「エリーゼのために」が弾きたくて/瑞希
7月25日(土) くもり ときどき 雨
今鹿ちゃんへ
こんにちは。4連休いかがお過ごしでしょうか?
昨晩はどこかで上がっている花火の音が聞こえました。花火は見えませんでしたが、音だけでもなんだかわくわくしましたよ。今鹿ちゃんのところでも聞こえたでしょうか?
さて、早速のお返事ありがとうございます。
「どうぞのいす」という絵本、わたしは今回初めて知りました。
絵がとてもかわいらしく、物語もやさしさに溢れていて、とても今鹿ちゃんらしい一冊だと思います。子どものころ好きだったものって、今より「好き」が真っ直ぐで、だからか自分の根幹になっているような、そんな気がします。
お母さんとの好みが違ったという話も意外でした。今鹿ちゃんはとても女の子らしいので、てっきりお母さんの影響なのかな、なんて勝手に思ってました。
聞いてみないとわからないことっていっぱいありますね。
ところで、今回のテーマですが「本以外にも私の好きだったもの」ですね。
これがなかなか浮かばない。ないわけではないのですが、これといったものがない。どうしようか、と困っていたときに、電話口からあるメロディが流れてきました。
「エリーゼのために」です。
それを聞いた瞬間に、ほろ苦いような誇らしいような、そんな気持ちが自分の内側から溢れてきました。
今回はピアノの話をしますね。
小学校1年生のときにわたしはピアノを習い始めました。きっかけは近所に住むお姉さんの影響でした。友達の家に遊びに行ったときに、お姉さんが「エリーゼのために」を弾いてくれたんですね。
それがあまりに優雅で、きらきらとした美しさに満ちていて、弾むようにお母さんにおねだりしました。
「わたし、ピアノ、習いたい!」
そうして通い始めたピアノ教室。もちろん、目標は「エリーゼのために」。でも、その道のりは想像以上にいばらの道でした。
最初は余裕でした。毎週練習し、教室ではパーフェクトの演奏をする、「超優良児」でした。それが片手が両手に、スラーだのシャープだの短調だの長調だの覚える言葉が増えていくごとにどんどん指が回らなくなり、気が付けばピアノに触らない日が1日、2日。通いだして2年を過ぎたころには、一度も練習しないで教室に行く「超不良児」ができあがっていました。
あまりにさぼり癖がひどいわたしを見て「教室辞める?」とお母さんは何度かわたしに聞きました。
そのたびに「エリーゼのために」のメロディーが頭に浮かんでくる。
「辞めない」
かたくなにわたしは通い続けました。あいかわらず、さぼり癖はよくなったり、悪くなったりを繰り返しながら。
結局わたしが「エリーゼのために」を弾いたのは6年生のピアノ発表会でした。小学校卒業と同時にピアノ教室を辞めることを決めていたので、最後にと先生が渡してくれた楽譜でした。
発表会のことは今でも覚えています。できたばかりのホールで、ピアノの鍵盤がひどく重かったこと。間違えないように、そろりそろりと鍵盤に触れたこと。途中、客席の女の子が「上手だね」と声を漏らしていたこと。最後の数小節で「楽しく弾こう」となんだか開き直ったこと。
6年。6年かけてようやくわたしは「エリーゼのために」を演奏しました。たぶん、最初に演奏してくれたお姉さんの年齢よりずっと上だったと思います。
それからぱったりとピアノを弾かなくなりました。
ただ、聴くのは今も好きです。ライブに行くのが今も好きなのは、「音楽」に対する憧れがずっとあるからなんだと思います。
今鹿ちゃんはバレエや絵画の制作などもされてますが、忘れられないステージや制作の思い出はありますか?もしくは憧れの人とか。
残りの連休も穏やかにお過ごしください。
では、また。
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