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資本主義の再構築

気候変動や格差社会といった問題の根幹にあるのは、資本主義の矛盾だ。

今日、資本主義の矛盾を解決する考え方として、資本主義とは別の社会、資本主義の次の社会を構想する動きが注目を集めている。

目的意識は同じでも、脱資本主義や超資本主義というら考えとは別の思索がある。

「資本主義の再構築」という思索だ。

「資本主義の再構築」を提唱している一人が、ハーバード・ビジネススクールで経営論、戦略論の教鞭を執るレベッカ・ヘンダーソンだ。

以下、ヘンダーソンの著書『資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するか』をもとに、資本主義の再構築という考え方の概要と、具体的な実践についてまとめておく。

問題の原因診断と処方箋

ヘンダーソンは、気候変動や格差社会の到来の原因を資本主義そのものには求めない。

問題は自由市場なのではない。問題は制御されることのない自由市場であり、政府が存在しなくても、まともな政府がよって立つ社会全体の健全性を支えるために人々が社会的、道徳的義務を分かち合わずとも何も困ることはないとする考え方である。

問題の原因は、制御されることのない自由市場であり、無政府主義的な思想である。

これがヘンダーソンの診断だ。

だからこの診断に対する処方箋は、自由市場と政府のバランスの再構築、つまり資本主義の再構築ということになる。

気候変動や格差といった問題は、国家の助けがあってこそ取り組むことができる。そして、それには社会の仕組みを再構築し、市場と政府のバランスを取り戻す必要がある。企業は大きな変化を起こすことができる。ただ、それには、他者とも協力しながら健全で運営のすぐれた政府、活発な民主主義、強力な市民社会をつくらねばならない。これらは真の進歩に必要不可欠なものだ。

資本主義の再構築という処方箋が依拠しているのは、人類が歴史的に習得してきた協力する能力、協働する能力だ。

企業間での協力、企業と政府の協力、企業や政府と市民社会の協力。要するにさまざまなステークホルダー同士の協力が求められているのである。

利益も大事、意義も大事

果たして激しい競争関係におかれている企業同士が、うまく協力関係を築くことは可能なのか?

変化のカギを握るのは、組織の目的・存在意義(パーパス)である。

ヘンダーソンはいう。

利益最大化を超える明快な「目的」をもった企業-すなわち、企業の存在意義は株主を豊かにすることではなく、社会のためになる良い商品やサービスをつくることだということが明確に理解されている企業こそが、変革を主導できる勇気とスキルをもつ企業である。

「利益最大化を超える」ということは、利益追求を考えないということではない。利益追求そのものを目的にはしないということである。

現代の大問題を解決しようと思うなら、利益と意義の両方が必要なことを企業のリーダーは認識しなければならない。共有価値を生み出す新たなビジネスモデルを発掘しようとするなら、そのビジネスモデルを実現することができるとすれば、そして、しっかりとした社会を築くために必要な良質な雇用と職場を創出しようと思うのであれば、目的主導型のリーダーシップが不可欠である。

「どうして企業したんですか?」と訊かれて、「利益を上げて、お金持ちになるためです」と答えるのではなく、「○○という社会問題を解決するために企業しました」と答えるということだ。

ただ答えるだけなら、形式的にはなんとでもなる。企業の目的と事業(実際の行動)が一致していることが重要なのだ。

しかし、それは簡単なことではない。

正しいことをすると約束した企業の経営は、従来型の企業の経営以上にむずかしい。有能なマネジャーであると同時に先見性のあるリーダーでなければならない。冷徹に数字を重んじると同時に、より広い世界に心を開かなければならない。だが、このように経営の舵を取ることは十二分に可能であり、はるかに面白いはずだ。

利益以上に目的を追求する企業の経営は、簡単ではないが面白い。

そう思える者こそが、資本主義の矛盾が激しい現代において企業する真の資格がある者である。

世界の消費者の行動を変えるように説得するよりも、少数の企業に行動変容を促したほうが、効率的に結果を生み出すことができる。

とすれば、ぼくたちは共有価値を創造する目的主導型の企業を起こしたり、既存の企業で目的主導型組織に変わろうとする企業を応援したりすればいい。

株主優先のルールを変える

しかし、だ。

利益以上に目的を追求する企業から、株主は離れないだろうか?

そうしないためには、資本主義社会における株主優先のルールを改めて、投資家の権限を縮小していくことが不可欠だ。

金融の回路を組み替える方法は、以下の3つだ。

❶会計制度を変えて、企業がESGデータを定期的に公表することを義務づける。
❷社会的・環境的インパクト重視の投資家か、従業員や顧客に資金調達を頼る。
❸ガバナンスのルールを変えて、経営陣を投資家の圧力から守る。

❸については、既存の株主の大多数は反対するだろう。

しかし、ESG指標が導入されれば、企業は目的主導型組織を構築し、共有価値を創造するのに不可欠な長期投資を支援してくれる投資家を引きつけることができる。

共有価値を創造することに協働する企業が増えれば、投資家・株主の行動を変えることも不可能ではない。

日本における持続可能な資本主義のための投資については、新井和宏の著者『持続可能な資本主義 100年後も生き残る会社の「八方よし」の経営哲学』が参考になる。

共有価値の創造(CSV : Creating Shared Value)という視点からの投資と、「八方よし(❶社員❷取引先・債権者❸株主❹顧客❺地域❻社会❼国❽経営者)」の経済哲学を学ぶことができる。

「包摂」の政治か?「排除」の政治か?

とはいえ、個々の企業の努力だけでは不十分だ。

共有価値を創造するためには、政府の政策による後押しが必要である。

環境破壊を食い止めようとする長期的な運動が教えてくれるのは、成功のカギが公的部門との連携にあるということだ。

市場と政治を対立的にではなく、補完的に理解すると言い換えることもできる。

共有価値の創造を促し、金融の回路を見直し、協力の新たなあり方を見つけることによって資本主義を創り変えることができれば大きな変化が起きるだろうが、それだけでは、公正かつ持続可能な社会を築くことはできない。欠けているのはきちんと機能する政府の行動だが、市場か政府か、という二者択一の問題ではない。本当の意味で自由で公正な市場は、政府なしでは存在できない。選択肢があるとすれば、「包摂」の政治か、「排除」の政治かである。強い社会と自由なメディアによって支えられた、透明性が高く、民主的で期待どおり機能する、市場にフレンドリーな政府か、ごく少数の利害をごく少数が代弁し統治する政府か、そのどちらを選ぶのか。自由な市場には自由な政治が必要である。

民主的な政府に代わるのは、自由市場ではなく、収奪だ。

それは「ごく少数によるごく少数のためのルール」である。

収奪的なエリートは、自己利益の最大化のためにルールを書き換え、反対意見を抑え込み、医療や教育などの公共財(コモンズ)への投資を忌み嫌う。

民主主義が滅びれば、結局のところ自由も自由市場も繁栄も死に絶える。

この点を、ぼくたちは肝に銘じておかなければならない。

再構築された資本主義の世界

では、資本主義を再構築することができるとして、その後の世界はどのように変わるのだろうか?

主に3つの立場から見てみよう。

❶企業
・価値の創造こそが最優先課題
・充実した仕事がある
・脱炭素エネルギーへ移行
・従業員を大切にする
・コンプライアンス重視
・可能な限り政府と連携する

❷市民・労働者・消費者
・教育は市民の育成をテーマとする
・高い理念をもつ企業で働く
・入社時には企業の環境基準や社会基準のランキングをチェックする
・抜け道を通る企業の製品は買わない

❸政府・政治
・投票率が大幅に上昇
・環境汚染のコントロールにコミット
・公共財に投資する(特に教育)
・権威主義的なポピュリズムの減退

変化を起こすための6つのステップ

再構築された資本主義社会を実現する方法としては、次の6つのステップが考えられる。

❶自分自身の目的・存在意義(パーパス)を発見する
・行動を自分自身の深い部分と一致させる
・信仰の伝統やスピリチュアルな習慣を重視
・自分の傷と他者の傷を癒すヒーラーになる
・自分のことをよく知る時間をとる
・内なる炎とつながっておく

❷いま、何かやる
・コンフォート・ゾーンから一歩外に出る
例)飛行機の利用を止める、ソーラーパネルを設置する、グリーン電力を購入する、食肉量を減らすなど
・目標を共有する人と一緒に過ごす

❸仕事に自分の価値観を持ち込む
・異なるビジョンを掲げた新しい会社を設立する
・価値主導の「社内起業家」になり、チームをつくる

❹政府で働く(人とつながる)
・政府に対する信頼を再構築する

❺政治を動かす
・政治活動のグループを見つけ、活動に加わる

❻自分自身を大切にして喜びを見つける
・自分にできることをやるだけだと気負わない
・歩みを止めない

以上の変化を起こすための6つのステップは、ヘンダーソンの次の言葉へと収斂していく。

現在の困難な状況の根源には、恐れと分離がある。どこまで行っても足りないと恐れている。切り離されていて、ひとりぼっちだと感じる。だが、そうではない。現代の大問題の解決に取り組めば、お金持ちになれるとか有名になれるなどとは言えない。その可能性はなくもないが。私に言えるのは、すばらしい仲間と旅に出られる、ということだ。予想した以上に希望も絶望も味わうことができる。そして、精一杯生きたと思いながら死を迎えることができるだろう。

「一人きりで世界は救えない」し、「変化を主導するうえで、仲間と一緒に活動すること以上に絶望を打ち消してくれるものはない」のだ。

資本主義の再構築のプロセスは、豊かな人間関係を再構築していくプロセスそのものなのかもしれない。

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