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仕組みと意識の「両軸の改革」

はじめに

最近「両利きの経営」という本が話題になっています。組織経営学者チャールズ・オライリー教授が提唱している、VUCA といわれている変化の時代における経営の在り方です。「主力事業の絶え間ない改善」と「新規事業に向けた実験と行動」を両立させることがポイントで、そのための仕事のやり方を提唱しています。

私は製品やサービスの開発のやり方を改善・改革するコンサルティングに従事していますが、改善・改革が成功し、その効果が持続する組織となるためには「両軸の改革」が必要不可欠だと考え、その実践を支援しています。「両利きの経営」では「組織カルチャー」を変える必要性が強調されていますが、製品やサービス(以後、この両方をプロダクトと呼ぶことにします)の開発を改善・改革するのも同様で、組織カルチャーを変える働きかけが重要になります。

今回は、仕事のやり方を改善・改革する際に重要となる「両軸の改革」の取り組み方を紹介したいと思います。

組織のパフォーマンス

プロダクトの開発や保守における生産性や品質、リードタイムの改善とは、その工程(プロセス)に注目して改善する仕組みを作ることだといえます。しかし、そのために新しいシステムやツールを導入したり、各種の業務規定や作業手順を変えたりするものの、期待していた効果は出なかったというケースは少なくありません。

期待した効果を得ることができない原因は、「すべての関係者が新たな仕組みに適応、順応することが必要不可欠であり、そのためには各人のマインドや意識を変える必要があるということを軽視していること」にあると考えています。新しい仕組みで業務を遂行するのは技術者や管理者なのですから、彼らの意識が変わらなければ期待した効果を手にすることはできません。

仕組みとは、その組織のメンバーによる業務レベルを一斉に向上するためのものであり、その運用によって各メンバーの業務スキルが向上し、開発の効率や品質を向上させることを狙いとしています。一方で、管理者や技術者の一人ひとりの仕事に対する意欲や、メンバーとのコミュニケーション方法やマネジメント方法などのスキルが向上しなければ、どんな仕組みであっても業務効率や品質を向上させることは困難です。サッカーやラグビーなどのワールドカップの出場国の多くの監督も、ワールドカップで勝ち上がるためには、チーム(組織)のシステムやスタイルに加えて、一人ひとりの個人の力、強さを高めることが必要だといっています。個人の力を高めることが大前提なのです。

生産性、品質、リードタイムなどを向上させるために組織としての仕組みを整備することは必要不可欠ですが、その大元となる組織のメンバー一人ひとりの仕事に対するやる気や成長のための意欲が不十分な状況では、どのような仕組みを作っても十分な効果を出すことはできません。組織として高いパフォーマンスを実現するには、組織の仕組み作りと並行して、個人のやる気を引き出し高める取り組みが必要なのです。このような取り組みを支援するために、私は起業しました。

図1 組織のパフォーマンス・エクセレンス

スキルの構造

開発の生産性や品質を向上させるための仕組みは組織としての高いパフォーマンスを実現するためのものですが、個人が仕組みに従って仕事をすることが前提ですから、個人の力を向上させるための施策ともいえます。つまり、仕組みが目指しているものは、個人の業務スキルを向上させることだということです。

「スキル」という単語はよく使いますが、「ハードスキル」と「ソフトスキル」とがあることはあまり知られてはいないように思われるので、ここで解説しておきます。

図2 スキルの構造

ハードスキルというのは、開発業務であれば、設計やテスト、プロジェクト管理などに関係する、いわゆる業務そのものについてのスキルのことです。システムやツール、各種の手法・技法なども含めて仕組みと呼んでいるものはハードスキルを向上させるための施策や道具であるということができます。

ソフトスキルというのは、チームワークやコミュニケーション、そして、仕事に対する姿勢といった、一見すると業務そのものには直接関係しないと思われがちな意識や姿勢といった概念に対するスキルのことです。ここで、「適切なソフトスキルが身についていなければ、ハードスキルを活かすことができない」ことに注意する必要があります。たとえば、どんなに仕事のやり方をトレーニングしても、対人コミュニケーション・スキルが不十分であれば、他人と協調して進めるべき仕事に対してのトレーニング効果は期待できないことになるでしょう。

そして、個人がそもそもスキル向上を望まなければ、新たなスキルを身につけることも向上させることもできない、とも認識する必要があります。当たり前ですが、一人ひとりがその気(やる気)にならなければ、スキルの獲得や向上は困難です。この仕事に関係するやる気のことを「ワーク・エンゲージメント」といいます。ワーク・エンゲージメントは、重要なソフトスキルの1つと考えていいでしょう。

スキルから見た仕組み構築の取り組み方

開発の仕組み作りは、個人のスキル向上を実現しなければならないこと、そして、スキル向上はハードスキルだけでなくソフトスキルにも注目しなければならないことをわかっていただけたかと思います。

ここでは、仕組み構築や改善活動のやり方、その効果などを明確にするために、ハードスキルとソフトスキルに対する重視の度合いによって仕組み作りの活動を分類したいと思います。スキル構造により、以下のように活動の進め方は4つに分類することができます。

図3 スキルから見た仕組み構築活動の分類

各象限は、次のような活動の取り組み方になります。

  • 第1象限:ハードスキルとソフトスキルの両方を重視した取り組み

  • 第2象限:ソフトスキルだけを重視した取り組み

  • 第3象限:ハードスキルもソフトスキルも軽視した表面的な取り組み

  • 第4象限:ハードスキルだけを重視した取り組み

第1象限が、私が狙っている最も改善効果が高いと考えている取り組みです。第4象限は、いわゆる業務の仕組み構築を重視した一般的な取り組みで、第2象限は、業務とは直結しない形の 1 on 1 などのような個人のやる気に注目した取り組みです。第3象限は、個人のスキル向上という視点を持たずに表面的な形だけの改善を行うような取り組みです。

取り組み方による効果の違い

仕組み構築を進める際には、社内に専任の組織を作る、メンバーがパートタイムで参加するタスクフォースのようなグループを作る、さらには、コンサルタントを使うというような方法をとると思います。

私は第1象限の仕組み構築を目指すコンサルタントとして、各社の取り組みを支援してきましたが、社内メンバーで取り組むにせよ、コンサルタントと契約するにせよ、ハードスキルとソフトスキルの両方を重視した取り組みをしているところは少ないと感じています。結果として、人や時間、費用などのリソースを費やしたにもかかわらず、期待した効果を手に入れることができない仕組み構築や改善活動が散見されます。

そして、このような状況を変えるには、「スキル視点に基づいた取り組み方の違いによって、仕組み構築による改善効果が大きく違う」ということをわかってもらうことが大切だと感じています。

以下の図は、前述の4つに象限に分類される取り組み方法によって、改善効果がどう違うのかを示したものです。取り組みを始めてからの時間推移とともに、改善効果がどう変化するのかを表しています。仕組み構築や改善活動による効果指標を明確にしていない定性的なグラフですが、改善効果の違いはわかりやすいと思います。

図中に「コンサルティング期間」として表記していますが、これは社内の専任または兼任のメンバーや外部コンサルタントも含め、特定のグループや人が取り組みを主導している期間を示しています。横軸は、特定のグループや人が主導して仕組み構築をしている期間と、その後、組織がその仕組みで自立的に業務を運用している期間の両方を表しています。

図4 スキルから見た改善活動の効果

第3象限は表面的な取り組みなので、コンサルティングによって何らかの効果があるものの、コンサルティング中もその後も、小さな改善効果しか手にすることができませんし、場合によっては、現場が混乱して以前よりも悪い状況に陥ることもあります。

取り組みの狙いにハードスキル向上がある第1象限と第4象限は、どちらもコンサルティング中に改善効果や変化を実感することができます。

ただし、ハードスキルのみにフォーカスした第4象限の取り組みは、構築した業務の仕組みを日常的に運用するだけとなるため、コンサルティング終了後の改善効果の増加は小さなものになります。

一方、ハードスキルとともにソフトスキル向上にも取り組む第1象限の場合は、仕事に取り組む姿勢や意欲も変化しているため、コンサルティング終了後も自主的、自立的にさらなる改善を進める組織となっており、改善効果は時間とともに増加し続けます。もちろん、コンサルティング期間も最も大きな効果を生むことができます。

ソフトスキル向上だけにフォーカスした第2象限の取り組みの場合は、コンサルティング中の改善効果は大きいものの、業務に直結する仕組みやシステムといった仕組みが曖昧なために、コンサルティング終了後は時間の経過とともに以前の状態に戻ってしまう傾向となります。

取り組みの概要

高い成果となる仕組み構築や改善活動にするためには、ハードスキルとソフトスキルの両方にフォーカスした第1象限の取り組みを行うことが大切であることがわかっていただけたかと思います。第1象限の取り組み方で仕組みを構築する活動を「両軸の改革」あるいは「両軸の改善」と呼びたいと思います。ここでは、両軸の改革/改善のポイントとテーマの概要を紹介します。

取り組みの KSF

第1象限の取り組み方で仕組み構築を進めるにあたって、注意しなければならないポイントがあります。このようなポイントのことを KSF (Key Success Factor) といいます。箇条書きになりますが KSF を紹介します。

ソフトスキル視点の取り組み KSF

  • トップマネジメントのオーナーシップ

  • 改善リーダーのリーダーシップ

  • ワーク・エンゲージメント(やる気)の把握

ハードスキル視点の取り組み KSF

  • 課題整理と根本原因分析

  • ソリューション・モデル(解決方法の型)の理解とその活用

  • プロセス改善手法の理解と活用

コンサルティング終了後の KSF

  • 組織全体の役割定義とジョブ・ディスクリプション

  • 現場による継続的改善活動とプロセス標準化

  • 管理者のサーバント・リーダーシップ

取り組むテーマの事例

参考のため、ソフトスキルとハードスキルのそれぞれの視点で、どのような活動テーマがあるのかを紹介します。いずれも私が提供しているテーマの一部ですが、全容は長くなりますので、別の機会に前述の KSF 含めて具体的な内容は紹介したいと思います。

ソフトスキル

  • ワーク・エンゲージメント測定

  • 組織文化分析

  • 仕事に対する価値観分析

  • リーダー育成・ワークショップ

  • コーチング

  • 経験学習(リフレクション)

ハードスキル

  • アセスメント(問題の定量分析)

  • 各種ソリューション・モデルのトレーニングとカスタマイズ

  • プロセス改善手法のトレーニングとカスタマイズ

  • 中期計画作成と KGI・KPI 管理

  • メトリクス管理

  • 開発規定整備(ISO化)

まとめ

プロダクトの開発業務に限らず、さまざまな会社や組織で実施されている仕組み構築や改善活動ですが、組織の構成メンバーのスキル向上につながる活動であること、そして、ハードスキルとソフトスキルの両方を考慮した取り組みにすることが、大きな、そして、持続的な効果につながることがわかっていただけたかと思います。

この「両軸の改革/改善」を少しでも多くの組織で実施し、組織のパフォーマンス・エクセレンスの実現に協力、支援することが、私の仕事に対するやる気につながっていますので、質問や疑問などがあれば、どうぞご連絡ください。

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