小学生メンター ミソノ <第1話>
1. 小学生メンター、現れる
一人の小憎たらしい女の子、もとい天使が言った。
「今のあんたは、全くイケてないわ。そんなんじゃ、まあ、何をやってもうまく行かないでしょうね。でも、あんたの心の声は、私に届いた」
そう言って、オレの頭に手をのせ、ポンポンと元気づけるように軽くたたいた。
ガラッと5年1組の扉を開けながら、言い放った。
「くそっ」
口から出る言葉は、悪態ばっかり。
「なんでだよ!」
と言って、そばにあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。ガランと音を立てて中の紙屑がこぼれ落ち、横に転がった。
頑張っても、頑張っても、自分の思い通りにならない。
なんでだよ、オレはどうしたらいいんだ。
誰か、誰か、教えてくれよ!!
そう心の中で、大きく叫んだ。
放課後の小学校の教室は、ガランとして誰もいない。むせるような夏の暑さから季節が変わり、秋にもなると夕方の教室は肌寒く静かだ。
その静けさの中で転がっているゴミ箱は、今の自分の姿を表しているようで、もっと惨めな気持ちになった。
どんどん負の感情が心の中に広がる。その感情は目の前にこぼれ落ちている紙屑のように、ゴミ箱に捨ててもなお、転がり落ちてくるようにも感じた。
本来ならゴミ箱を元に片付けないといけないが、どうにもそんな気持ちにならない。
このままゴミ箱を放っておいたら、明日誰かが元に戻してくれるだろうか。
「あんた、そのゴミ箱、片付けないの?」
いきなり声をかけられて、びっくりした。
誰もいないとばかり思っていた教室。あたりを見回すと、一番後ろの席に同年代の女の子が、頬杖をついて座っていた。
その女の子の顔を見て、息を呑んだ。
潤んだような大きな黒い瞳に、雪のように白い肌、さくらんぼのような唇、今まで見たこともないような美少女だった。学年で一番可愛い子でも、ここまでの美少女は見たことがなかった。
少女はそのさくらんぼのような唇を開き言った。
「なにぼーっと、突っ立ってんのよ、あんたに言ったのよ。佐藤和成(さとうかずなり)くん」
その少女は、外見からは想像もできないような口調で言うと、いたずらそうに笑った。
「オレ、お前のこと知らないんだけど。この学校のヤツか?」
「さあ、どうでしょう。そんなこと、どうでもいいわ。それより、早く片付けなよ」
「片付けるって…」
「だから、ゴミ箱。あんたが蹴飛ばしたんでしょ。自分の後始末もできないんじゃぁ、社会に出たら、タダのイケてない男だわ」
自分の歳の離れた姉貴のような口調で言われて、何だか腹が立ってきた。
「社会に出たらって、オレは、まだ小5だ」
「さっさとやる事はやる。自分の始末は自分でつける」
話をまるで聞いてない様子で言われ、それ以上、文句を言うのも格好が悪いので、紙屑をゴミ箱に入れて片付けた。
「いい子ね。不始末は先延ばしにしたらダメよ。覚えといて」
まるで大人の様な口調で話をする。
ポンポンと飛んでくる言葉に反論できずにいると、その少女はクスッと笑ってオレの手を取った。
気がつくと、いつの間にか自分の家の前におり、少女は勝手に鍵穴にキーをさして扉を開く所だった。
「さあ、入った、入った」
「お前、一体どうやって……」
「あ~~、細かいことを言うわね。とにかくお茶でも入れてよ。話はそれから。まだ、ご両親も戻ってこないでしょ?お姉さんはこの春から一人暮らしだしね。時間はたっぷりあるわ。わたし、コーヒーでも紅茶でも、もちろん日本茶でもOKだから。子どもだからってジュース出すようなことはしないでよね」
少女のペースに振り回されっぱなしで、オレは仕方なく冷蔵庫にある麦茶を入れた。
麦茶を手に、少女はオレの部屋のベットに座り、オレは向かい合うように、絨毯にあぐらを組んで座る。少女はゴクゴクとグラスの麦茶を飲み干す。
一体、この少女は何者なのか。いやにしっかりした物の言い方だし、うちの家族構成も知っている。それに先ほどいつの間にか家の前まで移動していた不思議な現象は何なのだろうか?
オレは探るように口を開いた。
「お前、一体何もんなんだ?」
麦茶のグラスを片手に、少女は素知らぬ顔で答える。
「あんた、そんなの気にしていたらダメよ」
少女は、グラスをテーブルの上に置き、オレを覗き込むようにして笑いながら言った。
「あんた、今の心はハッピー?」
「えっ???」
話の筋が見えず、オレは困惑した。
「そんなわけないわよね。だから、わたしが来たんだけど」
そう言われて、オレは段々腹がたってきた。勝手に家に上がりこまれ、どうしてここまで言われなければならないのだろうか。
「お前な、さっきから一体何なんだ。お前はどこの誰で、何のつもりでここへ来たんだ?」
「まあまあ、女子相手にそういきり立たないで。順序だてて言わなかったわたしも悪いけどさ、そんなのだから、あんた、ゴミ箱を蹴っ飛ばすようなことになるのよ」
オレは、グッと詰まった。
「さてと、自己紹介に入りますか。わたし、こういうものです」
少女はポケットから何と名刺入れを出し、ピンク色の名刺を差し出した。
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小学生メンター
JAPAN担当 天使
美園 (MISONO)
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「えっと……天使って書いてるけど……」
「ええ、天使よ」
「そんなの、信じられるわけないだろ!!」
からかわれているかと思うと、怒りが頂点に達した。
そんなオレをみて、少女は軽くため息をつく。
「あ~あ、どうしてそう直ぐに怒るかなぁ……。あのね、見てよ、この美少女ぶり。こんな美貌をもった人間が下界にいて?」
もう話す気にもなれず、少女をジロッと睨んだ。
「分かったわ、じゃあこれでどう?」
少女が一瞬光ったと思うと、大きな真っ白い羽が二つ背から突き出して現れた。
そして、神々しいまでにまぶしい黄金の輪が頭の上にある。
目の前の光景が信じられず、呆然としていた。
「なに見とれているの」
少女はクスッと笑う。
「だって、お前……」
「まだ信じられないの?仕方ないわね、特別に羽を触らせてあげる」
無理やり少女は手を取ると、自分の羽に触らせた。
それはビックリするほど艶やかで、そしてこの世のものとも思えない程のやさしいく心地よい手触りだった。
「どう?素晴らしい手触りでしょ。わたし、羽には自信あるのよね」
ようやく目の前の出来事が飲み込めてきて、急に恐ろしくなって手を引っ込めた。
「あら、今度はいやにしおらしくなったのね。まあ、そう身構えないで。とりあえず、元に戻らせてもらうわね。下界でこの姿をしていて、まだ時期でない人に見つかるのはよくないのよ」
「時期って?」恐る恐る尋ねると、天使とおぼしき美園がもとの姿に戻って、オレの前へちょこんと座った。
「人はね、人生の中で必ず踏ん張り時があるの。その時の踏ん張りが、後の人生を大きく変える。でも、最近の若い人はだめねぇ……。打たれ弱いというか。まあ、住みにくい世の中になって来ていることもあるんだけど、なんて、ヘタレなのかしら。
天上界でも、そこが問題になってきてね、心の声が聞こえたら、誰かがメンターになることになったの。私はその小学生部門に配属になったってわけ。
昔は恋愛専門だったのに、なんで小学生のメンターになんか……」
「ちょっと、待った!」
次から次へと分からない話が飛び出し、混乱していた
「オレ、何が何だか、やっぱり分からない。お前は、何をするんだ?」
「だから、そこの名刺に書いてあるでしょ。小学生メンターって」
「小学生メンター?」
「そう、メンター。日本語で言うと支援者。他にも助言者、教育者、恩師とか言い方もあるけど、簡単に言うと、あんたの中にある答えを引き出すお手伝いをする人ってこと。
支援者というと、何だかベタだからメンターっていうのが一番しっくりくるかしら。小学生には難しいかもしれないけど、まあ、慣れてちょうだい」
「小学生メンター……」
「今のあんたは、全くイケてないわ。そんなんじゃ、まあ、何をやってもうまく行かないでしょうね。でも、あんたの心の声は、私に届いた。私の話を素直に聞くいい面も持っている。大丈夫。私が来たからには、あんたの心に一本の芯を立ててあげる。そして、あんたの答えを見つける手助けをするわ」
そう言って、オレの頭に手をのせ、ポンポンと元気づけるように軽くたたいた。
「具体的に、お前は何をしてくれるんだ?」
意気揚々と言っている美園を前にして尋ねた。
「今、あんたは、自分の心を持て余して苦しんでいるわね。思い通りに行かないから、ゴミ箱に当たるようなことになっている。
まずは自分の今の気持ちを素直に言っちゃいなさいよ。ほら、小学校の実力テストで初めてランク落ちして……」
「わー、わー、それ以上言うな!!」
痛い所を突かれて、美園の言葉をさえぎった。
「何だよ、お前、勉強でも教えてくれるのかよ」
「あら、そんなことしないわ。努力は自分でするものよ、勉強なんか自分でどうにかしなさい。私はメンターよ、相手にするのはあんたの気持ち。心よ!」
心って……、それがどうにもならないから、こんなにイライラしているのに、この天使は一体何を言っているのか。
オレの気持ちなどお構いなしに、目の前の少女は話を続ける。
「さあ、ちゃんと今の気持ちを吐き出してしまいなさい。私にまで格好つけてどうするの。自分の気持ちに正直に向き合うこと。それが第一歩。
かのスティーブ・ジョブズもこう言ってるわ、『大事なのは自分の心に素直になることだ』って。スティーブ・ジョブズって、知ってる?彼が2005年にアメリカのスタンフォード大学の卒業式で言ったスピーチがあってね、それが、とっても痺れる内容なのよ!」
どうやら彼女は、名言好きな天使らしい。
こうして、破天荒な天使とオレの生活が、この日から開始した――。
<第2話> 和成、気持ちに正直に向き合う
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