見出し画像

電脳世界的な小説

大都会の摩天楼にあるカフェでは、1人の少年が気だるげに体をテーブルに預けて頬杖をつき、片手でスマートフォンを弄っていた。

入口と反対側の壁は全面ガラス張りになっており、少年はガラスの壁際の席に1人で座っている。チラリと視線を横にずらせば、ガラスの向こうにはビル群が聳える景色が広がり、太陽の光がビルの窓に反射して眩しく照り返していた。この頃は、日増しに夏の足音が近づいてくる。

スマートフォンの通知音が鳴った。視線を小さな画面へと戻し、送られてきたメッセージを確認すると、少年は胸ポケットにしまっていたメガネを取り出して装着した。

メッセージには、“イベントクエスト発生「天泣」”と表示されていた。

メガネを掛けた状態でガラスの向こう側を見ると、空の青はそのままに、しかし雨が降り注いでいた。

少年が装着したメガネは、メガネ型のウェアラブルデバイスで、通称「メガネ」と呼ばれるものだ。そのメガネを通して見る世界は、電子の幻を現実の世界に重ねて見ることができる。

晴れているにもかかわらず雨が降る自然現象を「狐の嫁入り」と云うが、この雨はメガネを掛けていないと見ることは出来ない。雨粒は、太陽の光を浴びてキラキラと輝き、メガネのフレーム部分から発せられている雨音のサウンドエフェクトに至っては、あたかも目の前の雨の方向から聞こえているかのように感じる。両端に表示されている小さなメニューがなければ、現実と区別がつかないほど精巧な創りになっている。故に、移動時の利用制限やエリア制限が厳格に規制されている。

少年が事前に電脳掲示板で得た情報によると、イベントクエスト「天泣」は晴天の日に発生するイベントクエストで、天気雨のエフェクトは比較的狭いエリアに出現するという。

少年は席を立ち、モバイル端末で素早くキャッシュレス決済により会計を済ませると、カフェと同じフロアにあるイベント広場へと歩を進めた。

少年が広場に足を踏み入れた瞬間、世界は表情を変えた。広場全体を覆う壁がフルスクリーンとなり淡い光を放つと、地面がせり上がって樹木や岩などのオブジェクトを形成していく。視界は森の緑に染まり、瞬く間に電脳の世界を構築していった。

少年は、まるで深い森に迷い込んだかのような錯覚に陥った。電脳酔いをした少年は、メガネをずらして辺りを見渡した。白い木々や岩のオブジェクトは、手の届く範囲のみ形作られており、木の上部は途切れている。メガネを掛け直して見ると、白いオブジェクトは背の高い木に変化し、何も無かった上方には枝や葉っぱが青々と茂り、生命力さえ感じられるほどだった。ビルの空調と連動しているようで、肌に感じる風の流れに合わせて、草花も揺れている。

広場にいる他のイベントクエスト参加者たちの傍らには、様々な電脳生物が彳んでいた。

※「彳む」=「佇む(たたずむ)」

電脳生物は、様々な様相を呈している。空中に浮遊するファンタジックな妖精、メタリックな兎、空中を泳ぐ魚、普通の猫に見える電脳生物もいる。

周りの様子を窺っていると突然、目の前の虚空にメッセージが現れた。イベントクエストの始まりを知らせるアナウンスである。



コンテスト用にcakesっぽく電子的な内容の物語がいいと思って書き始めました(「note=インターネット上で何かする」私の勝手なイメージ)。

獣道の先で狐の花嫁行列に遭遇して、その後、何やかんやあって少年も電脳生物を従えるとこまで考えたけど、この辺りまでにしておきます。気が向いたら続きを書きます。

#cakesコンテスト2020

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?