見出し画像

「沈黙の艦隊」とシラードの未来予測

不思議なんだけど、嘘を書くと人は本当だと思い、事実を書くと「これは嘘でしょう」と言われる。小説を書いてきて思う。「作家はありそうなことしか思いつかない。ありえないことが起きるのは現実の中だけだ」と。そうなんだよ、私が思いつくようなことは誰でも思いつく。その程度のイマジネーションしか持ち合わせていないんだ。現実こそ荒唐無稽だ。

ドラマ「沈黙の艦隊」を観た。シーズン1で8話まで観た。観終わって頭に浮かんだことを書いてみるよ。

1945年8月6日、ヒロシマに原爆が投下された時から「核の時代」が始まった。

実はね、第2次世界大戦前夜、世界の物理学者たちはこぞって原子核の内部がどうなっているのか突き止めようとしていたんだ。
インターネットもなかった時代なのに、物質の最小単位を解明するという野望は世界同時多発的に伝染病のように広がり、ほぼ同時期に科学者たちは似たような実験を繰り返していた。原子核に中性子を当てると核分裂が起り、それによって大きなエネルギーが得られることを探り当てていたんだ。

物理学の発展とは無関係に、国際政治の世界は第1次世界大戦の傷を抱えて喘いでいた。特に敗戦国ドイツは痛手を負った。巨大な負債を抱えたドイツに現れたのが独裁者ヒトラーだ。どん底の不況の中で民衆は自ら強いリーダーを求めたというわけ。その頃に、科学者たちは原爆の元となる核分裂による核エネルギーの取りだしに躍起になっていた。

誰かが先に論文を発表したら負ける。誰よりも先に、このアイデアを実証したい……。物理学者たちがしのぎを削っている時、ナチスは力をつけ支持を広め、第2次世界大戦へと進んでいった。だから、当然ながら科学者の中には「もし、原子力がナチスの手に渡ったら世界は滅びるかもしれない。だから、みんな研究をいったん中止しよう」っていう呼びかけがあったんだ。

でもね、研究をやめない科学者の方が多かった。もし誰かに先に発表されちゃったら……今までの努力が水の泡だからね。

ハンガリー系ユダヤ人物理学者、レオ・シラードは風変わりな男で、SFが大好きだった。で、SF小説を読んでいる時に核分裂のアイデアがひらめいちゃった。
ユダヤ人のシラードにとってナチスは脅威。ユダヤ人が強制収容所に送られていた時代。彼もナチスから逃げていたからね。シラードは原子力のアイデアがナチスの手に渡るんじゃないかと不安をもっていた。もし、独裁者が核兵器を持ったら、世界はヒトラーの思いのままになる。奴は核爆弾を作り、それを使うだろう……と。

でね、シラードは当時から天才として有名だったアインシュタイン博士にこの問題を相談するんだ。アインシュタインもユダヤ人。二人は「やっぱヒトラーにだけは核を持たせちゃいかんよな」ってことで合意。で、世界の運命を変えた「アインシュタインの手紙」が米国ルーズベルト大統領に送られることになる。

この手紙には、人類の未来を変えてしまうようなエネルギーが原子核から取りだせる。それをナチスに使わせないために、ナチスより先にアメリカに開発してほしい……という主旨のことが書かれていた。

でも、この時、米国のルーズベルト大統領はアインシュタインの手紙の内容をよく理解できていなかったんだ。だから「なんだそれ?」って感じでピンと来ていなかったんだよ。

ルーズベルトに「原爆ってすごいらしいよ」と吹き込んだのは、イギリスの首相チャーチル。チャーチルがユダヤ人亡命科学者による「核兵器製造」のアイデアを提示して、やっとルーズベルトもその気になったというわけ。


でも、アメリカがすぐに原爆製造に着手できたわけではない。めんどくさい政治的手続きが延々とあった。トンデモ科学的な未知のエネルギーに政府の要人は懐疑的だったんだよ。だって信じられないよね。当時、物質の最小単位と思われていた原子核、そんな小さいものから都市をぶっ壊すほどのエネルギーが得られるなんてさ。当時としては「夢物語」みたいなもんだった。

この時、アメリカ政府の説得に当たったのもシラードなんだ。シラードは実に根気よく手紙を書き送り政府の質問に対応した。そしてようやく政治家たちが核の力を理解し、国家プロジェクトになる頃に、シラードは政府からけむたがられるようになっていた。

原爆の国家プロジェクト責任者に任命されたリチャード・グローヴズ将軍はシラードの存在が邪魔だったんだ。

グローヴズ将軍はガチガチの軍人だからね。当然ながら戦争で原爆を使う気満々だった。だけど、シラードは核の破壊力をよく理解しており、そんな危ないものを実戦で使う気はさらさらなかったんだ。

早い話、シラードはアメリカを……というか人間を誤算した。アメリカなら核を平和的に利用するだろう。もしナチスが核を開発しても、アメリカが持っていれば使うことはできないだろう……ってね。なんでそこまでアメリカを信じていたのかはよくわからない。ナチスよりはマシって思ったのかな。

ここがね、すごく大きなボタンの掛け違いだったんだよ。だいたい、この時まだナチスは原爆の作り方を開発できていなかった。だから、アメリカに渡さなければヒロシマに原爆が落ちることもなかったかもしれない。原爆がなくたって、ヒトラーは自殺しただろうし、日本は敗戦しただろう。

ま、歴史に「もしも」を言ってもしょうがない。「マンハッタン計画」は秘密裏に進み、アメリカ軍は核の破壊力を知ってしまった。で、タイミングが悪いことに、原爆完成間近の4月17日に、ルーズベルト大統領が急死。ピンチヒッター的にトルーマンが大統領になった。4月30日に、ヒトラーがピストル自殺。だから、そんなにがんばらなくてもアメリカは太平洋戦争に勝利したはずなんだけど、トルーマンは、核の破壊力に関しての認識が甘かった。核を使うかどうかの決定は軍司令部がイニシアチブを持ち、結果として原爆は民間人の頭上に投下された。

シラードは核エネルギー開発が米国軍部の主導で動くことに苛立ちと不安を抱えていた。ヒトラーが死んだのなら、原爆を使う必要はない。ましてや民間人の住んでいる都市に落とすなんて、とんでもない。めちゃくちゃ反対運動をしてくれたんだ。でも、日本ではシラードはほぼ無名なんだけどね。

彼は政治的なセンスのある科学者で、国際社会をよく観察していた。原爆を知り尽くしている彼だからこそ「来たるべき核世界」のシナリオが見えていた。この点において、シラードは他のどんな科学者とも違う。特別な人だ。シラードは核兵器が使われ後の世界の混乱を具体的に予測した唯一の人物だった。

以下、シラードが予測していた核兵器使用後の未来。

核を生み出す鉱物は世界のごくわずかな地域でしか産出されない。その土地の資源を巡って熾烈な闘いが起こるだろう。

もし、核兵器の破壊力が認められれば、大国は競って核製造に取りかかる。そうなったら軍拡競争が起きる。不安が引きがねとなる予防戦争も起きるだろう。

原子力の産業利用の管理システムを作らなければ、核製造物質の管理は困難。各国が平和時の原子力利用を控える合意が必要だ。

適確だ。実際にその通りのことが起り、世界が分断され、弱い国は強い国から搾取され、核をめぐる混乱は人類規模のカルマになっている。

「来るべき核社会に向けて急いで議論しなければ世界は破滅する」シラードが繰り返し提案するも、国連にも、世界の要人にも彼の訴えは全く聞き入れてもらえなかった。

ここから先は

646字
勢いとリズムで書いています。文章のプロなので読みやすいはずです。不定期ですが、最低、月2回は更新します。

「ムカっ」「グサっ」「モヤっ」ときたことを書いています。たまに「ドキっ」「イタっ」「ホロっ」ときたことも書いています。読んでハッピーになる…

日々の執筆を応援してくださってありがとうございます。