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夜空の扉

犬に起こされた。犬が敷物をならしている。
時々やるのだ。前脚でひっかいてガサガサうるさい。
起こされたのじゃない、起きていたのだ。疲れていたのに眠れなかった。プロバイダーに接続できなくなって復旧作業でパソコンにしがみついていたせいだ。
トイレに立ったら、犬も着いてきて、庭に出ようと誘う。
夜の庭に出るのが好きなのだ。外でのびのびシッコをしたいんだ。

台風が空を大掃除したらしく、めちゃくちゃきれいな夜空だった。
うおー、星がよく見えるなあ。
しばらく、家のフェンスにもたれて星を見た。

なんだか、今夜は空が開きそうだった。
「開け、開け」と空に向って呟いた。
人生で一度だけ、夜空が扉を開くのを見た。
その夜の星は今夜の10倍くらい多くて、空中が星でうじゃうじゃしていた。メキシコの高地の星は光も強くて、日本で見る星じゃなかった。
……つーか、私が知っている星を遥かに越えていた。スーパースターだった。あんまり星が多くて動き回っているみたいに見えた。

星がぐにゃぐにゃって動き回って、夜空が巨大な水滴みたいに落ちてきそうになった時に、扉が開いた。
現実には何も起きていないんだけど、開いたという実感があった。なにかが開いたんだ。閉じていたものが、開いて、本当の宇宙が見えた……気がした。いや、気がしたなんてもんじゃない。とてつもないリアリティで宇宙が出現した。宇宙じゃない、あれが神ってものかもしれない。

夜空の質的変容だ。夜空という言葉を越えた夜空が開いて、そこに出現した星は、星じゃなくて「存在」だった。すごく濃い気配を帯びた意志を持ったものたちとして空中にうごめいていた。

そいつらが一斉に、私を呼んだのだ。そう、呼びかけてきた。空中の星が……だよ、あの点点のすべてに呼ばれたら気が狂うだろう!

でも、気が狂うことはなくて、泣いた。絶叫して泣き叫んだ。

懐かしかったんだ。息が出来ないほど懐かしかった。私のすべての祖先にあの世で出会って祝福された気がした。おじいちゃんだね、おばあちゃんだね、そのまたおじいちゃんだね、みんなが命をつないで私を遠い未来に産んでくれたんだね、えーーん。

そうか星は宇宙の祖先なんだ、みたいな、感覚。私、そこから来たんだね。みんなそこにいるんだね。

そして、夜空は閉じた。はい、終わりです。みたいに。
すっと閉じた。
閉じるのがわかった。空間の質的変容だ。
あんなに愛していたのに、心代わりして別れた恋人みたいな感じで、空はいつもの、ふつーの夜空に戻っちゃった。

たった一回だけだ。でも忘れられない。またあの星が見たい。
確認したいんだ、あれが何だったのか!

「開け、開け、開け」って何度もつぶやいた。
星がざわざわしている。星っぽくない。今日は開くかもしれない。
うごめく気配がある。
あの穴の空いた巨大な緞帳の向こうの世界が見たい。

首が疲れてきた。犬が足元に座ってこっちを見ている。
空が開かないんだよ……、と頭をなでた。
どうしても、開かないんだ……。

たぶん、開け……という呪文じゃダメなんだ。もっと強い呪力をもったコトバが使えないと、あの扉は開かない。
出会ってきたシャーマンたちは、ふつうのコトバを使わない。私が使っている現実世界で通用するコトバを使わない。
自然界も含めた宇宙的次元に通用するコトバにプログラムを組み換える。コトバ以前の言葉を生成し、その強い呪力で扉を開くのだ。

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田口ランディが日々の出来事や感じたことを書いています。

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