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死について、あるいは地球監獄

「そんなの、実際に死んでみなければわからないよ。
 色々いうけど、皆、一度も死んだことないんだからね。」

そんな風にいいながら、
ブラックコーヒーを美味しそうに一口すすって友人が言った。

「僕達は気がついたらよくわからないまま、生まれ落ちていて、
 まるで地球劇場で役を与えられた役者みたいに
 今の自分の名前の人生を、いつのまにか生きている。
 どうして生まれてきたのか。
 なんのために生きるのか。
 僕たちはどこへ向かっているのか。
 それは本当に死んだ後に、わかるのかもしれないね」

そういった後、友人はしばらく口をつぐんで
コーヒーカップをじっと見つめた。

「それに死んだら閻魔さまや地獄が待ってるみたいな思想もあるけど、
 僕はこの地球こそ、実は地獄で監獄なんじゃないかって思う。
 死んだ方が、実は楽しくて幸せだってカラクリを知ってしまったら
 みんな自殺したくなっちゃうから、死後の世界を怖いイメージにして
 簡単に楽な方に行かないようにしたんじゃないかな。」

そういうとゆっくりと私の目を見てこういった。

「僕は病院で、歳をとり寝たきりになって
 管に一杯つながれて、意識もなく、食べれないし、
 自力で呼吸もできなくなっても、生きていたくない。
 最初は来ていたであろう身内や友人も、ポツポツと時間と共に減り、
 やがて滅多に人も来なくなった中で、本人は意識もなく、ただ生きる。
 そんな風にならないように、
 緊急時に僕の意識がない時には、きちんと死ねるように、
 尊厳死協会に入ってるんだよ」

私はびっくりして聞き返した。
「尊厳死協会ってあるの?」

友人は答えた。
「あるよ。尊厳死って言っても、健康なのに心が病んで、
 ただ死にたいっていうんじゃない。
 僕は人間の最高の知性は、自分の死を自分で選べることだと思ってるから」

そんな話を屈託なく何時間、何十時間とした友人も今は、
この地球劇場を、一足先に卒業していった。

街角で見かけた黄色いバラに、笑顔が浮かぶ。

「亡くなったワイフの側には、いつも赤いバラを飾っている。
 僕は黄色いバラが一番好きだけど。
 描くにはバラは、好きじゃない。
 だって、なんとなく完璧で隙がないじゃない?」

そんな風によく話していたっけ。

きっと今は、地球監獄をでたのだから超快適で幸せだろうけど、
監獄仲間としては、
大好きだったブルーマウンテンピーベリーで淹れた美味しいコーヒーと
Brunello di Montalcino wineを片手に、一緒にまた会って話したい。





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