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BWD:カルティック・インターネット・ナイツ SideB #パルプアドベントカレンダー2020

元祖・魔王の朝は早い。
日本人名、明野聡美はキングサイズのベッドから身を起こすと、自らの手でシルクのカーテンを開いた。一面に遮るものの無い青空が広がっていく。

「んー……良い朝だ」

聡美は、自らの長いブロンドはたなびくままにさせて、自らの手でモーニングティーを淹れる。紅色の液がティーカップに溜まると、広々としたベランダにて最初の一口を嗜んだ。冬の風が彼女の頬を撫でていく。

「お館様」
「風魔くん、その呼び方はご近所さんに誤解を招くから他のにしてくれたまえ」
「御意。して、命じられた任務についてご報告させていただきたく」
「ああ、聞こうか」

ベランダの影はいつしかゆらりと立ち上がり、片膝をつく忍者となっていた。忍者には一目もくれないままに報告を促す聡美。対して、忍者は彼女へにじり寄るとそっと耳元にささやきを送る。

「……ふん、ふん、そうか。私の予定通りだね」
「はっ」
「であれば、この後も予定通り頼むよ」
「御意に」

忍者は、現れた時と同様に影となって姿を消した。

「さて、私も動く頃合いだ」

聡美が指を弾くと、彼女の服装は一瞬にして白いフリルの寝間着から外行きの紺主体の可愛げな服に厚手のコートに変わる。忍者胴体視力の持ち主であれば、それが早着替えなどではなく、服の存在自体が一瞬で切り替わったことが視認できたであろう。

聡美は優雅な所作と共に最後の一滴を味わうと、音もなくティーカップをソーサーに戻した。

―――――

「これでよし、被害の拡大を止めるのは彼らが上手くやってくれるでしょう」

ビルから出た聡美の目端に、大通りを埋め尽くすデモ隊の列が行き過ぎた。
一帯に響き渡るシュプレヒコールは迷惑な事この上ない存在であるが、聡美には朝に聞く小鳥達の歌よりも無害な音でしかない。

一方、未だデモ隊には加わらずに正気を保っている者達の視線を受けながら、彼女は別の目的地へと足を向ける。ショートブーツのヒールが、規則正しいリズムを刻んだ。

―――――

「はぁい、マイ・ディア。ご機嫌麗しゅう?」
「……何の用向きだ」

日はまだ頂点に高い頃合い。場所は、都心にもかかわらずまるで取り残されたかのように佇む半ば廃墟めいた寺。長い時を経て黒ずんだ広縁にて、聡美の目的の相手は胡座で佇んでいた。

ざんばらな髪に、地獄の修羅としか例えようのない据わった眼、作務衣からのぞく肉体は無駄なく鍛えられたことがわかるほどに、均整が取れていた。
その男はいつもそうしている様に、今日も自らの周りに種々雑多な武装を広げては一つ一つ、油断ない眼で整備を行っている。聡美には一瞥も向けないままに。

「今日は珍しくオフだろう?もちろん、デートのお誘い、さ」
「相手の珍しいオフの日に、そっとしておこうという心遣いはお前にはないのか?」
「君のオフの日を邪魔しなかった日の方が多いだろう、今日くらい良いじゃないか」

相変わらず男は視線を、手にしたナイフに固定したままで聡美の話を聞いていた。ナイフに油を塗りつけ、余分な物は拭き取っていく。

「今日は何もしないのに忙しい。逢瀬がしたいなら虚無相手にやるんだな」
「君の預かり知らない陰謀が、進んでいると聞いてもかい?」

今まで地蔵のようだった男のまぶたが、ピクリと動いた。

「……それはアレか、インターネット病か」
「フフン、流石に薄々察してはいたようだね?」
「あんな物が天然自然の現象な訳がない、もっとも今日に至るまで原因の影を踏むにはいたっていないが」
「そうだろうそうだろう。そこで無明、君と取引がしたい」
「今日一日お前に付き合えば、黒幕を俺に引き渡すと」
「そう、その通り!君が三週間手がかりを掴めてない相手を、たったの一日で解決してあげるんだ。これは実に良い取引だと思うね」

万人をとろけさせる、天使のような魔王の笑顔。ことここにいたって、無明はようやく顔を上げて聡美と視線を衝突させた。無上の微笑みを見てなお、無明のしかめっ面は微動だにしなかった。表情は変わらずとも、立ち上がる。

「支度をする、少し時間をくれ」
「お心のままに」
「上がって待ってろ、外よりはマシだ」
「その言葉だけで、北極の凍土でも平気でいられるね」
「良くいう」

憮然とした口調で切り返した無明は、程なくしていつもの乾いた血色のコートに、積めるだけの武器を積んだ物騒な風体にて聡美の前へと戻ってきた。

「行くぞ」
「おっと、その前にプレゼントがあるんだ。君にね」
「プレゼントぅ?」

眉根を寄せる無明に、聡美はどこから取り出したか、品の良い純白の紙袋を捧げ持って見せると……中からビロード生地めいた、紅いマフラーを取り出した。

「メリークリスマス、さあ受け取ってくれたまえ。私のお手製だ」
「お前ほどの存在級位の神格が、何が楽しくてこんな真似を」
「恋愛に論理的帰結を求めるのは、実に無粋ではないかな?」
「チッ……悪趣味なことだ」

一層不機嫌に眉を曲げるものの、無明は自分の首にマフラーを手づから巻く聡美の所作を止めようとはしなかった。

「さっさと行くぞ、時間が惜しい」
「なあに、他にも手は打ってあるから、そんな焦らなくてもこれ以上被害は広がらないよ、と」

その言葉を聞いてむっつり顔の殺神者は、乞われるままに聡美に肘を貸すと、黙々として彼女の歩幅に合わせてあるき出した。

―――――

「どうだい?似合う?」
「大魔王が何使ったって強くなるように、お前も何着たって似合うだろうよ」
「ふふ、なんたって私だからね。じゃあ聞き方を変えよう、君の好みの服はどれかな?」
「むぅ……」

ああ言えばこういう。商業施設のブティックにて、更衣室にこもっては一着一着、わざわざ実際に来てみせる聡美に、無明は閉口しながらも毎回しかりとその様を見届けていた。グリーンのカクテルドレス、イエローでフリルに富んだチャイナドレスに、ブルーのベトナム民族衣装アオザイ、桜の図柄の晴れ着まで、飽きることなく着替えてみせる。

「今の桜の和服は良いな、だがまだ季節的に早いか」
「ほうほう、そういうのが良いんだね?」
「好きにしろ」
「君の好きにしたい」
「……わかった。ちゃんと選ぶから気が済むまで着替えるといい」
「そうそう、男子たるもの、そうでなくっちゃ」

軽い摩擦音をたて、聡美が再度更衣室にこもる。
来店客の視線が、如何にも場違いな完全武装者に突き刺さるが、当の本人は地蔵めいて意に介さず、腕組みしたまま次のファッションショーを待った。

「さあさあ、今度はどうだい?」

そう言って出てきた聡美の姿は、白磁のブラウスに紺色のフリルスカート、胸元はワンポイントのリボンで飾り、肩は薄桜色のスカーフで包んでいた。

「それで、いい。それくらいで」
「ふぅん?まあ君って、派手派手しいのは好きじゃなさそうだしね。じゃあこれいただこうか、店員さーん」

呼びかけに応じて、戸惑った様子で駆け寄る女性店員に、無明は黒いカードをすっと突き出す。

「一回で」
「お承りました」
「へぇ。良いのかい?」
「金ならある、使いみちがないからな」
「ふふん、いい選択だ。Lポイントを10点あげよう」
「そいつはどうも」

聡美が上機嫌で指を弾くと、更衣室のハンガーにかかっていた、元々着ていた服は跡形もなく消失。ついでに今着ている服の値札も一つ残らず消え去る。

―――――

「で、ショッピングの後は、そう。映画だね、映画」
「はぁ」
「映画に興味はないのかい?」
「俺にとっちゃ、ただ座ってるだけの時間だ」
「そう?でも、今日は私に付き合ってくれたまえ」
「最初から、そのつもりだ」
「ふふっ、ありがとう」

あいも変わらず憮然とした表情のままの無明をともなって、聡美は映画館の受付をパスする。平日ゆえか、それとも別の要因ゆえか、観客席は完全に二人の貸し切りであった。

ほどなく、目的の映画が始まる。

「……恋文の話か」
「そう。きみ、送ったことは?」
「あると思うのか?」
「ない方に私の半命位は賭けてもいいね」
「そういうことだ」

少なからず人が入っているのであれば会話はご法度であるが、貸し切りである以上、二人のとりとめのない会話にクチを挟む者はいない。

「手紙くらいは、あるんじゃないかい?」
「無いな。重要なことは常に口頭で伝えてきた。あいつは俺が教えたことの3割位しか当時は理解してなかったが」
「君ほど口下手な人間から、口頭での教えに絞られたらそれは難儀だろう。その弟子の子も」
「む……」

無明は押し黙って、飲み物をストロー越しに吸い上げた。咎められかねない程の音量で。

「そういうお前はどうなんだ」
「そうだねぇ、手紙を残す、送るよりも、伝えそびれたことの方がずっと多いよ」
「ほう?」
「いつか、来年、来月、一週間後、明日。また会えると思っていても、ほんのちょっとした事で人間は死んでしまう。大昔なんて、それこそ朝に会って夕に会えないなんてことさえ、ざらだった。それにくらべたら、今はまだいい時代さ。たぶんね」

無明は、野生動物的な直感から、その話を深堀するのは避けた。押し黙った男の手に、しめやかに、滑らかな指先が重なる。

―――――

「……まさか彼処までベショベショに泣くとは」
「うるさいなぁ、ちょっと向こうを向いていてくれたまえよ」
「了解」

ハンカチーフが一箇所の乾きもなくなるまで余韻を染み込ませた後、聡美はからっといつもどおりの微笑に戻って無明の方に向き直った。

「さ、ちょっと早いけど今度は私が約束を守る番だ」
「もう、いいのか」
「ああ。そろそろ予定の時刻だ、相手は遅刻を待ってはくれないよ?」
「そうか、ならいい」

二人は連れ立って、歩いた。
行く先はこの商業施設の屋上、空中庭園。

―――――

発砲音が三度、人気の無い空中庭園に響いた。
無明の握るマグナムリボルバーから、硝煙が上がる。一方で、打たれた黒いボディスーツの女はブリッジ体勢からバネ仕掛けよりも俊敏に向き直り、その黒い瞳を敵対者へと向けた。その顔には双眼のついでに、額にも第三の目を模したタトゥーが刻まれている。容貌は万華鏡めいてグニャグニャと歪んでおり一定の印象を与えない。

「あーはぁ~……ホント、躾がわるいなぁ、売女のペットは」

女は咬み込んだ銃弾3つを吐き捨てる、と、火薬の勢いの倍の速度で二人を襲うも、着弾寸前でベクトル喪失による自然落下を起こした。

「は、はぁ、そっちのペット君ははじめまして、だねぇ?ボクは混沌、這い寄るとかって品のない形容詞がツイてるアレ。知ってる?」
「どうでもいい。俺が興味があるのは、お前がインターネット病の首謀者かってことだけだ」
「ウワーッショックぅ、ニンゲンなら大抵、漏らすか拝み込んで崇拝するか、あるいは狂って死んじゃうのに、君、実に不信心だねぇ?」

ニタニタと歯を剥いて笑う混沌に、無明は距離100メートルを一足飛びに食いつき、その首元に引き抜いたナイフを叩き込む!ついでしゃがみ込むと頭上をクチだらけの黒触腕が鞭めいて通過すれば、触腕は殴打に合わせられたカウンターにより千切れとんで植え込みの植物を薙いだ。

「ちょ、ちょっと。少しくらい雑談とか、ボストークとか、そういうのしない?」
「黙れ」
「酷い狂犬だ!おいこのクソビッチ!飼い主の義務を果たせ!」
「恋いはしても飼いはしてないから、その文句はお門違いだね。ふふん」
「ファック!この駄犬を挽き肉にして、今からお前に突き返してやる!」

中空より、二対、四対、八対の触腕が突き出ては、這い寄る混沌の眼前で殺戮稲刈機めいて斬撃を繰り出す無明を狙う!間近の一本をすれ違いざまに切り落とし、足を薙ごうとした一本を銃撃で追い払う!互い違いに迫った二本を四足獣よりも低くかがんでやり過ごすと、全身のバネを使って混沌へ踏み込む!豊満な胸の谷間がより深く裂け、墨汁よりもどす黒い血が空高く噴き上がった。

「暇を持て余してアリの巣に水でも流しに来たのか?神なら神らしく、手の届かない所でおとなしくしていろっ!」
「ヒドいなぁほんとうに!ちょっと、こう、インフラをメチャクチャにしたら何処まで右往左往するのか見守ってただけじゃないか!ボクは控えめで邪悪じゃない方の邪神だって!ニンゲンに対する愛だよ、愛!」
「巫山戯るな!」

迫る触腕のことごとくを二刀ナイフで切り払って、次には混沌の華奢な首元を横一文字にきりさばく。だらりと皮一枚つながって垂れ下がった首が、にへりと笑った。その笑顔に、合金が仕込まれたつま先が突き刺さって天高く蹴り飛ばした。

瞬間、残された身体が裏返り、内側より数多の触腕がイソギンチャクのごとく無明に迫る。が、掴んだのは無明ではなく、野球ボールほどの物体が複数。そして無明の地面スレスレの水面蹴りが触腕イソギンチャクを根から刈り取るように蹴り飛ばし、宙に吹き飛ばした。夜空に、爆炎の花が咲く。無人の空中庭園に転がった混沌の首は、滑らかに中身を吐き出し元通りの姿へと戻った。

「スゴイ、スゴイよ!ここまで好き勝手されたのは結構久しぶり!でもまあ意味ないんだ。だって本体がそのまま此処に居るわけないじゃん?」
「だろうな」
「そうそう、上級の神魔は皆そういうんだ。だから……」

今まで黙って観戦していた聡美は、天使の笑顔で続きを告げた。

「君の本体までの導線、広げておいたんだ。今ならそれなりに痛い思いできるとおもうよ、良かったね」
「ハ?なに?そんな訳」

ずが、と無明が躊躇いなく突き立てたナイフが、眼孔から脳髄に至るまで、深々と切り裂いた。途端、名状しがたい絶叫が屋上を揺らす!

「あ、あ、あ、ああがががっががががが……ァ!」

霧を払うがごとき手応えだった先ほどと違い、今度は確かな手応えを持って斬撃が混沌の奥底まで届いた。続いて、無明は自身に巻きつけられたマフラーを引き抜くと、槍のように構える。布槍術!マフラーがまるで明けの明星よりも紅く、熱く光り輝く!

「観察ごっこは、他所でやれ!愚神!」
「アアアアアアアアアアーッ!?」

混沌の身体が十文字四分割!マフラー布槍が振るわれた軌跡から白い炎が燃え上がり、混沌を名乗る怪物の身を余さず灼き尽くしていく!

瞬きするほどの時間で、大言壮語する混沌の触手は跡形もなく消し炭となった。

「……駄目だな、浅い」
「まあそうだね。でもま、当分はちょっかい出す気にはならないんじゃないかな?」
「だと良いがな」

無明は、マフラーをまきなおすと聡美の方へと手を差し出した。

「ん」
「なんだい?」
「今日という一日はまだ終わってない、それとももういいのか?」

面食らった後、スンとした顔になり、そうしてようやく破顔した聡美は、満面の笑顔で無明の手を握り返した。

「まだまだ、私の貸しは高いんだから、今日という一日が終わるその時まで付き合ってもらうよ!」
「そうか、その意気だ」
「そう、そう、食事はまだしてなかったね!行きたいお寿司屋さんがあるんだ!」
「寿司?クリスマスにか。まあお前が行きたいなら、まあいいさ」

手をつないで、共に行く道行きに戻る二人の頭上を、澄み渡った星空が寄り添っていた。

【BWD:カルティック・インターネット・ナイツ SideB:終わり】

本作は #パルプアドベントカレンダー2020 参加作品です。

現在は以下の作品を連載中!

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