見出し画像

東京グランドキャバレー物語★4 新人ホステスデビューその1

 夕方6時半を回った頃、次から次へホステスさん達が出勤して来た。
ロッカールームは、事務所と同じ5階にあり、私もすでに昨日選んだドレスに着替えて、気合十分用意万端である。
 しかし私は、鏡の前で絶句した。
 社長のご厚意でお借りした黒いドレスの私は、どこから見ても魔女である。これほどまでに、源氏名とドレスがマッチしないホステスは、前代未聞ではないだろうか?

 赤い口紅と黒いドレスが、夜の蝶どころか、さらに魔女らしさを際立たせている。新人なのだから仕方がない。場に慣れるまでは、この黒いドレスで我慢しよう。

 7時になると、先輩ホステスさん達が、来る、来る、来る。
いったい何人の女性達がこの店で働いているのだろうか。百人はいるかもしれない。女性達の眼光鋭く、これから戦いの始まりなんだ!と思わせるほどの気迫を感じた。
 4階は、ステージがない分、静かなスペースとなっており、着替えや化粧の終わったお姉さま方が、お客様が来るまでの間、又は、呼び出しがかかるまで席に座っている場所となっていた。

 キョロキョロ見回し、優しそうな雰囲気の一人の女性に声をかけた。
「あのぉ、今日から入りました福と言います。宜しくお願いします」
 私は、深々とそのホステスさんに頭を下げた。
「あらぁ、福ちゃんって言うの?私は、夏海って言うのよ。よろしくね」
 どこか温かさを感じる温泉宿の女将さんと言うイメージだ。

「私はね、東北の寒い所の出身なのよ。だから源氏名はあえて夏を入れて、夏海よ」
「そうなんですか!素敵なお名前ですね」
何と羨ましい。どちらかと言うと彼女の方が、福と言う名前がピッタリだ。

「今日からお世話になります、福と申します」
「どうぞ、宜しくです」
 選挙運動ではあるまいが、福は何人ものお姉さま方に頭を下げ続けた。

 チラッと見ただけで頷くだけの人、優しく頑張ってねと言ってくれる人、
へぇ~福って、ずいぶんレトロでピッタリね、と笑う人、様々であった。

すると突然、マイクでホステスの名前が呼ばれ始めた。
「祥子さん。祥子さん」
「ゆかりさん。ゆかりさん」
「夏海さん。夏海さん」
 次から次へ、ホステスの名前が呼ばれる。7時半になると、お店は急に忙しくなるようだ。

 先程の夏海さんも呼ばれている。
どの女性も自分の名前が呼ばれると、どことなく誇らしげに、長いドレスの裾を少し持ち上げ下の階に降りて行くのだった。

つづく