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「モーツァルトとナチス 第三帝国による芸術の歪曲」

エリック・リーヴィー著 高橋宣也訳 白水社刊 2012年12月

ナチスによる作曲家の政治利用といえば、まずワーグナー、R・シュトラウスといったところが思い浮かびますが、モーツァルトとなると、むしろナチスとは最も遠い位置にある作曲家としてのイメージです。
こうしたイメージに対し、実際のところ、ナチスとの関わりはどうだったのか、詳細を知ることができる良書。

本書でも述べられていますが、モーツァルトのイメージとはその音楽の普遍的魅力と故郷のザルツブルクから離れ、ウィーン、パリ、プラハとに広く活動の場を広げた汎ヨーロッパ的イメージであり、ナチスの教義に合致するドイツ的ナショナリストとは程遠い作曲家だと思います。
とはいえ、その絶大で普遍的な音楽的魅力とドイツ語文化圏を代表する作曲家としての存在がナチスにとってなんとしても有利に利用したい欲求に駆られたということは、容易に理解できるところです。

ところが、モーツァルトにはナチスの教義に合致するには“不都合な真実”があり、これを歪曲あるいは消毒する必要があったとのこと。
本書で指摘されるその不都合な真実とは
・モーツァルトとフリーメイソンとの関係
・ユダヤ人であった台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテとの関係
で、それに加えて1938年までは彼がドイツ人ではなく、オーストリア人であったことが大きな障害となっていました。

モーツァルトは自らフリーメイソンの会員であることを公言している比較的少ない著名人のひとりで、フリーメイソンの名前を持つ曲を数曲(K.471,K.477,K.623)作曲しているほか、「魔笛」の物語の根幹はフリーメイソンの教義と相通じるところがあるのはよく知られたところです。
ナチスはその教義と真っ向から対立するフリーメイソンを「ユダヤ人と通じる世界制覇を目論む秘密結社」と断じ、弾圧の対象とみなしていました。
ちなみにアイヒマンはSDに勤務しはじめた当初はユダヤ人担当ではなくフリーメイソンの担当でした。
ダ・ポンテは言うまでもなくモーツァルトのイタリア語オペラ「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」の台本作家であり、モーツァルトのオペラを採り上げる場合、その存在を無視するのは非常に難しいものがあった。
これをナチス的に都合のいいように歪曲し、消毒することが求められたわけです。
フリーメイソンの名前のつく曲については取り上げる機会をなくし、「魔笛」についてはゲッベルス自ら「フリーメイソン劇ではなく、おとぎ話ないしは舞台スペクタクル」として扱うよう、指導が行われました。
ゲッベルスの論によれば、太古のエジプトで行われた儀式がどこかの教義に似ているとか考えるのは芸術に対する誤った考え方であり、要するに「細けえことはいいんだよ」的合理化で押し通すよう解釈の強制が行われたわけです。
ダ・ポンテの3部作については、曲の素晴らしさに対して台本の劣悪さをあえて強調することと、イタリア語ではなくドイツ語版を普及させるということでダ・ポンテの名前を出さずに済ます方策が採られました。
ドイツ語訳についてはそれまでユダヤ人であるヘルマン・レヴィのドイツ語訳が普及していたものを、ゲッベルスの仲介により、ナチス公認の新訳版を新たに作成することで、その普及を促しています。

ナチスの政権発足当初、モーツァルトはオーストリアの作曲家であり、併合前のオーストリア政府はナチスの国内での活動を禁止したことで、敵性国人であるモーツァルトの扱いは抑制的にならざるを得ませんでした。
ところが1938年にオーストリアが併合されると状況は一変し、統一された第三帝国の作曲家としてモーツァルトの政治利用は大いに促進されることになったわけです。
先のフリーメイソンとダ・ポンテの消毒が進行することで“モーツァルトのアーリア化”が完成し、戦争でヨーロッパ全土をドイツが占領すると、占領地に対する文化兵器としてドイツの至宝モーツァルトを利用する活動が盛んに行われたとのこと。
そもそも“アーリア化”が行われる以前からモーツァルトの音楽はそれまでと変わらず普遍的魅力を有していたわけで、この文化兵器としての活用は非常に効果的であったようです。
特に没後150年にあたる1941年には大々的に記念行事が行われ、ゲッベルス自身が12月5日の命日にスピーチを行い、戦時中という非常時にモーツァルトを顕彰する行事の妥当性について、彼の音楽こそ「我らの兵士たちが東方の蛮族の激しい攻勢から守っているものの一部なのです」と述べているなど、結果的にワーグナーのようなあからさまな(もはや共犯者)としての利用と比べると比較的おだやかであったにしろ、ドイツ文化のひとつの象徴として扱われ、ドイツ人の優位性を強調するツールとして利用されていたわけです。

ことナチスに関しては音楽に限らず文化行政全般に徹底したイデオロギーへの利用が見られるわけですが、モーツァルトとてその例外ではなかった、という点が詳細に語られ、興味深く読むことができました。
また、それと同時に、その強引なナチス的消毒と歪曲がいかに無理筋であったか、という点が明らかになること自体が、モーツァルトという作曲家の普遍的・超越的存在がより明確になったともいえるでしょう。

本書で語られるこうした消毒・歪曲のプロセスは遠い昔の強権的独裁体制での話であり、歴史的出来事としての極端な事例、と割り切って考えられるか?となると、そういうわけにはいかないのが恐ろしいところです。
憲法第9条や集団的自衛権での法解釈の変更問題や教育基本法の改正など、充分な国民的コンセンサスを得ることなく、なし崩し的に政権に都合の良いように従来の政策が変更されていくプロセスは、ナチスの文化行政における歪曲と本質的に同じプロセスで行われていると言わざるを得ない。
過去に行われたこうした改変の行きつく先がどのようなものであったかを考えるとき、些細かつ段階的改変であっても、そこに潜む意図や物事の本質に絡む改変なのかどうかを見極めることがどれほど重要か、常に刮目していかなければならないのだと思うのです。

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