留守番
「ねえ、それなあに?」
スクラッチアートをしていたら、5歳年下の弟が聞いた。
「これスクラッチアートっていうの。線をなぞっていくと、カラフルなイラストが描けるんだよ。あんたもやってみる?」
「うん。」
弟に動物のイラストのスクラッチシートとスクラッチペンをわたすと、私のを見ながら、ぎこちなく線をなぞりはじめた。
「わぁ、ほんとだー!」
夏休みもあと4,5日で終わりだなんて、早すぎる。スイカは昨日食べたし、今日はアイスクリームでも食べようか。
私は冷蔵庫の前に立ち、飲み物をひとしきり眺めてから、冷凍庫に入っているバニラアイスと、スプーンと、小皿をふたつリビングへと運んだ。
「宿題終わった?」
バニラアイスを取り分けながら弟に聞いてみる。皿に移したアイスはさっそく溶け始めている。
「たぶん、だいたいできたよ。あとは日記だけだよ。」
「そっかー。」
弟もアイスを食べはじめた。まだ小1なので、急に吐いたりしないか、少し気になった。
「ねえちゃん、お父さんとお母さん、何時に帰ってくる?」
「うーん、今日はどうだろう。きっと7時くらいじゃないかな。」
外はまだ明るい。時計を見ると4時を過ぎていた。
「きっと帰ってきたら、宿題終わったのー?とか、言われるよ。」
私はアイスクリームの最後のひとくちを飲み込んだ。
食器をキッチンにもどそうと立ち上ろうとした時、弟の鼻から血がたれていた。
「ちょっ、鼻血でてる!」
私は言い終わらないうちにティッシュに手を伸ばした。弟はそれを受けとり、どこか悟った人のようにだまって鼻にあてた。
「ただいまぁー。」
お母さんが買い物袋を持って帰ってきた。
「どうした?鼻血?」
「そう。」
お母さんはキッチンですばやく手を洗ってから弟に近づいた。弟は鼻からティッシュを離し、立ちつくしていた。
「もうだいたい止まったみたいね、痛くはない?おねえちゃん、ありがとうね!」
お母さんは少しあたふたしながら一息に言った。
「うん。びびったけどー!」
ホッとして視線を落とすと、スクラッチアートに鼻血が少しついていた。
「あちゃ~。」
お母さんがのぞきに来た。
「スクラッチアートに血がついちゃった。」
「あははっ。さらにカラフルになるじゃない。」
私はお母さんをちょっとだけにらんでしまった。そして言った。
「あのさー、こういう時にそういうこと言って笑う?」
「ごめんごめん。…なんかびっくりした後だから、ホッとしてつい笑っちゃったのかもしれない……。それはおねえちゃんのスクラッチアートなの?」
「弟のだけど。」
「ねえちゃん…ごめん…。」
私はティッシュでその血の部分をふいてみた。少しとれた。
「この部分、工夫してなぞれば、かわいい模様になるし、スクラッチアート用の修正液もあるよ。」
「そっか、これオレのだった。」
外がだんだん暗くなってきた。私はカーテンを閉めた。
「ごはん作る前に、3人でやろっか!」
お母さんがリビングのテーブルを片付けながら言った。
「お姉ちゃん、この前よりだいぶ出来てきたね!」
「お母さんも。」
「オレの鼻血の部分、どんな形にしよう……。」
「今日の晩ごはん、豚肉と野菜の炒め物と、冷凍コロッケをチンしたやつにしよう。ねえ、宿題終わったの?」
私と弟は顔を見合わせて少しだけ笑った。
「ただいまー」
お父さんが帰ってきた。
「腹へったー。……それ食えんの?」
「いやこれ紙だから食べれるわけないから物理的にもっていうかお父さんヤギとかじゃないでしょ。」
私は早口ではっきりと言った。うざかった。
「わかってるけどさー。」
なら言うなよ何がしたいんだよ何なんだよ、と私は苛ついた。
「はいはい、じゃ、お母さんはこれからごはん作るから、お父さんもスクラッチアートやってみたら?」
そう言いながらお母さんはキッチンに行った。お父さんがリビングのテーブルに座った。私はお父さんは鼻血出さないよねー、と思い、読みかけの本を手に取った。
もうすぐ夏休みが終わる。
明日もこうしてスクラッチアートしたり、本読んだり、おやつ食べたりして気ままに過ごすんだろうけど、新学期に向けての準備もしなきゃなぁ……学校行きたくないけど、行ってみたら、すぐ慣れるよね…好きな教科だってあるし、友達にも会いたいし……と思った。
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