銀河鉄道は雨の中 其の二

二、陰消寺(いんしょうじ)の和尚

 物心つき始めてから見え隠れし始めた二兎吉のおかしな言動に疲れが溜まり始めていた両親は、何とかならないものかと周りに相談した結果、町にある小高い山(蛙ヶ山※かわずがやま、近所の人達はカエル山と呼んでいる)の上にある陰消寺と呼ばれる廃れた寺に居る和尚が、何かしら対策をしてくれるだろうと言う近所の者達の曖昧な言葉を信じ、二兎吉をそこに連れて行き何とかしてもらう事にした。

今日も辛い学校を終え家に帰ってきた二兎吉、それに間髪入れずに母親は荷物をパンパンに詰めたリュックサックを私に渡してきた。

「貴方はこれからカエル山のお寺に行くのよ、そうしたらそこの和尚さんが貴方の気持を治してくれるって」

母はいつにも増して機嫌が良さそうだ、私の今の気持が改善される。そう思っているから開放感が先に出て嬉しくてたまらないのだろう

「カエル山のお寺の和尚??」

私は少し怪しんだ、和尚さんが何とかしてくれるって、なにするんだろう??変な妄想が膨らむ、だが少し期待があった。
今のこの不自由な生活が終わるなら、私が本当の私になれるなら、行くべきでは無いだろうかと、そう思うと胸の中に希望が湧き上がってきて嬉しくなってきた。

「うん、わかった行くよ」

私は少し上擦った声でそう返答し、足早に掛けていった。
そのカエル山と呼ばれる所、実際には家から一町越えた所にある小さな山、私の町は小さな町だから一町を越えるって言ったって子供の足で一時間程で着くような所、そこに着いて木々が生い茂る山を見上げる。

時刻はもう夕方、日が沈み初め周りがやわりと暗くなってきている。
山には寺に続く山道はあるが、街灯なんてあるわけがない、だから早く昇らないと暗がりを歩くことになる。

私はお化けが嫌いだ、だから山道を早足で掛けてなるべくお化けに遭遇しないように寺に走って行った。

始めて見た陰消寺、外装はボロボロ、今にも壊れそうなみてくれをしている。
お化けが出そうな雰囲気、気持ち悪い
そう思いながら私は怖ず怖ずと寺ににじり寄り中を確認しようとした。

「おいでなさいましたか、常磐様の息子さんの二兎吉君だね。」

背後から突然声を掛けられ私は悲鳴を上げた。

「ひゃあーっ!!」

目を見開き、ドキドキした心臓をおさえながら後ろを振り向く、そこにはぼろ雑巾で出来たような袈裟(けさ)を身にまとった坊さんが立っていた。

「あっあのお、そうです私があの・・・」

「びっくりさせてすまないね。私はこの寺の和尚の牙狩(ががり)と申します。ご両親から聞いております、貴方の心を治して下さいと」

「そうです。私の心を治して下さい、私はこんな見た目をしてますが心は女性なんです。生きているのが苦しい、皆私の気持をわかってくれない、だから、私を女に変えてほしいんです。」

二兎吉は思いの丈を和尚に吐き、わかってもらおうと必死で訴えかけた。
それを聞いた和尚はびっくりした面持ちで私を見てこう言ってくる。

「貴方はそんな気持を抱いて生活していたのですか、さぞ辛かった事でしょう!しかし、貴方の両親は貴方の心を治してほしいと言っておられました。なぜ女になりたいと?」

「今のまま、私の気持が男になれば私が私でなくなってしまう、それは違います。私は今の気持ちのまま生きたい、だから誰もが私を女として否が応でも認めてもらうために姿を変えたいのです。」

「なる程、貴方の信念は強いようですね。わかりました。ならばそうできるようにしてあげましょう、時刻もちょうど日暮れ時、貴方の身を変えるには絶好の時間だ、さあこちらへ」

和尚は私の言葉を聞き何故か不適に笑い、気持ちの悪い雰囲気を放ち私を何処かへ誘導する。
ここに来て怖じ気付いてきたが、もう後戻りなどしたくない、私が変えれるのならまたとないチャンスなのだ、前に進むしかない、私は決心し和尚の案内する所へ足を運んだ。

そこは寺の裏の小さな池だった。

「この池で身を清めて下さい、私は寺から道具を持ってきます。」

和尚はそう言って寺の中に消えていった。
そして、私はその池の前に立ちその水面を見つめていた。

そこにかすかに写る自分の姿を見て思いにふけった。

「これから私は女の見た目になれるのか!」

感慨深い気持ちを胸に走らせながら私は服を脱いでその池で自分の体を洗った。池から上がり少し肌寒さを感じながらも、濡れた体をさらしたまま和尚を待つ、するとしばらくして和尚が現れ私に何やら白い布に包まれた細長い何かを手渡してきた。

これで体をふいていいのかな?一瞬そう思ったが、私の想像とは全く違った事を和尚から言われた。

「そいつはこの寺に伝わる短刀だ、そいつには呪文を掘られて清められている。お前はその短刀を持ちあそこにある洞窟に入ってもらう」

和尚はそう言って目の前の林の中にある洞窟の入り口に指を刺した。なんとも恐ろしい雰囲気を纏っているが大丈夫なのだろうか?そう思い私は心配そうな顔をして和尚を見た。

「心配することはない、あそこは多種多様な儀式をする神聖な場所だ、お前はそこに入って、自分の陰部を切り落としてもらわねばならぬのだ」

「え?いまなんて??」

「お前の陰部を切り落とすと言ったんだ!」

「陰部を切り落とす?自分で??」

「そうだ、それが女になるための儀式だ、お前に覚悟があるのなら・・・出来るだろう?」

二兎吉は和尚の言葉で困惑した。女になる儀式を行うには自分の陰部を自分で切らなければならない、そんな恐ろしい事をしなければいけないなんて思いもしなかった。

だけどここまで来たらやるしかない、二兎吉は決めていた。自分が女になれるならそれが自分にとって一番良い選択だと思っていたから、だから怖くてもやるんだ、そう気持ちを奮い立たせ全裸の状態で洞窟へと入っていった。

洞窟の中は大人一人が寝そべるくらいの空間があり、目測では畳一畳分ほどではないかと思える場所だった。その空間の真ん中に白い布が敷かれていていかにもそこに座れと言わんとしているようにサラッと置かれている。

私はためらいもなくその布の上に座り、そして微かに外から差す夕焼けの光を頼りに自分の陰部を確認し布から短刀を取り出した。

そしてそれを自分の陰部にかざし、数分間私の体は固まった。手が震える、覚悟は決めているのに手が震え続け私の息は時間を増すことに荒くなっていく、頭の中には「怖いよ」と言う言葉が何度も何度も繰り返され、手に持った短刀の先は手の震えでカタカタと揺れている。

顔から冷や汗が流れ出し始めた。すると洞窟の影から何か声が聞こえた気がした。

「お前は親が憎くてしょうがないんだろう?自分は本当は女なのに、その見た目だけで男扱いされるのが嫌でたまらないんだろう?だからお前は自分の見た目を女に変えて親を見返してやりたいんだろう?そんなに強い気持ちがあるなら切れるじゃないか!ほら、切ってみろ、お前のその陰部を切ってみろ!!」

声の主は私にそう言ってくる。何者なのだろう?やけに高くキリキリした声で、私の耳を劈く(つんざく)ように鋭く耳に突き刺さる。そいつは何度も何度も私にその言葉を投げかけ頭がおかしくなりそうになる。

手が震え息が上がり、見知らぬ声で恐怖におののき、冷や汗が止まらない、頭がおかしくなりそうで目が回り始めてきた。

もう嫌だ、限界だ!

私の精神状態は限界に近づいていた。

怖くてたまらない、この場から逃げたかった。

だから私は覚悟を決めて一気に陰部に刀を突き刺した。体に走る痛み、震えあがる体、耐え切れないほどに押し殺していた声を思いっきり解放し、私は獣のうなり声のような音を上げながら陰部をザクザクと切っていった。

私の股間からは止めどなく血が流れ始め、下に敷かれた白い布を赤く染めていく、そして陰部が体から完全に切り落とされると、私の体は力尽きその血の海の中に体が倒れていった。

息が苦しい、うまく息が出来ない、目が霞んできてよく見えなくなってきた。どうしちゃったんだろう私の体?そう思い体を動かそうとするが全く言うことが効かず動いてくれない、私の股間からはまだまだ止まる事無く血が流れ出している。このまま私はどうなっちゃうのだろう?

意識が遠のき始めた。視界の周りが徐々に暗くなってきて私の息もそれに合わせて静かになっていく、その時また私の耳にあの声が聞こえた。

「それでいいんだ!よかったな二兎吉!!」

私はその言葉に恐怖を覚えた。遠のく意識の中、そいつは少し笑ったような声でそれを言ってきたのだ

「こいつはもしかして鬼じゃないのか?」

私はそう思いながら遠のく意識に身を委ねていた。そして完全に私の視界が奪われ意識がなくなり私は暗闇の中に落ちていった。



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