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【短編小説】 赤色 黄色

「晩秋というのは、何だか悲しいものですね」
私は、何の気なしにそう言った。
腰を下ろした石段の冷たさで、静かに座っているのが辛かった。

空気はあざとい程に澄んでいて、木枯らしが目の前の土を撫でて過ぎてゆく。 私の隣に座った彼女は、しかし何とも答えずに、ただ自分の足元を見やっていた。

黄土色の長いスカートが季節の感を引き締めている。風が吹く度に、彼女の髪の甘い匂いが鼻先を通った。

参道の向こう、手水舎の屋根に、ふらふらと名残紅葉が舞い落ちて行った。今年は急に寒くなったために綺麗な色にはならなかった。

彼女は、右手の親指の、爪の付け根のあたりを、親指の爪で弾いている。しかし、それは苛立ちとかそういうものを表しているふうではなかった。何か、考えを纏めているような印象だった。

子供達の一群が、参道の上を踊るように駆けて行った。

彼女はいまだ何も言わない。私は堪らなくなって、「あの・・・」と、小さく一つ。彼女は自分の爪を見つめたままだ。

秋の母さん 消えてった
秋の母さん 消えてった

赤色残して 消えてった
黄色も残して 消えてった

子供達は、輪になって肩を組んで跳ねながら唄い出だした。

どこの童謡だろう。この土地で育った私には、聞き覚えのない唄だった。この子供達は、どこか遠くから越してきたのだろうか。それとも、あの輪の中の誰かが、故郷の唄を教えたのだろうか。

「本当に、悲しいことなどあるのでしょうか」
彼女は唐突に、まるで独り言のように呟いた。
私は、あっと思ったが、答える言葉が見つからなかった。

秋の母さん 消えてった
秋の母さん 消えてった

子供達は、楽しそうに唄い続けている。悲しい唄の文句を、笑顔を並べて唄っている。

「悲しみ・・・」私はまるで機械のように、頭の中の言葉を呟いた。その先は続かなかった。私は、悲しみについて何も知らない、と思った。同時に、彼女についても何も知らないような気がした。

急に、彼女が立ち上がった。そして、ふらふらと、参道で踊る子供達の輪に近付いてゆく。

赤色残して 消えてった
黄色も残して 消えてった

参道の縁のところで、彼女は歩みを止めた。子供達は、彼女には意識を向けずに跳ね続けている。
すらりと背筋の通った細身が、枯木のように見えた。その前で踊る子供達の頬は、上手に赤くなった葉の色だった。

彼女は、私の方を振り返って微笑んだ。

それは、美しい微笑みだった。そして、悲しい微笑みでもあった。

秋の母さん 消えてった
秋の母さん 消えてった

赤色残して 消えてった
黄色も残して 消えてった

木枯らしが、地に落ちた葉を、揶揄うように踊らせた。

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「クリエーターサークル(仮)」内「鳩企画」用作品です。
「クリエイターサークル(仮)」は、偉大なる横紙やぶりさん主催のクリエイター有志によるサークルです。

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