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【童話】空と番った海、鳥と番った魚🦅❤🐟

魚が、海面をジャンプしていた。
鳥がそれを見つけて、空にかっさらった。
それは恋だった。

鳥は魚に広大な空を見せた。
朝日も、夕日も、星も、山も、風も、鳥が見せられるものをすべて魚に見せた。
それは愛だった。

鳥は言った。
「お前のジャンプは最高だ。朝日にきらめく鱗は世界一美しい。でも俺とならもっと高く飛べる。一緒に空に住もう。愛している」

魚は故郷の海を愛していたが、空も愛し始めていたし、何より鳥を愛し始めていた。
だって、ジャンプができることを褒めてもらったことは一度もなかったし、むしろ魚仲間にはキモがられていたし、鱗を褒めてもらったことだって一度もなかったのだ。
自分でもどうして海で孤独にジャンプし続けるのか分からなかったが、それは鳥に出会うためだったのだと知った。

魚の心があたたかくなった。

魚は、空に住もうと決めた。

でも、鳥にもたまには海に来てほしいし、水に慣れてほしいと思った。
鳥は遠目から海を見て
「お前の故郷はきれいだ」
と言ってくれた。
しかし実際のところ海に近づいたら、羽が水に濡れる気配だけで鳥は嫌がり、
「海は臭い、魚ってキモい、水とかドン引き」
と言い捨て、上空から魚を離し、逃げた。

水面に叩きつけられた魚は、ショックでしばらく動けなかった。
鳥の姿はもうどこにも見当たらなかった。

「なぜ鳥は私を愛した?」
「私が海に住むのも、魚なことも、もとから知ってたじゃないか」
「私は魚から鳥に進化する覚悟だった。空に住む覚悟だった。でも鳥は、水一滴すら無理なのか?」
「だったらなぜ、はじめに私を海から攫った?」
「水が無理なら、鳥は鳥とだけ付き合えばいいのに」
「あなたが水鳥に進化すればいい話じゃないか」
「愛してるっていうのは、ただの嘘だった?」
「愛ある人が、臭い、キモい、ドン引きって、言うだろうか?」

たくさんの言葉が、海底に落ちていった。
まるで魚の心のように、海はずっと荒れていた。

魚は、魚であるこの身を呪おうとした、あるいは鳥である鳥の身を呪おうとした。
それは魚にはうまくできなかった。
なぜなら魚であることは魚の誇りで、鳥であることもまた鳥の誇りだと、魚は知っていたから。

やがて魚は、認めた。

鳥が、魚に惚れたこと。
ジャンプは最高で、鱗が美しいと言ってくれたこと。
空で一緒に暮らしたいくらい愛してくれたこと。
遠目から見た海をきれいと言ってくれたこと。
でも水が一滴も無理だったこと。
海は臭い、魚はキモい、水にドン引きと言ったこと。
すべて真実だと認めた。

鳥からもらった言葉を一つも嘘にしないことに決めた。
魚は、鳥が正直で嘘を一つも言わないことをよく知っていたから。
そして、鳥が正直なところが一番好きだったから。
そして何より、鳥がくれた言葉「好き」「愛している」「世界一美しい」を、何ひとつ嘘にはしたくなかったから。

海は凪いだ。
凪いだ海面から、魚は久々に空を見上げた。
魚だって、鳥が鳥なことを知って愛したのだ。空を選んだのも魚だった。
魚の心も凪いだ。

魚は、空を見ながら鳥を思い出した。
とてもきれいな鳥だった。
空を飛んだ時間は一瞬だったが、新鮮で楽しくて永遠の思い出。

鳥に愛された魚は他にはいない。
鳥になろうとした魚も他にはいない。
それがもう終わったものだろうが、魚の永遠の誇り。

鳥は空を眺め、もうどこにいるかわからない鳥を想い、ずーーっとずーーっと愛することに決めた。

そのことと、海で楽しく暮らすこと、他の魚と新たな恋に落ちる期待をもつことは、全く矛盾しない。

『魂が番っているから大丈夫。来世はきっと同じ生き物に生まれる。』

そう心が決まったら、魚のジャンプはもっと高くなった。
そしてなぜか、誰にもキモいと言われなくなった。
むしろ魚のジャンプをすごいと言ったり、一緒に飛ぼうとする仲間が現れた。
魚が愛を知ったから。そして魚のジャンプはもっと自信に満ち、純粋なものになったから。
それは他の魚にも伝わったのだ。

魚が飛ぶジャンプはどんどん高くなって、もう魚だか鳥だか、誰にもよく分からない。



渋澤怜(@RayShibusawa

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