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5. 怖い上司がやってきた。

 山本さんは身を乗り出し、ナカガワさんの胸ぐらを掴んだ。そして、四方に振り回しながら、叫んだ。

「報告していないことがあるだろう!」

「ちょっと何するんですか、やめて下さい!」

 同じ営業でも山本さんは3D広告の営業で、ナカガワさんは2D広告の営業。広告媒体やスポンサーが違うので仕事の接点はないはずである。

「一体僕が何をしたんです?僕が山本さんに報告しなかったことが今までありますか?」

 山本さんは無言でナカガワさんを振り回していた。明らかに正気ではなかった。

「ちょっと離してくださいよ。」

 力強く振り回していた腕は、次第にゆっくりになって、しばらくして止まった。その隙に、ナカガワさんは山本さんの腕を払いのけ、こっちに戻ってきた。

「僕は10時から打ち合わせなんですよ!」

 僕は戦場がこっちに移ってきたような気がした。そして、案の定、山本さんが叫びながらこっちに向かってきた。

「おらー」

 生きた気がしなかった。山本さんは僕の後ろの席のナカガワさんのイスを力いっぱい蹴った。僕のすぐ後ろでだ。イスがスライドして、ナカガワさんごと移動していく。3回目の蹴りで、ナカガワさんがフロアーに転げ落ちた。山本さんは転げ落ちた中川さんの上にまたがり、また胸ぐらを掴み、上下に振り回していた。ナカガワさんはなされるがままにしていた。

 突然、山本さんの動きが止まった。はーはー、という山本さんの呼吸音だけが聞こえる。我に返ったのだろうか。ただ一点を凝視していた。

 沈黙があった。ほんの数秒だったろうが、随分長く感じた。ナカガワさんは山本さんの腕を丁寧に払い、ゆっくりと起きあがり自分の席に戻った。そして、資料を鞄に入れて、オフィスをあとにした。

 それから、山本さんと僕の二人きりの長い午前中が始まった。

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