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今晩はフィンランドのパンとスープだ

今晩はフィンランドのパンとスープだ

       ■邱力萍■

紀伊國屋で硬いフィンランドのパンを買った。そして 急にスープを作りたくなった。
ずっしり重たいパンを手にして、私の頭の中に鍋が急に現れて、そしてじゃがいもや、玉ねぎ、ソーセージ、トマト、キノコ、カラフルな豆まで、鍋の中でコトコトと煮えていた。
どんな味だろう?市販のコンソメの味?違う。
油を引いて、刻んだニンニクをしばらく炒める。それから玉ねぎやキノコ、じゃがいも、トマ

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満員電車中の電話

満員電車中の電話

■邱力萍

ある朝の満員電車の中だった。その日、運よく私は席が見つかり、座ることができた。缶詰めにされたように、電車の中に人がいっぱい。それなのに、誰一人も喋らない。みんな静かに立ち、揺れる電車と一緒に一駅、また一駅と前へ進む。

いくつかの駅を通り過ぎたそのときだった。隣の席で寝ていた男性のほうから突然電話が鳴った。静かな満員電車の中、電話の音はかなり響き渡っていた。男性は四十代前半だろうか、彼

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初めてのlive house

初めてのlive house

      邱 力萍

試しに行った初めてのライブハウスに、チャーリという中年の男がギターを弾いて歌っていた。

チャーリは外国人の名前をつけているのに、実際はバリバリの日本人中年男性だった。

背が高くて細身のチャーリは、大きなギターを弾きながら、日本語の歌も英語の歌も歌った。しかし、彼が歌った日本語の歌はほぼ自分で作詞作曲したせいか、私にはなじみはなかった。一所懸命聴いていても、彼の曲に自分の

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炊事班長 ③

炊事班長 ③

邱 力萍

6.

 六月の真ん中あたりに、天気が急によくなってきた。
 梅雨らしくないじゃないかと周りの人が心配しているが、特に地震のような天変地異もなかった。
 今日、二時間の授業が終わると、学校は終わった。先生達は生徒を連れて、畑に行き、収獲のお手伝いをするんだって。
 私は「幼い」から、うちへ帰れと言われた。
 学校から帰る途中、お昼の休憩時間だけ放送するはずの社内放送が急に鳴り始めた。い

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炊事班長 ②

炊事班長 ②

邱 力萍

4.

 いやでも、李班長には一日五回は会う。
 顔を洗うお湯も、お茶を入れるお湯も、夜足を洗うお湯も、李さんがいる厨房からもらってこなきゃいけない。それだけでまず一日二回は厨房に行く。
 それから、一日三食。李さんから、食事をもらわなければならない。
「李炊事班長」と呼ばれている割には、厨房には李班長一人しかいない。ひとりなのに「班長」の呼び名は意味がないじゃない。
 班のメンバー

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炊事班長 ①

炊事班長 ①

邱 力萍

              2009年発行 ランチュウ作品集より

1.

 王さんが運転しているトラクターは、白煙をはきながら、敷地の正門を出て、右に曲がると、車道とまっすぐに走った。私と母さんの乗った荷台には、エンジンからの大きな振動が伝わってくる。
 正門まで追いかけてきて見送る兄ちゃんに、母さんはずっと手を振っていた。
「…、…」
 兄ちゃんは何かを言おうと何回も口を開くが、

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