製造業におけるデジタル化の話

こんにちは、もしくはこんばんは、みじんこきなこです。

今日は製造業のデジタル化について話していきたいと思います。

というのも私は社会人経験の半分以上が、社内で様々なモノづくりを効率化するためのシステムを作成している部署に勤めていた社内SEでした。
日本は「ものづくり大国」と言われるほど製造業が盛んな国ではありますが、最近のデジタル化においては欧米に後れを取っていると言われています。
それが何故か?というところについて、製造業に勤め、また様々な企業の同業種の方と話した経験から書いていきたいと思います。

産業構造とシステムエンジニア業界のアンマッチ

まずは全体を俯瞰した大きな話。

日本において製造業は全産業の5分の1、約20%を占める大きな産業で、約67万社の会社が存在すると言われています。
参考

この数、とても多いと思いませんか?
規模まで分解してみると、中小零細企業は約六十六万社、大企業が四千社ほどです。

対してシステムエンジニアも含む、情報技術に携わる所謂ITエンジニアの人数はというと、IPAのIT人材白書を基にすれば、約150万人、そのうち96万人がIT専門の会社に勤めるということです。

つまり、IT分野以外に従事するITエンジニアというのは54万人程度しかおらず、にもかかわらず67万社も製造業があり、しかも農林水産業とか鉱工業とか別の業種も含めて54万人が分散して在籍していることを考えると、社内に全くITエンジニアがいないという会社も珍しくないのです。

この結果二つの問題が出て来ると私は思っています。
一つは、製造業のITへの理解が進んでいかないこと、もう一つが、ITエンジニアの製造業への理解が進んでいかないこと。

この二つの問題により相互に理解が追いついていかないことが、大きな問題なのだと私は考えています。

製造業のITへの理解が進んでいかない

製造業の中で社内システムエンジニアとして立ち回っていると、外部のIT企業から様々なIT製品に関する営業を受けることがあります。

それは例えば工場の稼働状態を見える化しましょうという非常にありふれたものから、工作機をコントローラメーカ問わず制御するような素晴らしいものまで、玉石混淆といった趣です。
当然ながら高い技術と有用性のある商品やサービスであれば、自社に導入提案したいと思い、実際そのようにすることもあったのですが、ここで一つ大きな壁に当たります。

とにかく話が通じないのです。
聞く耳を持たないというような話ではなく、製造業では近年高齢化が進んでいることもあり、たとえばOutlookの操作が判らないから教えてくれ、とか、Excelのマクロの組み方がとか、もっと言えばCtrl+Cでテキストをコピーできるということを知らないという人が大半です。

ですからどんなに素晴らしい技術だったとしても、その技術の有用性をいくら噛み砕いて説明したところで、「よくわからないけどなんかすごい」以上の感想を持ってもらえることは稀です。
特にシステムの最大の受益者となりうる現場に近い部署の人間ほど、この傾向は顕著です。

別の切り口として投資と投資回収の計画面から提案するとしましょう。

初期費用として導入に2000万円、以降毎年100万円ずつかかりますが、製品一つ一つに製造プログラムを手打ちする時間が10分ずつ軽減されるので、年間で見ると云100万円の削減が見込まれます。
とします。
しかし先述の通り技術的な部分への理解が全くと言っていいほどありませんから、投資回収の計画がどれほど論理武装されていようと、例えばこの例で言えばなぜ製造プログラムの手打ちがなくなるのか、いくら説明したところでその論理も通っていかないのです。

また、実際にシステムのデモを行ったとしても、「難しそう」という先入観で思考停止してしまうことが大半です。

常日頃からITを担当する社員が複数人いて、パソコンやタブレットをモノづくりの現場に導入することに触れているのであれば、もしくは現場の方がITに興味を持って、電子工作レベルの簡単な事でも現場の中で試してみていれば、このような事態は生まれないとは言わないまでも減ってくるでしょう。

しかし日本の製造業では、旧来の美徳として職人的手仕事を重視する風潮が強いこともあり、そもそも本業と関わりなく見えるITエンジニアを採用していなかったり、現場の方も自分の仕事と異なる分野に対して興味を持たないことが非常に多いのです。

これが一つ製造業のデジタル化がなかなか進んでいかない要因の一つだと思っています。

ITエンジニアの製造業への理解が進んでいかない

逆にITエンジニア側はどうでしょうか。

一つ前で書いた通り、社内SEとして外部IT企業の営業を受けたとき、非常に感じたのが製造業への理解、所謂ドメイン知識の欠如です。

ITエンジニアとして仕事をする上ではプログラミングスキルやマネジメントスキルというものは、比較的どこで仕事をして勉強していても身についていくものですが、このドメイン知識というものは、対象業界を絞ってサービスを提供しているIT企業か、業界内で仕事をしているITエンジニアでなければなかなか身についていきません。

例えば複合加工機で金属を削りだすことを考えたとき、外部のITエンジニアの方々は寸法さえあれば機械が自動に削ってくれるというイメージを持っている場合が大半です。
しかし実際には、ある削り方にはこのような刃物を使って、また削った後の刃物の被削物からの退避方向はこういう理屈でこっちに逃がさなければならない、というような理屈が加工一つとっても存在します。
また一口に加工機と言っても、その制御装置にFANUCを使用しているのか、三菱なのか、等々によっても通信方法が異なるなど、ITエンジニアが普段触れている分野ほどその仕組みが標準化されていないのです。

例えば社内SEとして私のように在籍したり、もしくはどこかのIT企業の方を社内に受け入れたりしていれば、そうしたエンジニアはドメイン知識がどんどん醸成されていき、どのような工程にどのようなシステムを適用すれば、どのような改善が行えるのか、それこそただ「工程の状況が見えるようになる」以上のことを提案できるようになっていきます。

しかし企業間の取引だけで案件が決まり、従事している方も案件ごとに開発を行う要員だけだと、このようなドメイン知識不在のまま提案を行うことになってシステム提案が通らない、通っても運用してみたらマッチしない、
新規開発したら想定外の要素で工数爆発などの事態に陥ってしまいます。

国策でデジタル化が推されているからといって、外部からの類推だけでシステムを構築したとしても、それは製造業に合っていかないのですが、近年のIT製品というのはそうした製品が多いように見受けられます。

実際、営業を受けた内容を基に自社に対して提案をした製品を作ったIT企業の組織はどこも漏れず、開発者に元製造業出身の方がいたとか、実際に何度も様々な製造業の企業へ出向された方というのがいらっしゃいました。
ITエンジニアに製造業をデジタル化させたいのであれば、まずはともあれ対象の業界の中で仕事をさせて知見を貯める必要があるのです。

製造業固有の問題の例

製造業、IT産業双方に問題があり、デジタル化が進んでいかないという話を終えたところで、今度は製造業側の問題に焦点を当ててみていきましょう。

これまでこれでやってきた文化

企業としての歴史がある程度ある企業だと、これまでこれでやってきた(から問題ない)という文化が深い企業というのも見受けられます。
例えば、製品の作り方は変わっていないけれど材料価格は上がり、コストダウン要求も重なって利益が上がりにくい体質になってきている。
にも拘らず現場を改善する打ち手は歩く歩数を一歩減らしましょう、であったり、もっと言えば「コスト意識持ちましょう」で留まってしまう。

一昔前の高価格で物が売れた時代からの抜本的な転換が全く出来ていないにも拘らず、過去にそのやり方で利益を上げて企業が存続してきたため、それ以外のやり方への転換という部分に対して非常に強い抵抗感を持っている場合が少なからずあるのです。
そのためか、何か変えなければならないという漠然とした不安を抱いていたり、何かしらの問題意識を持っていたとしても、それらへの対応がこれまでの延長線上の施策や人ベースでの考え方に留まってしまう。

しかし実際に世の中を見ていくと、例えばドイツの「Industry 4.0」で多大な役割を果たしているSAPをはじめとするERPベンダー各社が語るように、企業の競争力は1から10まで独自のやり方でやるから生まれるのではなく、標準化できるところは世間の標準に合わせてしまってそこにかかるコストを削減し、そこにはまらないほんの一部の独自性の優劣によって生まれも死にもするものです。

本当に職人的手仕事や技術にプライドを持った企業なのであれば、モノを作る部分にかかる技術だけにプライドを持つべきで、材料を買ったり要員を管理したり出荷したりなどといった、どこの企業でも普通にやっているようなことは出来るだけデジタル化してしまって、自企業の強みだけに頭や人を使える体制に変えていくことが大事なのです。

人の手こそ至高文化

特に平均年齢の高い会社だと、人が至高でシステムが劣っていると考える文化が形成されている場合があります。

例えば、前職ではものづくりの一部をよくあるデータ形式のデータから抜き出し、自動に置き換えるシステムの仕様を提案したことがありますが、データをデータとして扱うのではなく、データから人の目で読める文字列を作ってそれを人間が手打ちしなければならないという結論に至り、最終的にデータも設定文字列も使わず図面を紙でもらうという結論となった事例があります。

何故そのような話になったかというと、「システムがバグったら生産できなくなる」「データだけでそれができるイメージがわかない」といった意見が根強かったためなのですが、バグのないシステムというのは存在しないとよく言うものの、ミスをしない人間というのもまた存在せず、よほどシステムが品質悪くて同程度のミス率が内包されているのであれば、人間の数万分の一の時間で処理できるシステムの方が圧倒的に有利なはずです。
また、そもそもデータを可視化して読めるようにはしていたにもかかわらず、イメージがわかないのであれば、客先から来るデータをどう扱ったところで人が読んでものづくりをするには限界があったのです。

システムの障害は良くやり玉に挙げられる内容なので、ITに明るくない方たちは割と「バグ」という言葉でシステムよりも人の方が優れていると考えがちです。
しかしながらシステム障害によって発生する不利益の大きさは、翻って障害が起きていないときに発生させている利益の大きさでもあります。

システムが1日止まって10万人の人がATMからお金を引き出すことが出来なくなった、だから人の手で勘定をした方が良い、とはなりませんよね。
なぜなら、たった1日のシステム障害で10万人が不利益を被ったのであれば、残り364日は3640万人が利益を得ていたのですから。

人の手こそ至高だと信じてシステムの有用性を軽視するのは、損失の拡大を恐れてそれ以上の利益の拡大を捨てるということなのです。

石の上にも三年文化

システムを利用したものづくりは、やろうと思えば多岐にわたる人の仕事を置き換えられます。
私のいた金属加工業を例にとっても、例えば加工プログラムのテンプレートをダウンロードできるだけで人がプログラムを組む時間を半分以下まで短縮できますし、品質的にも作る人による差異が抑えられます。

しかしながら、ものづくりをシステムに置き換えるという話への抵抗はこのような点でも生まれてきます。

日本のものづくりにおいては職人的手仕事が美徳ということを冒頭にも書きましたが、システムに置き換えられたものづくりはあまり人が手を動かしません。
その結果人がそのものづくりに関わる技術を習得できないとして、システム化を忌避する文化というのもあるところにはあるのです。

確かに従来のやり方を単純にシステムに置き換えて、単に生産性が上がるという側面だけを抜き出していけばそれは真実かもしれません。
しかしながら、生産性が上がるということは、同じ数の製品を作る時間がその分少なくなり、要員の時間を浮かせる余裕が出てくるということです。

ものづくりのデジタル化はそれが流行りだした時期もあるのか、働き方改革と同じベクトルで語られ、残業代や人件費の削減にフォーカスされることが多いのですが、要員の時間が浮くということは、その浮いた時間を例えば自社技術の研究開発や製造技術の研鑽、様々な研修への参加など、教育に充てることが出来ます。
そうすれば、ただ日常の業務をこなすよりももっと早く、しかも高度な技術を要員に身に着けさせることにもつながります。

そうして高めた技術を以て、より高付加価値の製品を生産したり、または現在よりもさらに高度なものづくりのデジタル化をすることが出来れば、それはそのまま企業の競争力が成長していく好循環へとつながっていきます。

石の上にも三年と日常業務に耐える前に、いかに石を早く温めるかを考えること、そしてその早く温める方法がデジタル化なのだと考えることが大事です。

100%出来なければ0%文化

別の記事にも書いたのですが、何故かシステム化、デジタル化をオールオアナッシングで考える文化というのも、様々な企業で見られます。

それはデジタル化すれば全てが解決するという思い込みとか、劇的に改善したいという思いから来るものなのだと理解しています。

産業新聞などを見ていれば、ある企業が完全自動のラインを作っただとか、デジタル化によって○○の利益を見込むだとか、そういったセンセーショナルな記事というのもよく目にしますので、業界にいればそのような考えに至るのも無理のないことです。

ですがデジタル化を実現するには、実際には大変泥臭いプロセスを多く踏む必要があるのです。

そもそもこれまで長い時間を存続していた企業であれば、そこの業務は多くの場合複雑で多くの人や企業が絡む内容となっているに違いありません。
そしてこれが特に明確なルールもなく、人の勘や経験に頼って業務の流れが構築されているということも多々あります。

しかしデジタルな仕組みというのは、決まったデータを決まったルールで処理して、決まった出力をする仕組みであり、業務の流れに明確なルールが存在しない仕事は、デジタル化をすることが難しいのです。

仮にそれを強引にデジタル化したとすると、複雑化した業務やそこから来る課題は解決しないばかりか、デジタル化したことで暗黙の内に誰かが解決していた課題が一気に噴出することすらありますから、いきなり全ての業務をデジタルに置き換えてシステム化するということはしてはいけませんし出来ないものと思った方が正しいでしょう。

また、逆に「じゃあやらなくていいじゃん」という短絡もまた誤りです。

デジタル化する必要があると感じるということは、現在の業務にやりにくさや、何かしらの小さな課題が生まれているということでもあります。

それを放置しては、確実に今後の企業の成長は阻害されます。

ではどうするかというと、100でも0でもなく、1のデジタル化を積み重ねていくのが最も適切な考え方です。
あくまでも自分の会社の懐具合やデジタル化したい部署の要因のITリテラシー等と相談しながら、少し置き換えては効果を確認することを繰り返しながら全体の置き換えを目指すことで、置き換えによって生じる不具合を抑制しながら段々に利益が増える部分の割合が全体に対して増えていきます。

千里の道も一歩から。
いきなり100を目指して挫けて歩みを止めるより、少しずつでも進めていくことが重要です。

既にデジタル化しているという妄信

これまでの全くデジタル化が進まないのとは逆に、個別の部署が独自にデジタル資産を使って個別最適のデジタル化を行っているという場合も、全体を俯瞰してみたときには注意が必要です。

IT化されたものづくりを売りにしているのに、内側を見たら実は図面をタブレットで表示しているだけで進歩が止まっていたり、そもそも他のシステムと連携をする前提もないまま複雑なソフトウェアを作って運用している場合など、企業全体を見渡した時にはデジタル化の足を引っ張ります。

それは一つに、デジタル資産を使っているからデジタル化出来ている(だからこれ以上予算をかける必要はない)とか、いざ全体最適のためにシステムをつくろうとしたらその部署の独自仕様に全体が引っ張られ、他の部署では著しく仕事の効率が低下してしまった、といった事例を生み出してしまうからです。

ネットでシステムという言葉を検索すれば、

システム(英: system)とは、多数の要素が集まってまとまりを持った組織や体系のことである。システムの語源は英語のsystemで「組織」「制度」「体制」「系統」という意味があり、文脈によっては「機構」「方法」「順序」などの語も日本語訳として対応し得る。システムという語はコンピュータ分野、自然科学分野などを中心に幅広い分野で使われる。

実用日本語表現辞典

というような内容が初めに出てくるように、システムとは多数の仕組みが集まって一つの大きな体系立てられた仕組みでなければなりません。

つまり業務の流れの中でデジタル化する要素というのは、常に他のデジタル化された要素と連携することを前提に設計されていなければならないのです。
このような要件を満たさないままむやみに要素要素をデジタル化していくと、予算はたくさんかけたが思うような結果が出ないという事態を容易に招きます。

もしデジタル化して企業としての競争力を上げたいと思うのであれば、まずは足元の既に稼働している仕組みが他と連携が取れるか分析し、またこれから作るものに関してもこれまでの、そしてさらに先のこれからのものと連携をどう取ることができるか検討、設計を行っていくことが大事です。

さいごに

今回はこれまでの記事とは少し毛色を変えて、製造業をデジタル化するときの難しさについて書きました。

これらは実際に私や、私の知り合いの方々がぶち当たった壁でもあります。

もちろんここに書いたことが難しさの全てだというつもりは全くありませんが、予めこのような壁があることを認識していると、以前書いた記事の様なアプローチをとることで、少しずつでもデジタル化を進めていくことが出来たり、より自社の実情に合ったフィットギャップの分析が出来たりします。

社内SEとしての仕事の醍醐味は、やはり自分の設計開発したシステムによって、すぐ話ができる誰かの仕事が楽になることだと思いますので、もし自分の会社のデジタル化で壁に当たったときは、参考にしていただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?