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小説「手紙」

 会社を出たら、生暖かい風が吹いていた。私はせいせいした気分で歩いた。久しぶりの有休。今日と明日どうしよう?!…もう夏か…。春っぽいこと全然できなかった…。うつむきながら、さっきより遅めに歩いていると、何かが落ちているのが見えた。…何だろう…?封筒っぽい?私は再び早足になる。風で飛んでしまうといけない。げっ、宛名書いてある!なででみると、カサリと音がする。まぎれもなく手紙だった。私は拾ってしまったのだった。送り主の住所と名前も書いてある。ど、どうしよう…。交番の方がいいかな。この字体…名前…若い女の子って感じがするけど…何故いまどき手紙?私は周りを見渡した。読んじゃおうか?うーん…やっぱやめとこ…。拾っちゃったんだから私が届けるしかないか。でもなー…盗んだわけじゃないんだから向こうも正直に、落としちゃったんです!とか言ってくれないと困るよね?大丈夫かな…。

 とりあえず家に帰ってカーナビで検索して送り主さんの家へ向かってみよう…。有休取ったのになんでこんなことに。ま、いっか…。そこは5階建てのマンションだった。郵便受けを見ると、あった。吉河さん。ドキドキしながら3階の吉河さんの部屋の前に立ちチャイムを押すと、「どちら様ですか?」と女性の声が聞こえた。「道端に落ちていた手紙を拾ったので届けに来ました」私は落ち着きはらって、滑舌良く、低めの声で言った。「えっ!」と聞こえたかと思うとすぐにドアが開き、20歳くらいのぽっちゃりした女性が出てきた。この人が吉河さんか…。彼女は手紙を見るなり両手で顔をおおって、「探してたんですこれ!!ありがとうございます!!」と言った。よかった、正直な人みたいだ。

 「じゃ、私はこれで…」「いえ、あの、ちょっと待っててください、何かお礼を…」「そんな、いいです!」「いえ、ほんとに。とりあえず入ってください」「ううん、ここでいいです、あの…えーっと…何かあったの?だって、いまどきメールじゃない…?」私がおずおずとそう言うと、吉河さんは伏し目がちになった。

 「私、この春、大学の友達と同じ会社に就職したんですが、その友達が、SNSとかラインで嫌がらせされるようになったんです。毎日、職場の人達から悪口が届くのでスマホが嫌になって、使えなくなっちゃって。だから私、手紙で励ましてるんです…手紙だったらその子も返事くれて、最近、ありがとう、おかげでそろそろスマホ使いたくなってきたよって書いてくれたんです…」「もうこんな事ないように気をつけなきゃですね…」吉河さんは手紙をしっかり持ってそう続けた。

 私はバッグから名刺を取り出し、彼女に渡した。「せっかく手紙が私たちを出会わせてくれたんだし、何かできることがあれば協力したいから、よかったらメールしてね」「ほんとですか…はい、ありがとうございます!」「じゃあ、またね」吉河さんがずっと手を振ってくれているのが、バックミラーで見える。ちゃんと手紙を届けられてよかった。自宅に着くとホッとした。夏が、少しだけ楽しみになった。

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