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プロダクトマネージャーの脳科学

プロダクトマネージメントを脳科学で紐解こう。

プロダクトマネージャーのイベント「プロ筋Conf」で発表することになりました。そこで、脳科学とテクノロジーの融合を志す者として、プロダクトマネージメントという行為を、脳科学の視点で紐解いたら面白いかも、と妄想がはじまりました。なかなか荷が重いテーマですが、いくつか文献も組み合わせて、解き明かしてみます。

プロダクトマネージメント

「プロダクトマネージメントとは?」という問いには、プロダクトマネージメント・トライアングル がひとつの解になります。ユーザー・開発者・ビジネスの3要素をつなげることが、プロダクトマネージメントというわけです。

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それぞれの要素をつなぐものは多くありますが、最初に選ぶなら、ユーザーと開発者をつなぐ「デザイン」、ユーザーとビジネスをつなぐ「事業開発」、そして、開発者とビジネスをつなぐ「ビジョン」のようです。

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ということで、デザイン・事業開発・ビジョンを、脳科学で紐解いてみます。ただ、デザインひとつをとっても、さまざまな種類があり、複雑な行為であり、そう簡単に紐解けるものではありません。そこで、根本にあるマインドセットに焦点を当てて、脳科学で明らかになっている理論・実践を紹介します。

世の中にはさまざまな方法論があります。それらの解説記事はたくさんあり、また、時代と共に流行り廃りがあります。しかし。今回焦点を当てるマインドセットは普遍的であり、それを科学的に検討する価値があると考えました。

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デザインの脳〜共感・思いやり・利他行動

ユーザーと開発者をつなぐデザインにおいて、その脳のベースには、ユーザーに共感し、ユーザーと開発者に思いやりを持ち、そして、開発者との利他行動がありそうです。

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共感

共感は、大きく2つのタイプがあり、その仕組みや脳の部位が異なります。それぞれの違いを意識しておくと良さそうです。

・認知的共感:他者の感情や意図を認識する能力
  ・仕組み:心の理論
  ・脳:内側前頭前野 (mPFC) 等
・情動的共感:他者と感情を共有し、相手の感じていることや考えていることに合わせて、適切な感情を示すことができる能力
  ・仕組み:ミラーシステム
  ・脳:運動前野 等
- Singer, T. (2006). The neuronal basis and ontogeny of empathy and mind reading: Review of literature and implications for future research.

共感を育むには、向社会的なゲームが有効なようです。

向社会的なゲームが個人間の共感性を高め、シャーデンフロイデ(他人の不幸を喜ぶ気持ち)を低下させる
- Greitemeyer, T., Osswald, S., & Brauer, M. (2010). Playing prosocial video games increases empathy and decreases schadenfreude.

また、ロールプレイング・ゲームも有効なようです。

衝突の解決を促すためにデザインされたロールプレイングゲームは、プレイヤーたちが未来を想像できるようになるだけでなく、異なる2つの視点から一人称の立場で行動をとることができる
・「Peace-Maker」というゲームでは、イスラエルの首相の役割とパレスチナの大統領の役割を行ったり来たりし、どちらの国家も存続させることが可能な「二国家解決」 の策を選ばなければならない
・融和的な行動か敵対的な行動のどちらかを取ることができ、双方が協調的に発言権を持つことを目指すか、一方的な主導権の獲得を目指すか選ぶことができる

思いやり

思いやりは、助けたいという欲求を引き起こします。

他者の苦しみを目の当たりにした際に生じる感情で、助けたいという欲求を引き起こすもの
・共感のように、必ずしも目の前にいる相手の状態がミラーリング されて生じる感情ではない
・側に寄ろうとする行動や、助けたいという、相手のために切望する気持ちを引き起こすもの(共感は必ずしもこれらを伴うわけではない)
- Goetz, J. L., Keltner, D., & Simon-Thomas, E. (2010). Compassion: An evolutionary analysis and empirical review.

思いやりを育むには、慈悲の瞑想が有効なようです。

慈悲の瞑想が苦痛を軽減
・共感に伴う苦痛を軽減させ、強い思いやりを促進することが示された
- Klimecki, O. M., Leiberg, S., Lamm, C., & Singer, T. (2013). Functional neural plasticity and associated changes in positive affect after compassion training.
慈悲の瞑想が驚異への反応を軽減
・脅威を感じた時に活性化する扁桃体の活動が減衰し、他者の苦しみに対して反応を示しやすくなる
・共感によるストレスを抱くときには、他者の苦痛を脅威のシグナルとして評価
・思いやりを抱くときには、脅威に対する反応は経験しない
- Lutz, A., Brefczynski-Lewis, J., Johnstone, T., & Davidson, R. J. (2008). Regulation of the neural circuitry of emotion by compassion meditation: Effects of meditative expertise
- Desbordes, G., Negi, L. T., Pace, T. W. W., Wallace, B. A., Raison, C. L., & Schwartz, E. L. (2012). Effects of mindful-attention and compassion meditation training on amygdala response to emotional stimuli in an ordinary, non-meditative state.

利他行動

利他行動は、自分がコストを払うことで他者に利益をもたらす行動です。

自分がコストを払うことによって、他者に利益をもたらす行動
・思いやりが行動しようとする 欲求を表すとすれば、利他行動はその行動
・感情状態ではなく行動のタイプ
- Fehr, E., & Fischbacher, U. (2003). The nature of human altruism.

利他行動を育むには、VR体験での援助の練習が有効なようです。

VR体験で援助の練習をする機会を与えることが、ゲーム終了後でも向社会性を高めて、利他行動を増加させる
・参加者の半数がスーパーマンのように空を飛べる力を与えられ、残りの半数がヘリコプターで旋回できる
・VR体験の後、現実の世界で「助けを必要としている誰か」(役者)に直面
・その結果、子どもを助ける課題において、スーパーヒーロー条件のほうがヘリコプター条件と比べて助けるのが早く、たくさんの補助をしていた
- Rosenberg, R. S., Baughman, S. L., & Bailenson, J. N. (2013). Virtual superheroes: Using superpowers in virtual reality to encourage prosocial behavior.

事業開発の脳〜ポジティブ感情・心理的的抵抗力・感謝

ユーザーとビジネスをつなぐ事業開発において、その脳のベースには、ポジティブにマネタイズし、粘り強く関係者と交渉する心理的抵抗力、そして、ユーザーへの感謝がありそうです。

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ポジティブ感情

ポジティブ感情は、行動の選択肢を広げます。

ポジティブ感情は、行動の選択肢を広げる
・比較的安全な状況を利用して、より創造的に考え、物事を異なるやり方で行い、新しい物事を取り入れ、リソースを構築する
- Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions.

また、ポジティブ感情は、ネガティブ感情の3-11倍が適切なようです。

ポジティブ感情がネガティブ感情の割合の3倍を上回ると、最適なメンタルヘルスの状態になる。一方、ポジティブ感情がネガティブ感情の割合の11.6倍と高すぎる状態になったとき、メンタルヘルスが崩壊しはじめる。
・ネガティブな経験に直面しながらもネガティブ感情を抑制し、ポジティブに捉えて、幸せなように“見せかける”ことは効果的でないだけでなく、有害ですらある
- Fredrickson, B. L., & Losada, M. F. (2005). Positive affect and the complex dynamics of human flourishing.

ポジティブ感情を育むには、セイバリングやリフレーミングが有効なようです。

セイバリング(savoring)
・ポジティブな体験に1日2、3回意識を向ける
- Schueller, S. M., & Parks, A. C. (2012). Disseminating self-help: Positive psychology exercises in an online trial.
リフレーミング(reframing)
・ある物事について自分が最初に考えた否定的な解釈とは別の解釈を考える
・ネガティブな出来事の可能性を無視することや、ネガティブ感情の存在を否定することとは異なる
- Burkeman, O. (2013). The antidote: Happiness for people who can't stand positive thinking. New York: Faber and Faber.

心理的抵抗力

心理的抵抗力は、ネガティブとポジティブへの敏感度で4タイプあります。

1. ネガティブ・ポジディブどちらの出来事にも敏感に反応する人
2. ネガティブ・ポジディブどちらの出来事にもあまり反応を示さない人
3. ネガティブな出来事に弱い人(心理的抵抗力が低い人)
4. ポジティブな出来事に、より影響されやすい人(優位感受性が高い人)。
- Pluess, M., & Belsky, J. (2013). Vantage sensitivity: Individual differences in response to positive experiences.

また、学業成績にも影響があるようです。

就学児の心理的抵抗力・回復力を発達させると、ウェルビーイングを向上させるだけでなく、学業の成績も改善
- Durlak, J. A., Weissberg, R. P., Dymnicki, A. B., Taylor, R. D., & Schellinger, K. B. (2011). The impact of enhancing students' social and emotional learning: A metaanalysis of school-based universal interventions.

心理的抵抗力を育むには、アプリでの介入が有効なようです。

スマホアプリ (Super Better) による介入の効果をランダム化比較試験で実証
・あるがままの状態になる練習(周囲の環境に気づく、深呼吸をするなど)
・他人からの良い評価の収集
・人生は山あり谷ありであることを思い出せる作品や音楽の観賞
- Roepke AM, Jaffee SR, Riffle OM et al. (2015). Randomized controlled trial of SuperBetter, a smartphone-based/internet-based self-help tool to reduce depressive symptoms. 

感謝

感謝は、権利意識を抑制し、よい人間関係を築きます。

・私たちの文化は、自立することを賛美し、他者からの助けを軽んじており、幸福は苦労して得るものだと思っている
・感謝は、他者と強い結びつきを持つために、最も重要な要素の1つ
・感謝を表すということは、他者とどれほど深く結びついているかを示す
- Carter, C. (2011). Raising happiness: 10 simple steps for more joyful kids and happier parents.

感謝を育むには、感謝の日記・手紙・訪問が有効なようです。

感謝の日記・手紙
・日記に感謝を綴ったり、感謝の日記を書くなど、様々な形で感謝を実践する
- Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (Eds.). (2004). The psychology of gratitude.
- Watkins, P. C., Woodward, K., Stone, T., & Kolts, R. (2003). Gratitude and happiness: Development of a measure of gratitude and relationships with subjective well-being.
- Wood, A., Froh, J., & Geraghty, A. (2010). Gratitude and well-being: A review and theoretical integration.
感謝の訪問
・感謝の手紙を書き、感謝している相手に向けて読み上げる
- Schueller, S. M., & Parks, A. C. (2012). Disseminating self-help: Positive psychology exercises in an online trial.

ビジョンの脳〜動機づけ・自己への気づき・マインドフルネス

開発者とビジネスをつなぐビジョンにおいて、その脳のベースには、開発者のビジネスへの動機づけ、指示よりも自己への気づき、そして、マインドフルネスでの集中がありそうです。

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動機づけ

動機づけは、目標と自分自身の関連づけが重要なようです。

設定した目標がどれだけ重要であるかということではなく、重要なことは目標と自分自身をどう関連づけるか。マインドセットが大きく影響。
・固定的マインドセット:自身の能力は生得的な才能に基づくものであり、知性は生まれながらにして与えられたもので、変えることはできない
・成長的マインドセット:自身の能力は時と共に発達し、向上させられる(神経的可塑性や後生的遺伝学の科学的根拠あり)
- Dweck, C. S. (2006). Mindset: The new psychology of success.

動機づけは、継続的な行動を経て、やがて没頭となります。

没頭の4タイプ
・感情的没頭:興味などの外向きの感情 vs 不安や退屈などの否定的で内向きの感情
・認知的没頭:表面的ではなく本質的な取り組み
・行動的没頭:集中、注意、努力(例えば課題にかける時間など)
・主体的没頭:創造性やイノベーションなどを通じて生じる積極的な関与
- Christenson, S. L., Reschly, A. L., & Wylie, C. (Eds.). (2012). Handbook of research in student engagement.

動機づけを育むには、内発的動機づけの方が外発的動機づけより有効なようです。

内発的動機づけと外発的動機づけ
・内発的:それ自体がそもそも面白くて楽しいから
・外発的:課題とは別の成果が生み出されるから

外発的動機づけが内発的動機づけをダメにする可能性がある
1. 随伴的に報酬を与えられる
2. それ自体が楽しいはずのものを仕事にしてしまう
3. 内発的動機づけを次第に低下させる
4. 動機づけられるために常に報酬が必要となる
- Ryan, R., & Deci, E. (2000). Intrinsic and extrinsic motivations: Classic definitions and new directions.

ただ、外発的動機づけでも、より内的なものであれば有効なようです。

自律的で自己決定的である、より内的な外発的動機づけは、内発的動機づけに近い効用がある
1. 完全に外的:例えば、法律を守る
2. やや外的:言われたことをして認めてもらう
3. やや内的:言われたことの価値を認める
4. 内的:自分自身の価値観と同一視
- Ryan, R., & Deci, E. (2000). Intrinsic and extrinsic motivations: Classic definitions and new directions.

自己への気づき

自己への気づきは、脳内の「島」と関係しています。

自己への気づきの強さが、意識や感情調整、身体調節の機能に関わる脳の部位である「島」の活動の強さと関連
・長期間瞑想を行っている人の島は、そうでない人に比べて大きな体積を持つ
- Davidson, R. J., & Begley, S. (2012). The emotional life of your brain: How its unique patterns affect the way you think, feel, and live ― and how you can change them.

自己への気づきは、3つのタイプがあるようです。

1. 認知に対する気づき:自身を取り巻く世界や自分自身について知っていると確信を持つこと(メタ認知)
2. 感情に対する気づき:心の状態、特に気分や感情に対して意識を向けること
3. 経験に対する気づき:認知、感情、行動の総合的な面に意識を向けること

自己への気づきを育むには、分析せずに経験を受け入れることが有効なようです。

・分析的な自己:過剰に反芻して、自己批判によって、くよくよ思い悩む
・経験的な自己:評価を下さず、今この瞬間を観察する
Watkins, E., & Teasdale, J. T. (2004). Adaptive and maladaptive self-focus in depression.

また、スマホアプリでの自己報告も有効なようです。

携帯電話での気分の自己報告は、反芻におけるくよくよ思い悩むという側面を軽減する働きがある
- Kaur, S. D., Reid, S. C., Crooke, A. H. D., Khor, A., Hearps, S. J. C., Jorm, A. F., … Patton, G. (2012). Self-monitoring using mobile phones in the early stages of adolescent depression: Randomized controlled trial.

マインドフルネス

マインドフルネスは、心がさまようマインドワンダリングとは逆で、今この瞬間に意識が向いている状態です。

・マインドワンダリング:心がさまよっている状態
・マインドフルネス:今この瞬間に生じている経験全体に、善し悪しなどを判断することなく気づくこと

実は、1日の半分くらいは、心がさまよっているようです。

1日のうちの半分くらいは、マインドワンダリングの状態
・1日平均:46.5%
・特定の活動中:30%
  ・楽しいこと:42.5%
  ・不愉快なこと:26.5%
  ・どちらでもないこと:31%
活動とは別の楽しいことを考えていても、目の前の活動にマインドフルネスな状態より幸福感が低い
- Killingsworth, M.A., & Gilbert, D.T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind.

マインドフルネスを育むには、マインドフルネス瞑想やマインドフルネスを意識した日々の生活が有効なようです。

マインドフルネス瞑想
・呼吸:呼吸に注意を向けて、自然な呼吸が入ってくることや出ていくことを観察
・ボディースキャン:意図的に身体の各部位を観察
・メタファー:空を流れる雲を眺めるように、自分自身の思考をただ眺る、など
Chödrön, P. (2007). How to meditate with Pema Chodron: A practical guide to making friends with your mind.
マインドフルネス生活を意識(仏教徒のように)
・マインドフルに歩く
・マインドフルに食べる
・マインドフルに掃除する

さいごに

プロダクトマネージメント・トライアングルにおいて、ユーザー・開発者・ビジネスの3要素があり、それらをつなげるためにデザイン・事業開発・ビジョンがあります。それらベースにあるマインドセットに焦点を当てて、プロダクトマネージャーの脳を科学的に紐解いてみました。ちなみに、今回紹介したものは、ウェルビーイング (Well Being) で推奨されているものでもあります。これら実践することにより、ユーザー、開発者、社会、そして自分自身を幸せにしていきましょう!

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今回のnoteに興味を持ち、より詳しく学びたい方は、下記の書籍や論文をご参考ください。


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