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オオフサ爆誕25周年のアニバーサリーを妻と過ごした日常の記録。ライフアズワークな日々。

誕生日というのはどこか日常の時間軸の延長にあるのは確かだが、節目や転換となる時もありどこか特別なスペースでもある不思議な日だ。自分がそうは思っていなくても、大事にしてくれる人がいるととても嬉しくなるし、そんな相手の誕生日も愛しくなる。共鳴する共感性。

家に帰ると「いつものごはん」を希望していたのに彩度高めな晩御飯が用意されていて目が覚める。(妻は夜勤明けで相当眠そうであったが、わざわざこんな準備をしてくれてありがたい。カメラの焦点が合わないのは眠いからではなく、最短撮影距離1m、f1.4のせい。)

起きてはケーキを食べたり、何もない天井をみながら誕生日の予定を絵空事の様に思い浮かべてみる。

必需品と呼ばれるプレゼントを買いに行くため、灼熱の車内に乗り込む。相変わらず暑さのせいかピントは合わない。


生活感とアンテナと、タンクにトラス構造。全てが空に向かっている。

服を見るのが本当に好きな妻、萌子。ファインダー越しにショッピングと会話を楽しむ。

しばらく車を運転すると、氷見に着く。波で描かれた砂の模様とその反射。絵空事の様だ。

人工物と大自然の間にはいつも柵がある世の中になった。

柵とガードレールの内側から自然を眺める。この柵も木目調の合成樹脂素材。不自然。

シャッタースピードが足りない青空と絵空事階段。階段に人が加わるとドラマが生まれる。

空と山、海の間に合成樹脂のフェンスはない。これが自然だ。

それでも送電線に区切られる海。電柱は木々や花々と同じ様に生えている。

青い空に青い蝶。リンクする色にどこかデジタルなデザインを感じる。

もみじ姫という名前を聞いて、低解像度でぼんやり秋を連想する。

冷ややかな雨晴トンネルを抜けてもまだ秋は来ない。暑いが富山に戻る。

日用品と食料を買いにショッピングセンタへ出かける誕生日。老朽化対策と増築、光と影のコントラスト。

ロゴとシンボルマークを持たないミニマリズム。文字とフォントによるブランディングも光が滲むと境界が曖昧になりそうだ。フェンスはここには無い。

帰路につく。小麦畑とラーメン屋。個人的になかなかにいい構図と思う。
フェンスの内側と外側。送電線。自然的であり人工物でもある。

休日と誕生日、仕事の間にフェンスはない。今日も1日、ファインダーを覗きながらただ自然に思考する。その過程をアーカイブとして、写真の投稿。

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