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しじゅうくにち旅物語

#創作大賞2024

第二話 釈迦如来(二七日ふたなのか)

どのくらい歩いたでしょうか。
とにかく真っ暗でぼんやりと道が見えるだけなので全く分かりません。
そういえば......

魂になった

の、言葉が頭から離れずにずっと考えていました。
そういえば....私は病院にいたのではなかったのか?あれからどうなったのか全く覚えていない....私は死んだのか?
良い匂いが相変わらずします。
このお線香はなんの香りだろう?ほんのり甘い花のような香りがする....漂う匂いは気分がとても良くなるし、不動明王さまに会ってから身体が軽くなってお腹も空かない
真っ黒な道は怖いけれどそれも気にならなくなった頃、またひとりの大きな人に出会いました。
こんにちは、ようこそ此処まで辿りつかれましたね。
優しいお声で話しかけられました。

私の名は釈迦如来(しゃかにょらい)と申します。
今日で貴方がこの世界にいらっしゃってちょうど14日目になります。貴方がこれから仏様として出家する為の準備を一緒にお手伝いするためにここにまいりました。
と、釈迦如来さまはお話ししてくれました。

仏様?私がですか?
しかも14日間も私は歩いていたのか!と驚きました。

思わずそう尋ねました。

そうですよ、貴方は肉体を離れ魂として出家されたのです。そして貴方はこの道をひたすら歩かれるのですが、7日おきに私のような者が貴方へ会いに来て色々と仏様になる為の心得や作法を教えにやって来るのです。

私は死んだのですね?
そう尋ねました。

そうですね、現世と言われる世界ではそう呼ばれているようです。
私は死んだんだ...確信のようなものがありました。でも....私には家族がいたはずだが.....
そう思っていると釈迦如来さまは
「案ずることはありませんよ、貴方はもう新しい名前(戒名かいみょう)も授かっておいでです。」

戒名?ああ、そうなのか、自分の名前はなんだったのかずっと考えていたのだが全く思い出せないのは新しい名前があったからなのだ....

私の新しい名前はなんと言うのですか?と釈迦如来さまに尋ねてみました。

釈迦如来さまは、
今はそんな事よりも仏様として長い月日を過ごされるのですからお話ししながら一緒に歩きましょう。

49日という言葉を知っていますか?
そう聞かれました。

はい、人が亡くなると49日の間は自宅にいるという事ですよね?

釈迦如来さまはニッコリ微笑んで「別の意味では一緒に家族と過ごされるということには違いありませんね、けれど49日かけて新仏様になった故人を応援してくれるのが現世に残った家族なのですよ」

応援ですか?

「そうです、今お線香の良い香りが漂い貴方を包んでくれているのが分かりますか?」

はい、それは直ぐに気が付きました。

「その香りは貴方の49日間お線香を絶やさず焚いてくれているのが現世で言うご家族なのですよ」

釈迦如来さまは少し顎を上げ鼻からすぅーっと息を吸うような仕草をしました。

そうだったんですね、私の家族が....

「そうですよ、お線香の香りは私達の守りにもなり、香食(こうじき)と言って私達の食べ物の代わりになるとてもありがたいものなのです」道理でお腹が空かないと思ってました!思わず顎を上げて鼻から息を吸うような仕草をしてしまいました。

釈迦如来さまはその仕草をみてニッコリと微笑み、ありがたい事です。と言われました。

そして綺麗なお声でこうお話しされます。

「現世では業(ごう)というものが存在します。業とは身口意(しん・くち・い)と言い、やる事、言う事、思う事をこの3つの言葉であらわすのです。やってることがその人の運命を導き、言う事が時に争いになり、時に弁明や悲しみにつながり、思う事がストレスとなり、思いのままにしようとするエゴや嫉妬心を引き起こすのです。その業で現世は成り立っているのです。」

はぁ...なるほど。

「貴方は今何か欲しいものはありますか?」釈迦如来さまは尋ねます。

欲しいもの?

ありません。そう答えました。
本当に無いのです。

「確か貴方は現世では病気に伏されていた筈、早く治って家族と一緒に過ごして美味しいものを食べたい、そう思っていたのかもしれません。けれどそれは人間としての貴方であり、出家された貴方はもう全ての業を先ほど出会われた不動明王さまの剣によって断ち切られ、すでに欲を無くされています」

ただひたすら歩こうと思ったのはそういう事だったのか。それで何も思い浮かばないんだ。
ぼーっと釈迦如来さまの声に耳を傾けておりました。

釈迦如来さまはニッコリとまた優しいお顔で微笑み、「この業を断ち切られ魂そのものになった心を発菩提心(ほつぼだいしん)と呼ぶのですよ」そう教えて頂きました。

ほつぼだいしん....思わず真似て口から呟いていました。

そうです、発菩提心とは悟りを開こうとする気持ちをもって、仏門に入ろうと決意することを言います。「発」は、始める。 「菩提心」は、わずらわしい悩みや苦しみを断って、悟りを求めることを表します。

「心穏やかに過ごして仏道をゆっくり修行しながら歩いて行くことです」
そうもおっしゃいました。

なるほど.....発菩提心か.....

「どうですか?良い仏様になろうという気持ちになって来ましたか?」
と釈迦如来さまは尋ねます。

はい、とても穏やかな気持ちで過ごせそうです。そう答えました。

「それは良かった」と釈迦如来さまはニッコリ微笑んで「あぁ、もう次のものがみえたようですね」と言われ「ではまたお会いしましょう」と手を振って消えてしまいました。

えぇーー釈迦如来さまー!と追いかけようとしましたがお姿はすでに暗闇の中で全く見えません。


仕方なくまた先を目指して歩き始めました。

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