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除夜の鐘、砕くべし

2020年、大晦日、年の瀬。
街々の合間、商業施設、郵便局。
それらは夕闇に照らされた人々の影を細長く伸ばしていく。
そんな中に、いつもの黒い奴の姿もあった。

「年賀状か……何年ぶりだろうな」

スマートフォンを音無くフリックすると、先日依頼したウェッブサービスからのメール返答画面が開く。そこには作成した年賀状が、元旦には滞りなく先方に届く旨が記されていた。

「実に便利だな、今どきは。しかし文面は形式張った物じゃなくてもっとフランクな物で良かっただろうか……」

アプリケーションを閉じる。文面は来年への課題にするとして、今年の重要なミッションはクリアしたのだ。続けてメモアプリを立ち上げると、今日までのタスクを確認……オールクリア。後は自宅に帰って日付が変わるのを待つばかりだ。

鐘が響く、地の底の深い深い所から反響してきたがごとき、重苦しい響きにレイヴンは顔を若干しかめた。まるで自身の薄皮を剥がれるような感覚を覚えたのだ。除夜の鐘にしては随分と邪悪であった。

続いて、彼の足元に大量の年賀状が散らばる。
落としたのは年端いかぬ少年、数歩先を横切って郵便局に入ろうとした所で、膝をつきもんどりうって倒れたのだ。また鐘が鳴る。遥か彼方天空の果から。レイヴンの視界も揺れ、目眩じみた自我の揺らぎを知覚した。

拳を握りしめて、目の前の少年に年賀状を回収ざまに駆け寄るとすがりつく母親に問いを投げる。

「病気や体調不良の前兆は?」
「あ……いいえ、ついさっきまではしゃいでいたのに、急に」
「わかった、すぐにここからあちらの方角に離れて、病院に連れていくんだ。おそらく、ここは危険だ」
「わ、わかりました」

束ねた年賀状を手渡して鐘の音の反対側、郊外に連なる道路を指すと、自身は立ち上がる。三度目の鐘の音が響き渡ると同時に、他にも倒れ伏す人間が出はじめた。目の前でスリップした自動車達に掌底より有刺鉄線を撃ち出し、アンカリング!勢いを殺すと車を路肩へとスライドさせて鉄線をカット、あわや大事故待ったなしの所で、鐘の音が響く天上を仰ぎ見る。

「年の瀬に巫山戯やがる」

跳躍!アメコミヒーローめいて掌底から次々有刺鉄線を撃ち出すと、ビル壁に打ち込んでより高く、高く跳躍!一帯で最も高い、雲を貫くビルを目指す!次の鐘の音の壁を突破した瞬間に、一瞬ホワイトアウト、駆け抜けた雲を逆戻りに落下!あわやこのまま墜落した鴉めいてバラ肉になってしまうのか!?

「……ッ!起きろ俺!この程度で寝るな!」

宙反転からビル壁に指を食い込ませ、再度有刺鉄線ワイヤリングアクション!次の一突きが来る前に屋上まで駆け抜け跳び上がる!空中前転飛び込みから、拳を地に叩きつけ衝撃を殺す!屋上に走る蜘蛛の巣状ヒビ!

「ボランティア除夜の鐘なら不要だぞ、と」

無機質なビル清掃カーゴラインが走る典型的高層ビルの屋上中央、そこで待っていたのは鐘の頂点から屈強な上半身を生やし、つるりと剃り上げた坊主頭の僧であった。

「今宵は大晦日、であれば除夜の鐘が鳴るのは道理に基づいている……どうも、ワシはクリエイター、ジョヤン・ベルです」

両手を合わせお辞儀した怪人除夜の鐘に対し、一足飛びに畳10枚分の距離を詰め、ためらわずに怪人の首に手刀を放つ!だが当たった先は、宙をふわりと浮いた鐘の方だ!世界に鐘の音が響く、同時に軽度ホワイトアウトから大地につんのめってたたらを踏むも、白目から無理やり瞳を前方に向け跳躍から怪人頭部に断頭蹴り!またもスライドし鐘を盾にする怪人をワイヤリングアクションにて無理やり直撃を避けて間合いを組み直す!

「その鐘が鳴った分、音響範囲の煩悩を剥ぎ取るって訳か。理解したぞ」
「ふ、ふ、もう十度は鳴ったんじゃが、ヌシは中々煩悩の多い輩のようじゃなぁ」
「俗物なんでね」

ではどうする、考えなしに突っ込んでも、生半な攻撃を入れ続ける限り除夜の鐘は鳴り続き、そのたびにこちらの精神は薄く剥ぎ取られいずれは戦闘不能となる。先程の少年は年若く煩悩の量の少なさ故に、すぐに失神したのだ。

「そもそも何故邪魔をする、煩悩は悪にして、浄化しても感謝されこそすれ恨まれるいわれはなかろうもん?」
「笑わせるな」

握り込んだ拳を掌底に当てて、真っ赤にたぎる刀を抜き払う。逢魔が時の橙と青が入り交じる空に、火花が咲いた。

「煩悩は欲、すなわち生きる指針だ。それを無理やり無差別収奪するなど精神的殺戮に他ならない。ありがた迷惑にもほどがある」

熔鉄の一刀を握り込むと、より一層夜空に熱くたぎる残光が軌跡を描く。

「笑止!俗人は放っておいた所で大悟などせん!故に浄化するがワシの慈悲よ、何、白痴となって死に絶えた所で涅槃に逝くから実際救い!」

戦艦対空機銃めいた密度で黄昏に鐘つき棒が並び、一斉掃射!夜闇に交じる鴉を狙う!跳び来る一本に飛び乗り、すれ違いざまに蹴り移りながら前へ!真正面に来た鐘つき棒をまっすぐに切り開いて左右に切りさばくと、超接近距離に入る!鐘を前面に押し出すジョヤン・ベル!

「グワアアアアアアーッ!?」

鐘は鳴らぬ!鳴らぬままに紅く瞬いた鐘は深々と溶断され、ジョヤン・ベル本体まで容赦なく灼き開いた!

「お前の増上慢こそ、一番に浄化されるべきだな!アバヨ!」

返す一刀が、今度は真横一文字に鐘を切り裂いた。恐るべき地獄の火は、一瞬にして大質量の鐘を溶鉄変換し爆発四散。後には年老いた白ひげの坊主が転がっていた。

「南無、阿弥陀佛……反省するんだな」

―――――

秘密基地じみて奥まった集合住宅からひそり出る。
東の空には陽光が差し込み、すでに初日の出は大きく空に舞い上がっている頃合いだったが、レイヴンは気にせず自身の部屋番のポストに手を突っ込んだ。そこには目的のものが確かにあった。

手にした年賀状を透かし見るように太陽に掲げた後、彼はいそいそと自宅へと舞い戻る。元旦くらいは力の抜けたエンタメ番組を流してお屠蘇をかっくらってもバチは当たるまい。

「さて、今年も一年がんばりますかね。来年をしっかり迎えるためにな」

【終わり】

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