草と向き合った1日の話
太陽が沈むにはまだ早い夕方、私は庭へ出た。
両腕には運転用のアームカバーを肘の上までつけ、両足はスパッツで覆った。お気に入りのライブTシャツを着て、リラコを膝上までたくし上げショートパンツ風に仕上げた。
これだけなら、ちょっとオシャレなジョギングの人みたいじゃない?
なんて思いながら、鏡を見る。
仕上げはここから。
足元は長靴。頭には農家のおばあちゃん達の必須アイテム、サンバイザーの後ろにひらひらがついた帽子を被った。もちろん、そのひらひらは顎の下できゅっと結ぶ。
よし、完璧。これで、夏の日差しからも蚊の襲来からも身を守れる。蜂は、どうだろ、多分大丈夫かな。
そして、いざ玄関を開け庭へと繰り出す。
眩しい日差しと熱気に一瞬怯んだが、負けずに前へ進む。
目指すはスイカ畑。
スイカの間に草が生えているというより、草の中に埋もれるようにして、小さいスイカが何個か転がっている。
いざ、勝負。
スイカのつるをかき分け、雑草の根に指をかける。少し土の中に指を入れ、根っこを引っ掛けるようにして引き抜く。
ぶちっ。
失敗。根っこから抜けず、茎だけちぎれてしまった。
次こそは。
根元をしっかり掴み、引き抜く。
ごそっ。
成功。根っこごと綺麗に取れた。
草取りはこの繰り返しだ。ただひたすらに雑草の根元だけを見つめて進む。
もっと有意義に考え事でもしながら、できるものだと思っていたが、そんな簡単なことではない。
庭の隅に小さくしゃがみ、サンバイザーのつばで周りの視界が隠れると、そこには私と雑草の根元との世界しかなくなる。音も少なくなる。
無心に草と土を眺めていると、今いる場所も現実かどうかわからないくらい無心になる。
なんだか、こういうことも現実逃避になるし、意外とストレス発散かもしれないなんて思っていると、うちの中から父と母が言い合う声が聞こえる。
やっぱり現実は変わらないんだった。
そのうちに母が私を呼ぶ。言い合いの間に入って欲しいのだ。
父は母の言葉には一切耳を傾けない。いつからそうなのかはよく分からないが、どんな内容であれ聞く気がないように見える。
母が話はじめると、大きな声で怒鳴り返したり、わざと耳を塞ぐような仕草をしたりテレビの音量を上げたりする。
私とだって、もう何年もまともに話はしてないし、私が嫌だと言ったことを平気でしたり、約束だって成り立たない。それでも母よりは、まだ私の話は聞くらしい。
母から言い合いの原因を聞き、適当に父に言葉を返すと、またすぐに庭に出た。
草を取って現実逃避したって身近な現実は何も変わらない。嫌な出来事が無くなるわけでも、辛いことが起こらないわけでもない。
これからも家族のいざこざは続くし、成り立たない約束はいつまでも破られ続ける。
少しづつ草が減っていき、スイカのつると小さい実が見えるようになってきた。
あれ、こんなところにも実がついている。毎日小さいスイカをくるくると裏返して、満遍なく陽の光が当たるようにしていたけど、1つ見落としていた。雑草の中に薄緑の小さなスイカが隠れていた。
1、2、3、4、5
小さいスイカが転がっている。私の楽しみがまだ5つもある。
周りの空気が、ほんのり赤くなっているのに気がつき空を見上げた。青空と夕焼けが混ざりあって、青、だいだい、ピンク、オレンジ色の空だった。
きれい。
それだけで、今日も悪くない日だったと思える。
急いで写真を撮ろうとスマホを持ってきたが、その頃には空の色は変わり、だんだんと夜へと向かっていた。
そんな1日。