあっという間に次の新刊に取って替わられます。

本の利益構造について、今回は詳細に説明するのは避けますが、一度人気に火のついた本は、出版社にとっては莫大と言える利益をもたらします。ただし、そんな本は頻繁に出るはずもなく、一般的に損益分岐と言われる「重版」を達成する書籍も、全体の3割程度と言われます。詰まるところ、ごくごく僅かなヒット作が出版社全体の利益を下支えしている、その反面そんなヒット作はたまにしか生まれないというのが出版社の体質です。

なので、出版社の経営というのは浮き沈みが激しくなりがちです。
一部の専門的な書籍を扱っている出版社は例外ですが、基本的にどの出版社もヒット作を頼りに経営をしているからです。それに残念ながら大ヒットが出て一時的に潤っても、その状態は長くは続きません。
少し前まで爆発的なヒットで調子の良かった出版社が急に経営難に陥ったり、反対に元気のなかった出版社が息を吹き返すこともしばしばあります。

言い換えれば、出版社の経営にとって、ヒットが出るというのは(当然ではありますが)死活問題に直結する重要なことです。会社としての経営状況が思わしくない時、ヒット作が逆転ホームラン的に会社を救うこともあります。

とりわけ昨今の出版業界は、原材料や輸送費の高騰といった外部要因に直面していて、難しい経営を強いられている会社も少なくないと思います。そういう状況になればなるほど、ヒット作は熱望されるわけです。

「売れる本」に対する違和感

すこし前置きが長くなりました。

出版社の企画会議では、ある企画が「売れる本」なのかどうか焦点になりがちです。その出版社が経営難に直面していればなおさらです。

日常的に使われる言葉ではあるのですが、この「売れる本」という言葉に、なにかのどの奥に魚の小骨が引っ掛かったような、嫌な違和感を覚えるようになりました。今まであまり上手く言語化できていなかったのですけれど、今回はこの違和感を手掛かりに、「本」を商材にすることについてのおもしろさを書いてみようと思いました。それにしても前置きが長い。

「売れる本」という言葉をちょっと頭でっかちに分析すると、主語があいまいな言葉のように思われます。強いて言えば、無生物である「本」が主語。本が勝手に売れるようなイメージです。

例えば、スーパーのPOPで「売れてます!」という文字を見るとき、そこからは不特定多数の購買者によって「売れている」という状況が連想されます。決してそのお店が注力して売っているのではなく、商品が自然に売れているということをアピールするための語だと思います。

出版社にとって本が売れることはとても大切なことなので、売れる本というのはありがたい存在です。売れるか売れないかで言えば、絶対に前者の方がいい。少なくとも商売で書籍を販売している以上は当然のことです。

しかし、ある本について、状態として将来的に「売れる」かどうかということは、実際に発売してみないとわかりません。発売する前から売れることがわかっている本というのは、(ごく一部の例外を除いて)ありえませんし、それは本に限ったことではない、あらゆる商品の宿命です。

「本」という商材とマーケティングについて

もう少し踏み込んで、「本を売る」ということについて考えてみます。

本に限らず一般的に、いわゆるマーケティングという活動は、商品としての宿命である、「売れるかどうかわからない」というリスクを最小限に抑えるための施策ということもできると思います。売れる確実性を高めるために、商品企画・販売戦略・顧客とのコミュニケーションを図っていくのですから。

ところが、(私の知る限り)(一般的なBtoCのメーカーと同じ意味としての)「マーケティング部門」という機能はほとんどの出版社には存在しません。営業企画部や宣伝部というセクションは存在してもマーケティング部ではない。これには出版社というビジネスの特殊性が絡んでいると思います。

出版社の特殊性とはすなわち、新刊(=新商品)の多さです。
いわゆる"中堅以上”の出版社であれば、月に10点以上。コミックレーベルや文庫を抱えている出版社であれば月間数十点以上の本を発売する会社もあります。僕は出版社でしか働いたことがないので、他業種のことはわかりませんが、月に10種類以上の商品を発売しているメーカーというのはほとんど存在しないのではないでしょうか。(しかも出版社は「本」という単一の商材で勝負しています)

当然、扱う商品数が多くなるということは、1点にかけられる人的・金銭的パワーも限られます。では、それでビジネスがうまく行くのかと言われると、そこの心配は今のところありません(※)。これもまた別の機会に書けるといいですが、そもそも出版流通のビジネスモデルが、莫大なマーケティング費用をかけずに済むように設計された仕組みなのです。極端に言えば、販促費・宣伝費を全く欠けてなくても、ヒットする本はヒットするようになっています。

※ここの「今のところ」については、かなり太字の「留保」が必要ですが、今回は心配ないということにしておきます。

結局、出版社はそれぞれの本にそこまでリソースを割かなくてもヒット(=それなりに大きな利益)を生み出せるポテンシャルを持っているので、ある程度の冊数を刊行する方が経営的に合理的です。
そして、ここが一般的なメーカーと異なるところで、ひとつの商品に多くのマーケッターをつける必要もありません。せいぜい、編集担当と営業担当(+宣伝担当)がついていれば、それなりの販売戦略を作ることができます(しかも、それぞれ別の企画を常に同時並行で担当していたりします)。

たとえば自動車のような商材を引き合いに出すと、自動車メーカーは新商品の発売に莫大なマーケティング費用を投入します。これは自動車は数年に1度リニューアルして、それを長く販売することで持続的に大きな利益をあげる商材だからです。少なくとも月に10種類以上の新車を開発する自動車メーカーは存在しません(あったらごめんなさい)。

したがって、そこには多数のマーケッターが必要になりますし、会社としてその新商品を何としても「売れる」ものに育てる姿勢が必要になります。経営者が直々に新商品を紹介したりするのは、その表れだと思います。

本で商売する難しさとおもしろさ

書籍に話を戻すと、1冊の本が稼ぐ利益はたかが知れています。大企業を支えるような収益は決してあげられませんし、実際にみなさんの知っている大手出版社でも、会社の規模としては1000人程度の社員を抱えているのにすぎません。

その分、それぞれの書籍に関して、企画を出した編集者と営業担当の裁量はかなり大きくなります。それにおのずとそれぞれの業務は個人プレーになります(会社によっては、編集者が営業戦略まで考えることもあるようです)。つまり大きなメーカーと異なり、それぞれの商品である本を「売れる」ものに育てるための取り組みは、各プレイヤー任せということになります。

正直なところ、大きな出版社になればなるほど、すべての本を「売れる」ものにするというのは難しくなると思います。数打てば当たる、というと身も蓋もないですが、刊行している本の中で、販売にかける労力にばらつきが出るのは否定できません。ここがメーカーと出版社の大きな違いだと思います。

裁量が大きくなるということは、その本に対する担当者の責任も大きくなるということです。担当者がどうその本に対して取り組むかによって、本の結果も大きく異なります(ただし、手をかければ必ず成功するわけでもありません)。

そして、「どう取り組むか」を左右するのは、結局のところ「どれだけ伝えたいか(≒売りたいか)」ということなのだろうと思います。前回も書きましたが、出版社は「ことづくり」をする会社です。出版社、いやそこで働いている人が、「こと」をどれだけ伝えたいかが問われる―当然と言えば当然なのですが、ここが「本」を商材にすることの難しさであり、おもしろさであると思います。

付け加えると、編集者や営業担当が熱を込めたものというのは、出版社を超えて、他の本を届ける人たちにも伝播していきます。逆に言えば、うまく熱の伝わらない本はヒットにつながりにくいでしょう。

「本」を作って売るという仕事は、メーカーであり、メディアであり、という特殊な仕事のように思います。「本」は別に生活に必要なものでも、社会を支えるものでもありません。なくても生きていけるものです。それでも、それを超えて伝えたい何かのために、出版社は存在するのだろうと思いますし、結果として「売れる」という現象は、「伝わった(かもしれない)」という点においては、利益を上げる以上の喜びでもあります。

さて、今、「利益を上げる以上の喜び」という言葉を使いました。
実はここにも深い問題が潜んでいるように思います。「出版不況」などと言われる中で、どうしても利益を追求しなければならないなかで、「伝わった(かもしれない)」喜びをどう確保していくのか。
本当は「売れる本」という言葉への違和感をもう少し紐解いて、この辺りの話までしたかったのですが、今回はこのへんで終わりにしたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

★前回の記事もぜひご覧ください!★



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