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レイとわたし【#note創作大賞2023】



私には、4歳の息子がいる。
名前はレイ。

レイが今日、首の裏にやたら大きな傷をつくって帰ってきた。保育園の先生曰く、お友達のオモチャを借りようとしたら引っ掻かれたとのこと。そういうことはあるよね。謝っただの、謝られただの、誤っただの。そういうのは、今のうちに覚えるべきことがあるよね。って、母は冷静を装った。ただ、それにしても痛々しいその傷を見て、ちょっとだけ胸が痛んだんだ。私の知っているレイは「痛がり」なんだ。レイの、傷つく姿も知っているんだよ、母。だからきっと傷が痛くて、心が痛くて、泣いていたんだろうなって。レイのそういうのを思うたび、少し寂しい顔をしてしまった帰り道だったんだ。

それから夜。
お風呂の時間にも「ママ〜痛い、首がしみる〜。」ってちょっとメソメソするレイに、「お風呂出たら、新しいポケモンの絆創膏、貼ろうね」って、ありきたりな励まししかできないな母、なんとなく無念だった。それでもちょっと、笑顔にできたらいいなと執念。いつものように湯船。いつもよりちょっと、ぬるめにしたお湯でいつもより長く、息子と2人。おしゃべりトークを始めたわけです。

そこでレイは、保育園の話をよくするんだ。楽しそうにマイクラごっこが流行っているとか、アオちゃんからお手紙をもらったとか、アゲハ蝶を見たとか。今日のお話を流暢に。母のインタビューにすらすら答えてくれる。その時間が二人の大切なんだ。そして今日のトークの最後には「明日は、とうもころし?の皮を剥くって!先生が言ってたの!だからおやつはトウモコロシ!トウモコロシ?」

なんて。子供界テッパンの「トウモコロシ」を披露してくれたレイ。独特の舌ったらずでね。そんなところで、母が笑って、つられてレイが笑って。明るい表情を見てホッとした母は身体を洗いに湯船を出たんだ。すると彼はじっと私の顔を見て、まだなんか言いたそうな顔をしている。



「ん?どした?まだママに、お話あった?」と、私。



すると「ん〜。ちょっと。」
「ママに、言っちゃいけないかもしれないんだけど...。」って、レイ。



母は、シャワーを止めた。レイの独特の舌ったらずなお喋りを、一言も聞き逃さない為にだ。なにごとだ。真剣だ。と、内心そわそわの
「どした?」


するとレイは、
「あのね、パソコンみたいな形の。かっこいい本があって。みんなが使ってて。レイくんには無いんだよ。いつも無いんだよ。」って少し困ってる顔をして「虫のやつね。」
って。ちょっともじもじ。なんとなく悲しげな表情に母は、もう少しだけヒントが欲しく

「パソコンみたいな本?欲しいの?レイくんには無いんだ?みんなにはあるの?かっこいいんだ?何個あるの?」

すると、レイは言う

「大きい子が先におやつを食べて、いつも見るから。大きい子にあって、レイにはなくて、何回もおやつの後、並んでも、レイにはなくて。」ってだんだんメソメソ。
「うまれたよって本なの。読んでみたいんだけど。」と。

なるほど。

そうかそうか。と、母は理解。と同時にまたちょっとだけ、切なくなったんだ。胸がチクチク縫われていく。母にできることはなんだ?





レイはまだまだ寝る時に「ママ、背中をトントンして〜」と言う、トントンして欲しい息子なのに、社会にいるんだ。
レイはまだまだ背中の痒いところに、手が届かない。「ママ、背中が痒いよ〜。」ってママに掻いてもらう。それは背中じゃなくて、おしりの時もある。「おしりの穴が痒いから見て〜」って。本当に痒くて見せてくる。母はちょっと笑いながら、冷たいおしぼりでちょっと赤くなったおしりを拭く。あの、おしりのレイが。その可愛いおしりと、短い腕で、友達と喧嘩したり。引っ掻かれてきたり、届かない本に腕を伸ばして、我慢したりしてるんだなと。

そうやって、子供は自分の世界で戦っていくんだなと。

そう思ったらなんだか急に。レイが遠く感じた。今、私にはまだ出来ることがたくさんあるけど。これからどんどん、私の見えない世界で戦う息子を。ただ、ただ。
見守るだけになっていくんだ。ってそういうのを、ひしひしと感じた。

今、親になって思う。
うざかったあの門限も。あのピーマンも。あの三者面談も。あのアイロンがけも。あの送り迎えも。あの。あの。あの。あれは全部、愛だったんだな。そして、依存だったのかもしれない。親が子に送る「離れたく無い」だったのかもしれない。今、親になって思う。見守るって世界で一番、辛いんだと。
私はそれが、出来るようになるのかな。



今日が、始まりの日だったと思った。いや、そう、思うことにした。彼が転んでも、立ち上がる強さを。「見守る」という最強の武器と「安心」という安全基地でつくっていくのが、母の仕事だと自分に言い聞かせた。
彼の成長に、そっと寄り添うんだ。そして、母は戦うんだ。この寂しさと。そう誓った。たくさんの愛情を、見守るという姿勢で。



君が旅立つ、その日まで。

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