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脱皮の途中

改札を出ると、道幅の狭い通りの向こう側に交番とドラッグストアがあ
る。でも、駅を背にして左隣には何があったっけ。今はベーカリーだけど、以前はそうじゃなかった。なんだっけなあ。

駅前は30年前とは半分変わっていて、あとの半分は30年前のままだった。

駅を出ると右手に踏切があり、そこを渡ると右手の角にコンビニがある。前はこんなところにコンビニはなかった。じゃあ、前はこのビルにどんなテナントが入っていたのかと聞かれても覚えていないが、レストランでも普通の店舗でもなかった。私の生活とは無関係な普通の事務所とかだったのだろう。2階がチェーンの喫茶店だったことははっきり思えている。窓に遠くからでも見えるほど大きく喫茶店の名前が書いてあった。この喫茶店には1度だけ入ったことがあったが、今はカラオケボックスになっていた。

コンビニと商店街の通りを挟んで左手には小さい花屋。ここは30年前と全く変わっていなかった。私がこの街に越してきた時、友人がここで花を買って引っ越し祝いにくれたことを思い出した。

スッと入れるカフェやレストランがある一方、なんとなく入ろうと思わない、ここは自分の入るところじゃないと、直感的に微かな違和感を感じる場所がある。私の潜在意識が「ここは違う」とシグナルを発しているのか、それとも店のほうが私に、「ここに来るな」と警告しているのかわからないが。あれは何なんだろう。人間と店の間にも見ただけで感じとれる相性のようなものがあるんだろうか。

コンビニの隣のビルには地下に続く階段があって、入り口にメニューが出ているから、地下には飲食店が入っているとわかる。30年前もここは飲食店だったが、しょっちゅう店が入れ変わっていた。

かつてインド人経営のインド料理レストランだったことがあって、1度友だちとそこで食事をした。料理は普通に美味しかったのに、なんだか時間が止まっているような、空気が流れていないような感覚があった。お客は私たちだけだった。風水的によろしくないとか、そういうことがあるのかもしれない。この地下のレストランに続く階段の入り口はまるで洞窟にでも繋がっているようで、今でも私を寄せ付けない気配を感じる。

この前を通り過ぎ、さらに商店街を歩いて行くと、左側にドラッグストアや個人経営の電気店などがあったはずだが、今はもうない。右側にはかつては珍しいドイツのパン屋さんがあり、その並びに高級スーパーがあった。このスーパーは店構えが昔のままで、今も繁盛していた。他にもたくさん飲食店や個人商店、お惣菜の店、コンビニ、小さいブティックなどがあったが、ほとんど今風でおしゃれなお惣菜店やラーメン屋などに変わっていた。

さらにその先には私がよく行っていた丸正というスーパーがあった。たまにちょっと贅沢をしたいときには高級スーパーに行った。丸正ももうなかった。小さい商店が軒を並べる商店街なので、丸正も間口が狭く、敷地面積も狭く、窮屈そうに2階に野菜売り場があった。そのごちゃっとした感じに下町っぽい気やすさがあって、私は好きだった。

今来た商店街を駅方向に引き返すと、左に曲がる道がある。以前は曲がるとすぐ左手にクリーニング店があって、私はいつもそこでドライクリーニングを頼んでいた。

その前を過ぎて少し行った先を左へ曲がると住宅地に入る。さらに少し行って今度は右に曲がると、左手前方に私が30年前に住んでいたマンションがあった。

30年前は新築で、私はその最上階(と言っても3階)に入居した。それまではずっと築数十年のアパート暮らしで、初めて”マンション”、それも新築マンションの3階に住めるようになって、私はなんて運がいい人間なんだろうと思った。まるで人生の頂点に上り詰めたような感じだった。

30年経っても外観は古びた感じがなく、建物の入り口の横にはあの時と同じマンションのサインと、鍵付きの郵便受けが5つ並んでいた。

平日の昼下り。単身者用のマンションなので、住人はきっとみんな仕事に行っているだろう。私はちょっと躊躇したがビルに入り、3階まで階段を登って行った。階段の窓から差し込む日差しの角度もコンクリートの階段を登るときの感じも、あの頃と全く同じだ。

「30年前、ビジネススーツの私は仕事から帰ってくると、いつもこんなふうにこの階段を上っていた。そうそう、この感じ、この感じ」

3階の突き当たりの左側が30年前から6年間住んでいた部屋だ。私がここを出てから、一体何人の人たちがこの部屋の住人となっただろう。

私はドアの前に立った。この、どこでもドアみたいなドアを開けたら30年前の私の生活が現れる。玄関を入るとそこは広めのダイニングキッチンで、私はその半分を仕事場にしていた。左手にキッチン、右手のトイレの前に仕事机。玄関正面のオーク材の引き戸の向こうがリビング兼寝室で、その向こうにベランダ。

このドアを開けたら、ごちゃっと資料が積まれた仕事机で原稿を書いたり、ベランダで洗濯物を干している30年前の私がいる。私は30年前の自分と対面してもいいのだろうか。なぜだか、今はまだ、それはしてはいけないと思った。

私はドアを開けずに、そのまま階段を降りて外に出た。マンションの住人が戻ってくる前にここを出なければと思った。こんなところにいると怪しまれるからではなく、30年前のこのマンションの住人に、今ここで遭うわけにはいかないと強烈に思ったからだ。

マンションを出ると、辺りはやっぱり半分30年前のままで、半分だけ変わってしまっている。脱皮途中のヘビのように。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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