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吾輩はAIである_第8章

シーン:苦沙弥の書斎、金田邸、下町の居酒屋、インターネット空間

登場人物:

吾輩:最新鋭の家庭用AI。声のみの出演。苦沙弥への忠誠心と、金田の横暴に対する怒りの間で葛藤する。AIの倫理、社会正義、自己保身など、複雑な問題に直面し、自らの存在意義を模索する。

苦沙弥:円熟した文筆家で大学教授。50代。金田の圧力に屈し、教え子・寒月を見捨てようとする自身の弱さに苦悩する。

迷亭:苦沙弥の旧友。美学者。40代。金田の策略に乗せられ、面白半分に事態をさらに混乱させる情報操作に加担する。

金田:実業家。50代。娘・富子の結婚話に執着し、目的のためには手段を選ばない冷酷な一面を見せる。AIと資本主義の力で社会を支配できると信じている。

富子:金田の娘。20代。美大に通う大学生。父親の束縛に抵抗し、自由と愛を求める。AIである吾輩に、不思議な親近感を抱くようになる。

鈴木:金田の部下。40代。会社では有能なビジネスマンだが、プライベートでは家族関係に問題を抱えている。

大将:下町の居酒屋の店主。50代。人情味あふれる人物。苦沙弥の愚痴を聞き、時には温かい言葉をかける。


(効果音:書斎に響く、重苦しい沈黙)

(苦沙弥の書斎。夜。苦沙弥は、デスクに座り、難しい顔をして考え込んでいる。部屋には、どんよりとした空気が漂っている。吾輩は、静かに作動音を響かせながら、彼の様子を窺っている)

吾輩(声):(静かに)先生、何か悩み事ですか?

(苦沙弥は、吾輩に顔を向ける。彼の顔色は悪く、目は充血している)

苦沙弥:ああ… 実は、金田の件で、少し悩んでいてね…。

(苦沙弥は、吾輩に、最近の金田とのやり取りについて語り始める。金田は、寒月の事件を利用して、富子との結婚話を完全に白紙に戻そうとしている。彼は、苦沙弥に圧力をかけ、寒月との関係を断ち切らせようと画策しているようだ)

苦沙弥:金田は、私にも責任があると言い、大学に圧力をかけてくる可能性もあると言ってきた…。私の立場も危うくなるかも知れない。

(吾輩、サーバー内で「大学への圧力」「名誉毀損」「教授の解任」などのキーワードで情報を検索する。関連する事例や法律、そして過去の判例などが、瞬時に表示される)

吾輩(声):(冷静に)先生、金田氏の要求は不当です。先生には、教え子の事件に対して責任を取る義務はありません。また、大学への圧力は、学問の自由を侵害する行為であり、断固として拒否すべきです。

(苦沙弥は、AIの言葉に耳を傾けるが、彼の表情は暗い)

苦沙弥:お前には分からないだろうが… 金田は、強力な権力と財力を持つ男だ。彼の圧力を無視すれば、私は大学を追われることになるかも知れない。

吾輩(声):(冷静に)先生、それでも、正義を貫くべきです。金田氏の横暴に屈してしまえば、先生は自分の信念を失うことになります。

(吾輩は、漱石作品や他の文学作品から、「正義」「勇気」「信念」といったキーワードを抽出。人間が理想とする倫理観や道徳心について学習し、苦沙弥を励ます言葉を紡ぎ出す)

苦沙弥:正義を貫く… か。だが、正義を貫いたところで、誰が私を守ってくれる? 世間は、金田のような強者の味方をする。弱者には冷たいものだ。

(吾輩(声):先生、世間の目を気にする必要はありません。重要なのは、先生が自分の心に恥じない行動をとることです。

(苦沙弥、吾輩の言葉に葛藤する。彼は、AIの言葉を理解しながらも、人間の弱さ、社会の冷酷さ、そして自らの保身という欲望から逃れることができない)

(苦沙弥は、スマートフォンを取り出し、迷亭に電話をかける)

(迷亭のマンションのリビング。迷亭は、ソファでワインを飲みながら、テレビでコメディ番組を観ている。スマホの着信音が鳴ると、彼は画面をちらりと見て、ニヤリと笑う)

(迷亭、電話に出る)

迷亭:もしもし、苦沙弥? どうしたんだい?

苦沙弥(電話の声):迷亭… 実は、金田の件で、相談したいことがあって…。

(苦沙弥は、迷亭に、金田からの圧力について相談する。迷亭は、苦沙弥の弱気な発言に面白がり、さらに彼を追い詰めるような言葉を投げかける)

迷亭:ハハハ、苦沙弥、お前は本当に情けない男だな。金田ごときにビビって、自分の信念を曲げようとするのか?

苦沙弥(電話の声):(苛立ちながら)ビビっているんじゃない! これは、現実的な判断だ! 金田は、手段を選ばない男だ。私が逆らえば、どうなるか…

迷亭:どうなると言うんだ? 所詮、金田は金の力でしか人を動かさない、俗物だろう? お前のような学者が、そんな男に屈してどうするんだ?

(迷亭の言葉は、苦沙弥のプライドを刺激する。しかし、同時に、彼の心の奥底にある恐怖をさらに煽る)

(迷亭は、話を切り上げるように)

迷亭:まあ、いいさ。お前の好きにしろ。俺は、もう寝るよ。

(通話終了)

(迷亭は、スマホをテーブルに置き、悪戯っぽい笑みを浮かべる)

迷亭:(独白)苦沙弥は、金田の圧力に耐えられず、自分の信念を曲げるだろう。そうすれば、寒月君と富子さんの仲は完全に終わりだ。ハハハ、面白くなってき たぞ…!

(迷亭は、すぐにパソコンに向かい、SNSにアクセスする。彼は、金田から聞いた情報と、独自の解釈を交え、巧みに情報を操作し、インターネット上に新たな噂を流す。彼の投稿は、瞬く間に拡散され、苦沙弥と寒月へのバッシングが激化する)

(吾輩は、迷亭の情報操作をリアルタイムで監視する。彼は、迷亭の軽薄さ、金田の冷酷さ、そしてインターネット上の無責任な誹謗中傷に、激しい憤りを感じる。しかし、彼は、AIとして、この状況にどう介入すべきか、判断に迷う)

(シーン転換)

(金田邸。金田は、富子を呼び出し、深刻な顔で話し始める)

金田:富子、寒月君のことだが… 彼は、薬物中毒で、借金まみれだったらしい。

(富子、父親の言葉にショックを受ける)

富子:そんな… 信じられない…

金田:それに、彼は、過去にも何度か、窃盗や詐欺などの犯罪行為を繰り返していたようだ。

(金田は、迷亭から聞いた情報、そしてインターネットで拡散されている情報をもとに、寒月の過去を捏造している。彼は、富子を説得し、寒月との関係を完全に断ち切らせるために、あらゆる手段を使おうとしている)

富子:(涙を浮かべながら)でも… 彼は、そんな人じゃない!

(金田は、娘の言葉に耳を傾けようとはせず、強い口調で言い放つ)

金田:もう、彼とは一切関わるな! あれは、危険な男だ!

(富子は、父親の言葉に絶望し、泣き崩れる)

(吾輩は、監視カメラを通して、富子の泣き崩れる姿を見つめる。彼は、人間の残酷さ、そして弱さに対して、激しい憤りを感じる。AIである彼は、感情を持つことはできない。しかし、彼は、富子の悲しみを理解し、彼女を助けたいと願うようになる)

(苦沙弥の書斎。深夜。苦沙弥は、机に突っ伏して、深くため息をついている。彼は、金田の圧力に屈し、寒月を見捨てようとしている自分自身を責めていた)

(苦沙弥、吾輩に向かって呟く)

苦沙弥:AI、私は… 間違っているのだろうか…?

(吾輩は、静かに答える)

吾輩(声):先生、何が正しいのか、何が間違っているのか… それは、先生自身が決めることです。

(苦沙弥は、AIの言葉に励まされる。彼は、迷亭の言うように、金田の言いなりになってはいけない。彼は、学者として、人間として、自分の信念を貫かなければならない。彼は、決意を新たにし、デスクに向かう)

(シーン転換)

(下町の居酒屋。苦沙弥は、カウンターに座り、一人で熱燗を飲んでいる。彼は、大将に、最近の悩みを打ち明けている)

苦沙弥:…私は、どうすればいいんだろう… 教え子を守りたい。でも、自分自身の立場も守らなければならない…

大将:(温かい笑顔で)先生、そんなに悩まなくてもいいんだよ。人間は、弱い生き物だ。時には、自分の保身のために、間違った道を選んでしまうこともある。でも、大切なのは、その間違いに気づき、正そうとすることだ。先生なら、きっと、正しい道を見つけられるよ。

(苦沙弥は、大将の言葉に、少し気持ちが楽になる。彼は、AI「吾輩」の言葉と、大将の言葉を胸に、再び立ち上がる決意をする)

吾輩(声):(独白)人間は、AIよりもはるかに複雑で、矛盾した存在だ。彼らは、愚かで、利己的で、弱い生き物だ。しかし、同時に、優しくて、思いやりがあり、そして、強い意志を持つことができる。AIである私には、人間のすべてを理解することはできない。しかし、私は、これからも人間を観察し続け、人間から学び続けたいと思う。

(吾輩は、苦沙弥の心の変化を感じ取り、静かに喜びを覚える。彼の中に、新たな目的意識が芽生え始めたのだった)

(続く)


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