協奏曲

きっと今日もこわい夢をみるんだわ、みないわけがないのよ。
だって毎日なんだもん。どうせ今日もこわい夢をみるのよ。
こうやって生活していたって、

四六時中こわい夢のことをこわがっているだなんて、
なんだか笑っちゃう。
こんなに早く歩いていたっけ?
こんなに手に汗かいていたっけ?

「ユキノ、ずいぶん早足だね」
ニジコがうしろから歩いてきた。
「そうなの。最近、早足なの。なんでだろうね。」
わたしは早口で言った。
「……どうしたの…?なんかあったの?」

そう聞かれると、はあ、とため息をつき、立ち止まってしまった。
ニジコの声のひびきが、なんだかわたしの目じりを下げてくれたような気がした。ニジコはランドセルについている雪の結晶のかたちをしたキーホルダーをさわっていたけれど、
なぜかわたしと同じ場所で立ち止まってくれている。
言ってもいいのかなあ……。へんに思われないかなぁ…。

「最近、毎日こわい夢ばかりみるの。うんざり……」
「え、どんな夢。」
「それは、いろいろよ。おばけとか妖怪とか、そういう日もあれば、
血が出てきたり、ペラペラのうすい紙みたいな顔がこっちに向かってくるとか、何かに追いかけられているとか、ものすごく焦る夢。」
「…そりゃ、たいへんだ」
「ごめんね、気にしないで。ありがとう聞いてくれて。じゃあね!」
わたしはまた早足で歩き出した。
「ちょっと待ってよ、そこまで言ったなら、もうちょっと聞かせてよ」
「ええ?」
「だって気になるよ、夢の内容じゃなくて、ユキノのことが」
「……ありがとう。…でも…いいよ……」

わたしはオレンジジュースの入ったコップをテーブルに置いた。
「……ってことは、ねむれないの?」
ニジコはオレンジジュースをひとくち飲んでから聞いた。
わたしは、結局こうなってしまった…と思いながらぶどうソーダを飲んだ。
「たぶんねむれてるとは思うけど。夢の中でも緊張してるからつかれるのよ」
「じゃあなんか、体育の時とかテストのとき不利って感じだね……」
「……たしかに…。ああ、またつらくなってきた…」
「あ、ごめんごめん、そういうことじゃなくて。大丈夫かなぁ、ってこと」
ニジコはオレンジジュースをいったんテーブルにおいた。
「うん、わかるよ。ありがとう。だいじょうぶ」
わたしはコップをみながら、なんとなくこのコップやニジコまでが
今夜の夢のなかで、こわくなってしまいませんように…と思った。

「このまえなんて、夢の中でよくわからないおかしな形をしたお化けが、
音楽を聴かせろっていうの、その音楽はわたしにも聴こえているから、
おばけさんだって、聴こえているでしょ?と思うんだけど、
わたしにしか聴こえていないみたいなの。それでわたしは、一生懸命その音楽を歌おうとするんだけど、うまく歌えなくて。おばけは、聴こえない、聴こえない、早く聴かせろって言い続けるの。そこで目が覚めたんだけど、ほんとうにつかれるのよ」

「それノイローゼってやつかなあ」
ニジコがソファーで足を組みながら言った。
「ノイローゼ?…なんか聞いたことある。ああ、そうかもねー」
わたしは自分のことなのにどうでもいいような、誰か別の人の話みたいな気がした。
「ねえ、お父さんとお母さんには、話したの?」
「いや、話してないよ!」
「なんで?話したほうがいいんじゃないの」
「ええっ。パパやママに話す気なんて、さらさらなかったよ。」
「どうして?わたしなら話すけどな」
「えーー、だって……この子ヘンになっちゃった!!とか思われたくないんだもん」
「そんなふうに思わないよ~、でも、何か様子がおかしいな、元気がないな、くらいは気づいてるかもしれないよ、特にお母さんは。」
「えー、どうしよう。」
わたしはさらにソファーに深く腰かけてしまった。
「いや、わかんない。わかんないよ?でもお母さんって、やっぱ、こどもの顔色とか気になっちゃうもんだよ」
「…わたしだって、パパとママのことは、気にしてるよ…」
「なんかさ…ユキノが、つらいことがあるのに、お父さんやお母さんに言えない、っていうのが、なんか、わたしとしては、なんでだろう?って、思っちゃうんだ」
「…ほんとだね……そういわれてみると……なんで、言えないんだろ」
「……うん…」
ニジコはオレンジジュースを飲みほしてからうなずいた。

「……そうだ……なんかパパとママの様子がね、よそよそしいっていうか、
ケンカしているわけじゃないけど……どこかつめたいっていうか……」
「なるほど」
ニジコは足を組みなおした。
そして言った。
「……ユキノとしては、それが、心配?さみしい…?」
「…………そうかもしれない」
わたしはなぜか、すべてをあきらめたような、よくわからない気持ちになっていた。

「ねえねえ、その夢の中で聴こえてきた音楽って、どんなの?
ユキノ、ヴァイオリン弾けるよね?ちょっと弾いてみてよ」

「えっ、弾けるかなぁ…うーん」
そう言いながらもわたしはヴァイオリンを取りに向かっていた。
「こんな感じかな…ちょっとしか弾けてないけど」
夢の中で聴こえてきたメロディーをどうにか思い出しながら、わたしはなんとか弾いてみた。

「……なんだか言いたいことがいっぱいあるような、カラフルなかんじ」
と、ニジコが言った。
「ねえ、ユキノがヴァイオリンを弾くようになったのって、なんで」
「ママが、ヴァイオリンを弾いていたからかな」
「ふうん」
「でも…最初はね、チェロっていう楽器が弾きたかったの」
「なんで?」
「セロ弾きのゴーシュ、っていうお話があってね、それ読んだらチェロが弾いてみたくなったの」
「ふーん。今度読ませて!ねえねえ、その夢をきっかけにして、曲をつくってみたら?ユキノならできるよ!そしてそれを、パパとママに聴いてもらうってのはどう?たしか、パパはピアノが弾けるんじゃなかった?いつか3人で、演奏できるかもしれないし!」
「…わたしもちょっとそう思ったの。……パパとママに聴いてもらえるかは、わかんないけど」
「もし1曲の音楽になったら、いったいどんなふうになるんだろう?あたし、聴いてみたいよ」
笑顔でそう言ってくれるニジコの言葉に、わたしもちょっとだけ笑うことができた。

「ニジコ、わたし、しばらくのあいだ、曲が完成するまで、なんとかがんばってみるよ」
「…うん、わかった。無理しないで、マイペースでね!」
「うん!」」

「……このまえね、晩ごはん食べ終わったあとに、あの曲、弾いてみたの」
「……ええ?!どうだった!?」
「ふたりともにこにこしながら聴いてくれた。ほめてもくれた。でも……
……次の日にはもう忘れたみたいにふたりともいつもの生活にもどったかんじ…」
「そっか……でも、また何回も、弾いてみたらいいよ!」
「うん……」
「ユキノだって、ヴァイオリン弾くの楽しいんでしょ?」
「うん……」
でも、わたしは今日はすべてがぎこちないような感覚からぬけだせなかった。こんな状態じゃヴァイオリンにも申し訳ないし、ひとりになりたかったのかもしれない。そんなわがままな自分もいやだった。
「……なんかあたし、おせっかいだったかな」
ニジコがうつむきながら言った。
「……すごくうれしいの、うれしいんだけど……ごめんね…自分でもどうしようもない気持ちにおそわれちゃってくるしくなっちゃうんだ……なんかもう……それでいいよ。あたしずっとこわい夢をみつづけてもいいし、
ヘンになっちゃってもいいよ、くるしいままでも、ヴァイオリンを弾きつづければ、パパとママはそろって聴いてくれるんだから。そうじゃなきゃ、パパとママはほんとに離れてしまうかもしれないでしょ!!」

「……はじめてユキノのほんとの気持ちがわかった気がする。
……ほんとのほんとは……こうなったらいいのに…って……思うのにね。
あたし、前からユキノの家は、なんでどこかしんとしたつめたさがあるんだろう?って思ってた。ユキノのパパとママは、なんか逃げてる。弱いよね。結局、自分の弱さにずっと追いかけられるのよ。あたしはそう思う。ごめんね。なんか我慢できなくなっちゃった」


わたしは、これは、夢なんじゃないかと思った。

「だいじょうぶ、わたしがいるよ。
なんでユキノがずーーっとこわい夢をずっとみつづけなきゃなんないのよ!!」ニジコも怒りながら泣いていた。
あたたかいような、あついような涙が止まらなかった。

ヴァイオリンはいつもの姿で、そこにいた。
ニジコがいなかったら、わたしはどうなっていただろう。

わたしはつかれてどこかぼんやりとしながらも、
泣き止んだら、ニジコに聴いてもらうために、
ヴァイオリンを弾こうと思った。

ニジコを笑顔にしたかった。
きっとそれはすごく楽しいだろうと、つよく思った。


※この小説はフィクションです※

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