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出版社は「本を作る会社」なのか問題―編集者のひとりごと(仮)

「放課後編集室 酒と読書」は、出版社の編集者が集まって運営をしているのですが、「出版社で働いています」って言うと、まああまりよく理解されていません。どうやら「本を作っている会社らしい」くらいの認識の方も多いようです。確かに、僕たちの仕事は一言では語りにくいし、よくよく眺めてみると(もしかすると)特殊な会社なのかもしれません。そこで、不定期にメンバーの日頃の仕事で感じたこととか、「本を仕事にすること」についてなど、徒然に書いていって、出版社の不思議な生態(?)について紹介できたらと思います。

「本を作る」ってなんだ?

僕は出版社に入社してもうすぐ丸10年になりますが、就職活動をしていた当時、出版社のお仕事について、正直よくわかっていませんでした。なんとなく、編集者という「本を作る」人がいて、書店で売られる本を作っている会社―その程度の理解でした。

ところが実際に出版社に入ってみると、出版社には様々な部署の方がいます。「編集」はもちろん、「営業」「宣伝」といった他の業種にも存在しそうな部門、会社には不可欠な「人事」「経理」、ちょっと特殊な部門は「製作」―これは他のメーカーでいうところの「調達」とか「品質管理」にあたる部門でしょうか。

一口で書店で本を売るといっても、その裏には独特な商習慣や制度が存在していて、単純なものではありません。業界内にさまざまなアクターがいて、そのおかげで著者の思いのこもった本が読者のみなさんの手に渡るわけです。

何年か出版社で働いて、こういった事情がなんとな~く頭に入ってきた頃、とある先輩が僕にこうおっしゃいました。

「僕はね、担当した本のことを『自分が作った本』とは言いたくないんですよね」

要するに、編集者というのは「本を作る」人ではないということ、おっしゃっていたように思います。

もう少し丁寧に考えてみましょう。
「本を作る」という行為を因数分解すると、「本の内容(コンテンツ)を作る」ことと「本自体(ハード)を作る」ことに分けられます。

後者は、完全に印刷会社や製本会社の仕事であって、出版社の仕事ではありません。当然最終生産物としての「本」の品質は出版社が責任を負いますが、別に出版社の社内に印刷部門があるわけでも印刷機や製本機があるわけでもありません。

それでは前者のコンテンツづくりという点で見るとどうでしょう。
ここでも編集者の役割は限られます。編集者は原稿を執筆しません(たまに書くこともありますが)し、イラストを描くこともありません。あくまで作家・ライターですとか、画家・イラストレーターなど、プロの方に作業を依頼することになります。強いて言えば、編集の仕事って「依頼すること」ということなのかもしれません。

※けっこうこの点は誤解が多く、「編集をしています」と自己紹介すると、「本を書いてるんですか?」と尊敬のまなざしをもってリアクションされることがありますが、それは違います。

もちろん、何かを依頼するには先立って「企画」が必要になります。やりたい本があるから、誰かに依頼する必要がある。その点においては編集者にもクリエイティブさが求められます。

しかし、企画することがすなわち「本をつくる」と言ってよいかと言われると、ちょっとこそばゆい。先輩の発言の主旨をもう少し丁寧に言うと、「あくまで本をつくるのは、制作者あるいは印刷・製本会社」ということだったのだと思います。

作らないけど、作る責任はある

先ほど、最終生産物としての「本」の品質に対する責任を出版社は負っているということを書きました。例えば、売り物の本に落丁や乱丁といった製造上のエラーがあれば、出版社は返品・交換に応じます。あるいは、内容に誤りがあった場合、これも出版社が責任をもって訂正することになります。もちろん批判の対象が著者や制作者に及ぶこともありますが、一義的には出版社がその責を負うべきです。

本を担当する編集者には、その本の「品質」に対する責任があります。「品質」とは、内容の瑕疵にとどまらず、難易度や表現の仕方に至るまでテキストやイラストが適切なものなのか、あるいは内容がおもしろい(ためになるか)といったことも含みます。編集者はプロに仕事を依頼するのが仕事ですが、同時にプロの仕事のクオリティを管理をする仕事でもあるのです。

しかし、くどいようですが、あくまで編集者はそれぞれの制作物に対してプロではありません。作家よりうまく原稿を書くことはできませんし、画家よりうまく絵を描くこともできません。
では、いったい何をよりどころに、偉そうに赤字を入れたりするのか?(実際には赤ペンで入れることは稀だったりしますが、これは別の機会に)

それは結局、読者代表としての視線ということだと思います。読者が読みたいものを理解し、実現させることができるか、そこに編集者の存在意義があるように思います。

出版社は本を作る会社なのか問題

で、最初の問いに戻ってきました。

ここまで書いてきたことを踏まえると、この問いに対する答えは、YESであり、NOです。すいません!

確かに出版社は明らかに本を作ることには携わっています。出来上がった本には間違いなく出版社名が記されているし、多くの本に出版社直通の電話番号が書かれています。なにか気に入らない本があれば、その本を担当した編集者に直接意見を伝えることも可能です。

一方で、出版社は本をつくる役割を直接的に担っているわけもはありません。内容を自ら作ることもなければ、印刷も製本も自力ではできない。本に対して責任は負っているけれど、自分たちだけでは何もできない会社なのです。

だいぶ話が脱線気味でしたが、つまるところ内容の制作から、本自体の製作に至るまで、あらゆるプロの力を借りながら本をつくるというのが出版社の役割です。そのなかで、出版社に求められるのは、本を通じて何を伝えるのかを定義すること。「ものづくり」という言葉がありますが、あえていうなら「ことづくり」というほうが近いのかもしれません。

付け加えると、「こと」をつくるのは、決して編集者だけの役割ではありません。企画のコンセプトをどう読者に伝えていくのか、そこには営業も宣伝も同じように知恵を絞ります。あまり売れていなかった本を、営業マンのアイデアひとつで再びヒットさせたなんて話もたまに聞きます。これはまさに、営業マンが「こと」を作ったケースと言えるでしょう。

出版社が定義した「こと」の下に、いろんな人の思いを集めて、本という生産物に結集させ、それを世の中に届けていく。ものすごく抽象的ですが、出版社が日々やっている仕事というのは、そういう感じだと思います。
「本」というメディアは今、曲がり角に直面していると思われていますが、そこに「こと」がある限り、出版社の役割は途絶えることがないと思います。そして、そういう「こと」を伝える、いや「伝えたい」という強い思いが、「不況」と言われる今こそ出版社に求められることなのかなと、ぼんやり思っています。

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