[イベントレポ]葛で布を織る~文化とモノの価値を問う~伝統の新しい形 Vol.3
シェア街のdentou庵主催のオンライントークイベント。
今回で3回目となりますが毎回参加して下さる方もいて、実際に会っている訳ではないし、顔も見えない場合もあるけれど、繋がりが感じられるようになってきています。
今回のテーマは「葛布(くずふ)」、そして「モノの価値」についてです。
「葛布」って何?と思う人も多いのではないかと思います。イベントの冒頭に「葛布を知っていますか?」と参加者の皆さんに質問したところ、やはり“いいえ”という答えが多かったです。続いて「モノを買うときにどんなことを意識するのか?」という質問に対しては「作り手と材料」「デザイン性」「直感」など様々な答えがチャットに上がりました。
ゲストは、札幌で葛布の帯地をつくって販売や、オンラインで葛布の作り方を学ぶ場の運営をしている渡邊志乃さん。先ほどの質問の答えにも強く関心を示していて、「後でチャットの履歴をいただきたい」とおっしゃっていました。
葛布(くずふ)とは?
植物の葛を用いて織った布です。まずは葛布の作り方を解説した動画を見ました。
葛の蔓を煮て、発酵させ、繊維を取り出し、川に晒します。
とれた繊維を細く裂いていき、
端と端を結びます。
績んだ糸を織っていき、こうした商品になります。染色には主に家の周辺に生えているフジやドングリ、フキノトウなどといった植物を使っているそうです。
葛布には、経糸と緯糸の両方に葛糸が用いられているものと、経糸に麻や綿や絹などを使うものがあるそうです。渡邊さんが扱っているのは後者の方で、軽くて光沢があるのが特徴。こちらは静岡県掛川市と島田市が主な生産地となっていて、平安時代頃から貴族や武士といった高貴な位の人々のあいだで使われていました。
渡邊さんが葛布の制作を通して伝えたいこと
布は本来ならば、元々の色である生成が一番美しくて力があるものです。それなのにわざわざ染めたり柄を入れたりするのはなぜか。『布のちから』(田中優子)によると、“text”(文章)と”textile”(繊維・布地)は語源が同じとのこと。つまり布というのは言葉そのものでありメディアであり、情報を運ぶ手段だったと考えられているそうです。
①布の価値を捉えなおす
今でこそ布も大量生産が可能になり、布の市場価格はかなり安くなっていますが、本来ならば高価なものであり、短期的に消費して捨てていいものではないはず。そして制作に必要な資源やエネルギーの総量は、手作業で一つの帯地を何か月もかけて織るのも、機械を使った大量生産もかわらないはず。自分たちの手作業で作れる量だけを使うことが、自然の循環のリズムとして望ましいのではないか。
もちろん大量生産によって恩恵を受けていることも事実であって、今から昔のような生活スタイルに切り替えるということは現実的ではありません。けれどそれぞれがバランスのとれた暮らしを考えていければ、そんなきっかけを提供していきたいと渡邊さんは話します。
②長く愛着を持って使ってもらえる、価値のあるものを提供する
布、特に葛布は古墳時代の遺跡からも出土しています。かつて布は呪術的な役割を持っていたり、紙の替わりとして、先祖代々受け継がれていく情報が織り込まれていたりしました。もちろん現代においてそのような役割は薄くなっていますが、糸づくりや手織りの技術などの基本的なことは、ずっと変わらずに現代まで受け継がれています。そのように長い時間をかけて受け継がれていること自体が、布が運んでいる情報であり、そしてロマンを感じられるところでもあります。
また、家の中にずっといてなかなか自然に触れる機会がないこのご時世。葛布が身近にあることで非日常的な感覚を持てたり、北海道の自然に思いを馳せて日常のなかにいる自分を俯瞰できたり。渡邊さんは葛布の価値をその様に語ります。
制作中の帯地、透けて見える程薄い。
渡邊さんの葛布に対する想いをお聞きしたところで参加者を交えての交流と質疑応答タイム。参加者のなかにはアマチュアの落語家の方で「着物はユニフォーム」とおっしゃる方がいたり、着付けの先生をしているという方もいました。
また、葛というと“厄介者”というイメージを持たれている方も多く、葛布や葛餅などの加工された後の姿を知らなかったという声もありました。渡邊さんは、自身で近所の河原などから葛を調達しているそうです。たくさん採るのではなく、ご家庭で使う用に4,5本程度採るくらいならそれほど大変ではないので、それで皆さんも何かをつくってみるというのも面白いと思います、と話していました。
質問:葛布は洋服にも使えるか?
渡邊さんは葛布を織りはじめてから着物の帯地をつくろうと決めるまでに10年かかっていて、その間に「どんなものをつくろうか?」とずっと考えていたそうです。渡邊さんがつくる葛布は片方向に強いハリがあるため、洋服にはあまり向かないかもしれないとのこと。他の地域のに目を向ければ、洋服地として使われている葛布もあるそうで、用途によって織り方の違いや、葛の植生自体にも地域差があるのではないか、ということでした。
質問:葛布で帯地をつくることを決めた際に、何かきっかけとなるできごとはありましたか?
もともと小物やインテリア用品ではなく、実用的なものをつくりたいと考えていたという渡邊さん。静岡の大井川葛布へ習いに行ったときに、「帯を織れば?」と助言を受けたことなどをきっかけとしてあげていました。それまでは帯の寸法なども知らない状態だったそうですが、織ることをきっかけにして「自分でも着物を着られるようになりたい」と思い始めて、着付けや和裁も習うようになったそうです。
また、一本勝負が好きだという渡邊さん。札幌のとあるカレー屋さんが、メニューがカレーセットだけという潔い姿勢でいることに倣って、自身も帯だけで勝負しようと思ったとのこと。そして帯だけでも柄や長さなどが様々で、その分野のスペシャリストを目指したいということでした。
渡邊さんの自宅にある織り機
葛布の素晴らしさや、ものづくりのストーリーを知ってもらうために
各種SNSやpodcastの配信も行っているとのこと。今のところは毎週火~金で配信をしていて「どのくらい続けられるかな?と思って始めたけれど、意外と尽きないで続けられている」と話していました。
作業をしている最中などには頭の中で思考がぐるぐるまわるそうで、そこで思いついたことを日々発信しているということでした。
さらに先日、札幌で個展を開催した際にも、instagramでライブ配信をして帯地の紹介をしたり、想いを語ったりしたそうです。「何回も聴いています!」と言う方もいて、配信をきっかけに深く知ってくれる方が少しずつ、確実に増えている感覚があるということでした。
改めて、自分にとっての「モノの価値」を考える
終始和やかな雰囲気でイベントが進みました。参加者の皆さんが直接もしくはチャットなどで気軽に質問を投げてくださり、それに対して渡邊さんが柔らかな雰囲気で答えてくださりました。そしてその雰囲気のなかにも、布に対する想いや、「地球環境に対して自分は何ができるか?」などといった渡邊さんの哲学を感じることができました。葛布の魅力、渡邊さんのあたたかな人柄、謙虚に制作に取り組む姿勢などが参加者の方々にも伝わったのではないかと思います。
私自身もこのイベントが「モノの価値」について考えるきっかけとなりました。価格と価値は正比例する訳ではないし、誰かがいいと言っていたものが他の人にとってもいいということは必ずしもない。自分なりの価値観や指標を構築していくことが、人生の豊かさになっていくのではないかと思います。そのためにこれからも、いろいろなモノ・ヒト・コトに触れていきたいと感じました。