【浮世絵のはなし】山鳥が鳥界のナルキッソス扱いされている

何をするか決めかねているうちに今日がやってきた。てことで今日はこれです。

一ケイ斎芳幾//画 転々堂//〔文〕『東京日々新聞 第三号』,具足屋. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1302898 (参照 2023-06-05)

新聞錦絵。東京日日新聞第三号!これの文章の部分をやる。翻刻は、高橋克彦『新聞錦絵の世界』より引用。

先に錦絵を見ておく。画面右から原田きぬ(女性)、嵐璃鶴(男性)、窓の外に商人。原田きぬは網手模様の着物に乱れた帯をしている。嵐璃鶴は三つ橘亀甲文の着物。団扇を持っていることと網手模様から夏の暑い日のようだ。手前にたばこ盆があり、嵐璃鶴がキセルを吸っている。江戸時代の喫煙率めちゃたか。



さて文章へ〜。翻刻→私訳→思ったことの順番でいく。

《翻刻》
鸐雉やまどりは、おのが羽色の美なるにめでて、遂に溺るる水鏡みずかがみ

《私訳》山鳥は水面に映る自分の羽色が美しいので、ついに水の中につっこんで溺れてしまうという。

山鳥ってどういう鳥なんだ?と調べてみると、赤褐色の尾の長い鳥が出てきた。ほうほう。ここでは、人間たちが山鳥のことを美しいな〜と思っているせいで、鳥界のナルキッソス扱いされている。

サントリーのサイト「日本の鳥百科」によると、「日本では本州、四国、九州の山地の森林に生息」とあるから、文章を書いた人が実際に見たことがあった可能性はある。ただ、見たことがあったというだけで山鳥を取り上げるのであればオシドリの方が綺麗だし、どちらかというと、広く知られる万葉集の柿本人麻呂「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む」の影響が強いのだろう。



《翻刻》
曇なき身も恋ゆえに狂うこころ駒形町こまがたまち舟板塀ふないたべい竹格子たけこうし好風いきな住居の外妾かこいめは、原田於絹はらだおきぬと呼れたる弦妓げいしゃあがりの淫婦うわきもの

《私訳》邪な気持ちのない人でも恋ゆえに狂ってしまうという意味の駒形町。舟板塀に竹格子のついた、素敵な住居に仕える妾は、原田おきぬと呼ばれている芸者上がりのふしだらな女である。

「狂うにちなんで駒形町」と言っているのは、多分駒が回っている時のぐわんぐわんとした動きのことを指しているのか?ここの訳は自信がない。

弦妓と書いて芸者、淫婦と書いて浮気者と読ませるのはすごい。確かに、ただ芸者と言われても色んなジャンルがあるし、弦妓と当て字をするだけで前職が一目でわかる。文章じゃないと伝わらない表現って感じだ。



《翻刻》
手折たおられやす路傍みちのべの花に嵐の璃鶴りかくとて、美少年なる俳優とかねて姦通なしたりしが、女夫めおととならん情慾にせまつおこる悪念は、

《私訳》原田おきぬはたおられやすい道端の花なので、嵐璃鶴というイケメン役者と密通していたのだが、二人で夫婦になりたいという欲望が高まり、悪い気持ちを起こした。

連れ去られやすい道端の花=軽い女=この場合原田おきぬのことと捉えるのが妥当かなと思ったが、ここも合っているか怖い。

「欲」の旧字「慾」これ字が強いよねえ。より「欲」っぽい。下心(部首)のない「欲」は、食欲や睡眠欲などに、下心のある「慾」は性欲や贅沢のための物欲に使いたい。

今「めおと」で変換すると「夫婦」になるが、元の文章では「女夫」となり順番が逆だ。古語では「夫」と書いて「つま」、「妹」と書いて「いも」と読み、どちらも妻のことを指す(もちろんそれぞれ夫、妹の意味もある)から面白い。

全然関係ないんだけど、佐藤二郎さんが妻のことを「マーツー」って言ってるの、いいよね。妻さんってなんとなく言いづらくて(語感の悪さのせいか?)、その代わりにマーツーさんって言えたら言いやすいな〜って思った。おわり。



《翻刻》
やがむくいておのが身の罪状つみ掲示かきたる紙幟かみのぼりに形も似たる紺木綿こんもめん石見銀山いわみぎんざん請合うけあいと白く染たる鼠取ねずみとり、地獄おとしの謀計ぼうけい東家だんなを毒殺なしたりしが、天網てんもういかでかまぬがるべき。

《私訳》やがて罪の報いで自分らの罪状を書いて掲示されることとなった紙製ののぼりに形が似ている、紺色の木綿に「石見銀山請合」と白く染めた殺鼠剤のぼり。その殺鼠剤を使った計画で主人を毒殺したのであるが、これを政府の警察が取り逃がすことがあるだろうか、いやない。

文章の構造が難しい!まず、令和人にとって「紙製ののぼりに罪状を書いて掲示する」のは常識ではないし、というかのぼり自体そんなに意識して見てないし。コンビニの前とかか?のぼり界隈で一番分かりやすいの、鯉のぼりなんじゃないか。アッ、鯉のぼりがわざわざ「屋根より高い」って言われるのは、一般的なのぼりはそんなにデカくないからなんじゃないの!?

で、その罪状と書いたらしいのぼりと、事件の鍵となる殺鼠剤を売っている商人が背中に背負っている紺色ののぼりの形が似てるよねえ〜奇しくも!これすごくない!?と書き手のドヤ顔が見える。説明が長い。

東家で旦那と読ませるのはなんなんだろう。当家?東=あずま=吾妻?



《翻刻》
男は懲役ちょうえきおんな梟首きょうしゅ 野末のずえのつゆとなりゆくも、消てくちせぬ臭名しゅうめいを、かの山鳥やまどりのながながしく世傳よつたうるぞ浅ましかりけり。

《私訳》男は懲役、女は晒し首。肉体は野の果ての露となって消えゆくも、それでも朽ちない悪い噂を、あの有名な山鳥の尾のように長く世の中に伝わるのはがっかりだ。

まあ明治時代なら女が主人を裏切るのは罪が重そうだよなあ〜と、男女の罰の差に納得する。普通に今なら同罪になりそう。

「臭名」ってすごくない?こう書かれるとめっちゃイヤ。

「死んでも悪い噂が残る」をものすごい長く書いている。冒頭で山鳥を出してきたのは、最後の部分に繋げたかったからだ。山鳥のくだりは文章表現として面白いけど、内容には直接関係ないのと無理矢理感が拭えないので、個人的には要らなくね?と思ってしまう。

全体通して、音の流れが美しく音読したくなる文章だと思う。「本当は怖い童謡」みたいな感じで。山鳥のくだりは、音の美しさと教養を見せて感心させる観点では必要なのかも。



文章が綺麗だな〜と思って、この回を読んでみたが、ちゃんと読んだら書き手のドヤ顔がみえた。新聞錦絵は元の新聞記事と読み比べしてみたいんだよなあ。

参考文献の解説文によると、この原田おきぬは明治時代を代表する三大悪女の一人なんだそうだ。事件自体は小さいが、本人が美女なのと役者が絡んでいたから有名になったとか。へえ〜。



こういう系の話が好きな方は↓をどうぞ。

次回更新 6/19:未定
※だいたいリサーチ不足ですので、変なこと言ってたら教えてください。気になったらちゃんと調べることをお勧めします。

参考文献
高橋克彦『新聞錦絵の世界』


めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。