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月の水を世界の患者さんに飲ませたら精神病は治ります

診察室での患者さんのお話を聴いていると、
貴重な経験知の宝庫だと思う。

苦労や症状、にがにがしく感じる体験は、
自分に不足するものがある、と認識させる。

できない、なれない、免れない、どうしようもない…。

不足の痛みを知るということは、
自分がその不足に痛みを埋め込んだ歴史に
気がついてあげるということ。

当時の自分が
ほんとうはしたかったけど、
できなかった思い、
叶えたくても、
叶えられなかった思い。

取り残されていた、その当時少し小さかった頃の、
過去の、本当の自分の気持ちたちに、
もう一度出会っていける鍵になっている。

それは、欠けたように見えた自分のかけらのパーツを取り戻す、
宝物が詰まった宝箱を開けるための、
鍵を探す冒険なんだと思う。

なので、
主訴は、願望の裏返し。


と、いうことは、ですよ…!

こころの相談を受けるメンタルクリニックというのは、
実は、本当は欲しかった小さな幸せともう一度出会う場所、
”ハッピークリニック”と言ってしまってもよいのではないか?


メンタルクリニック、つまり、精神科や心療内科なのですが、
どうしても、暗くて辛くて、見たくない、
自分のこころの中で、タブー領域に置いてしまうものです。
僕もそう思っていました。

社会の中で、切り離されて、隔離されてしまった領域。
でも、だからこそ、そこに、宝物があったのです。


話は少し回り道になりますが。
医学生は大学5、6年生の時に、すべての科を回って臨床実習をさせてもらいながら、
最終的に自分が生涯、どの診療科を専門としていくか、だいたい決めていきます。

僕は何科に進むかどころか、医師にすら、なったもんかかどうか、
というレベルで、さまよっていたのですが(笑)

そんな時に、精神科の臨床実習がありました。
大学病院の病棟実習が基本ですが、精神科は地域の精神病院での実習もありました。
街から遠く離れた、国道から入り組んだ細い道の奥にある、海の近くの、まさに世の中から隔離されたような、田舎の公的な古い精神病院でした。

座敷牢救済の政策の流れで全国に乱立した、公的精神科病院というのが、一般の人には知られざる日本の歴史として、存在するのです。
社会に馴染まない重症の精神病の方を保護して人権を守り、一般社会の方は秩序を保てるように。
最近はその歴史的精神病院たちも、老朽化が進んで、ほとんど建て替えられているので、ずいぶん明るいイメージになってきましたが。

当時は、古い精神病院が今よりたくさんありました。
僕は、初めて精神病院というところを体験したとき、
精神科医って、楽しいかも!と、アホみたいに思ったのです(笑)

病院なのに、グランドでレクリエーションをして遊んだり、
工作室みたいなものがあったり、カラオケがあったりする!

その当時は単純に、牧歌的で楽しそう、という言葉しかなかったですが、
役割や義務、世間体や恥や恐れ、社会的達成、権力抗争、タブー、、そんな戦々恐々とした、この世の人間的苦しみから、完全に忘れられるひとときの楽園、そんな鎖から解放された世界、社会とは別の人の生の在り方、

その時感じていた感覚は、Retreatという概念にこころが触れて、喜ぶ感覚をこころのどこかがキャッチしていたのだと、今では思います。

その実習期間中、閉鎖病棟で隔離室に長期収容されていた、Iさんという女性患者さんの担当になり、お話を聞かせてもらったのです。

その方は、超おしゃべりで、言葉もあっちに飛び、こっちに飛び、
内容もほとんどが非現実的な妄想で、ちょっと理解し難いのですが、
人懐っこくて楽しい人でした。

その人が、どんな話の流れだったか、
こんな言葉を、僕にくれたのです。

先生は、月の裏に行って、月の水を取ってきてください。
月の水を世界の患者さんに飲ませたら精神病は治ります。
先生が世界中のすべての精神科をなくしてください。

その言葉は、医者になるかどうかも迷っていた、
当時の僕のこころには、何かの啓示のように、
その後もずっと残りました。

そして、僕は精神科医を選びました。


ちなみに、その患者さんとは、
自分が精神科医になって数年後、
その病院で勤務することになった時に、
再会しました。

まだ元気に、月の妄想を、
話されていましたね(笑)


今日は、牡牛座満月ということで、
あの日の患者さんの言葉が、ふと、
また浮かんだのでした。

あの当時、閉鎖病棟の隔離室で長期入院するという、
大きな不自由を体験している患者さんは、
世の中のすべての精神科をなくす、
という、壮大なビジョンを描くことができたわけです。

大きな悲しみは、大きな自由を描く。

僕は、Iさんの言葉を何十年も考えていました。
今になって、その体験が少し言葉になって来たようです。


さて、話しを戻して、
メンタルクリニックは、”ハッピークリニック”説。
これは、フワフワした卓上の空論の話ではないですよ。

現状がどうあるかも関係ありません。

だって、この前患者さんが、一番怖いはずの病院を、
カフェに来ているつもりに脳内変換する技を使うことで、
病院恐怖を克服したと言っていたじゃないですか。

世の中から精神科をなくす、とは、
物理的な次元の話ではなくて、
世の中から精神科の怖れをなくすことかもしれない。

それは私たち一人ひとりの脳内で起こること。
そんな人が世の中に増えたら、世界が変わる。

私たち、一人ひとりが、できること。
メンタルクリニックを、
本来の自由を思い出す”ハッピークリニック”に、
脳内変換してみませんか。





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