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陰謀論小説を書いてみた/陰謀論基礎●小説DS(ディープステーツ)

陰謀論基礎●小説DS(ディープステーツ)

陰謀論は100パーセント近く信じてしまう人と、100パーセント否定する人が多いような気がする。そこにどのような心理的な背景があるかは興味深いがここではおく。
僕は中間的な立場である。

わりと陰謀論はチェックする。
しかし、マニアックではない。
わからないから陰謀なのである。
キリがないし、自分が「突き止めた!」と思っても、それで人を説得できるわけでもなし。
世界が変わるわけでもない。
*

陰謀論の中でも、DSという言葉はあまり好きではない。

wikiによればディープステーツとは、
「闇の政府、地底政府とは、アメリカ合衆国の連邦政府・金融機関・産業界の関係者が秘密のネットワークを組織しており、選挙で選ばれた正当な米国政府と一緒に、あるいはその内部で権力を行使する隠れた政府として機能しているとする陰謀論である」
ということである。

陰謀論者の何割か、あるいはこの言葉を聞いた人の大部分は、この言葉で非常に固定的な意志決定のための組織を思い浮かべるのではないかと思う。
もともと「Q」の用語だろうか。
DSは陰謀がなんでも入る万能の箱のように使われる。
つまり、007で言えばスペクターのような意志統一された機関が全世界で陰謀を巡らせているように想像が行く。
それは荒唐無稽のように思われても仕方ない。
だから、あまり好きではない。

しかし、僕は「DS的な存在」がないとは思っていない。
たとえば、「岸田は財務省の言いなりだ」というとき、すでに選挙によって選ばれた政府を超えた意志がそこに存在する。
その他、財界や宗教界などさまざまな圧力があるだろう。
そのエネルギーは個々の思惑のベクトルの統合されたものに過ぎない。

それをDSという言葉で一つの意志としてくくるのはどうであろうか。
しかし、彼らのおよその利害は一致しているようにも見えるのだ。
金持ち喧嘩せず。
およその落とし所は共有しているのだろう。

日本には日米合同委員会というものがある。
これは日本の進路を決める。
政府を超えた影の決定機関であるから、日本のDSといって過言ではない。

だから、アメリカ、あるいは全世界におよそDS的存在はある。
しかし、それはスペクターのような固定した機関ではない、というのが僕の見解だ。

固定的なDSのイメージが一部の陰謀論者を暴走させ、また陰謀論など頭からバカにする連中を生んでいるのではないか。

ここで一つの可能な、それほど非現実的でないDS像を提示してみることを思いついた。
それはアメーバのような形の定かでないメカニズムである。

本家アメリカのDSであるが、僕はこれはたいへんサロン的なものではないかと想像している。
サロン的といっても、「なんのこっちゃ?」と、人々の想像は及ばないだろうと思う。
だったら、これを小説、一編の戯作にしてよいかなと考えた。
考えたらその世界が動き出して止まらなくなった。
こういうときは書いてしまうに限る。

書いていてわかったこと。
彼らは「陰謀」を企んではいない。
「陰謀」などない。
ただ彼らの事業を、ゲームを、そのルールに従って進めているだけだ。
それは彼らのレベルでは「陰謀」ではない。
いくつかのグループ、社会的地位や財産の階層があって、そのグループや階層ごとに薄いベールがかかっている。
どんなに薄いベールでも10枚も重なれば中を覗き見ることはできなくなる。
結果的に隠されるので、下から見上げて透かしみようとすれば、それは陰謀なのである。

我々はいつも「世界的な陰謀を企む組織」をいわば「下から見上げている」。
これはDS側から「下を見下ろした」ときの眺めを体験できる小説である。
そして、上に書いたようにDSがスペクターのような組織でなくても存在しうる、という感覚を持ってもらうための小説である。

かなり漫画チックに描いているが、これに類することは実際にありうると思う。

では、はじめよう。

*******

……。
たとえば、ニューヨーク時間の日曜朝8時。
アメリカを中心に選ばれた超大金持ち、実力者たちのTV電話ミーティングが始まる。
ZOOMミーティングのようなものだが、かつてのアメリカ、ソ連の間のホットラインのようなもので、決して外部からハッキングできないラインが特設されている。
ここで話されることが外に漏れることはない。
そこは治外法権、司法、立法、警察、軍などの掣肘を超越した世界なのだ。
誰かが自分の関わる殺人や小児性愛その他の世間で悪徳、また犯罪とされることについて語っても、メンバーは「ふーん」以上の反応はしない。

「人を殺してはいけない」などは彼らに言わせれば奴隷道徳に属する。
このメンバーたちは、どこかで奴隷道徳を超越する経験を経ている。
彼らの資産が膨れ上がっていく過程で自然に獲得されたものものである。
しかし、それだけではない。
メンバーは彼らに匹敵しようとする力のある存在、「正しい資質」を備えた者をつねにチェックしている。
一度見出されると、彼はメンバーの候補となる。
パーティ、会合などの会話を通じて資質がさらにチェックされる。
メンバーによる誘導、指導によっていくつかの経験をし、最終的に彼らは奴隷道徳を超越する。

奴隷道徳から抜け出せない者たちは、メンバーとして不適とされた。
メンバーになる直前に彼らが経験することは一種の通過儀礼なのである。
「汝の欲することをなせ」
自らの意志や欲望を満たさないこと。
これが彼らの最後の悪徳になる。

道徳律が階層によって違うのはむしろ当然ではないか?

貧しい者はジャンクフードの新製品に飛びつき群がる。
我々はトップクラスのシェフを高額の給料で雇い、健康と美食を追求する。
それぞれの階層にふさわしい楽しみがある。

もちろん、メンバーになっても旧道徳の尻尾を失いきれない者もいる。
そういう者たちは発言が少ない。
メンバーのふるまいに無意識の反感を表してしまって、メンバーから外されたり、仲間外れにされたら困る。
それは「転落」を意味する。

メンバーの内部には最上級の「情報」と「世界観」がある。
それは純粋な「金」のように精錬されたものだ。
それを錬金術の実現と呼ぶ者もいる。

道徳律と同様に情報にも階層がある。
この「金」の情報に慣れてしまうと、その下の「銀」の情報(ときには銅や鉄クズの混じった〕の世界は耐えがたい。
「金」の情報が具体的に投資で莫大な富を産むからだけではない。
それは山頂からの眺めなのだ。
八合目からでは決して望めない絶景なのである。

だから、メンバーは誰もが目に見えないメンバーの道徳に従っている。
彼らの犯罪や悪徳をリークするなど、考えられもしない。
リークしたところで陰謀説と笑われるだけだ。
その対価として彼らは転落し、命さえ奪われかねない。

むしろ、メンバーとしての中核に近づくには進んで悪徳の共犯になって見せなければ信用を得ることはできなかった。
チンピラの仲間になるときに、最初に言われるがままに万引きや強盗などをして度胸を見せないといけないのと相似形である。
フリーメーソンやイリュミナティのような明確な位階や儀式はない。
完全に自由な雰囲気だ。
ただ中核メンバーに近づいて信用を得るほど、自然に情報の質も高く濃くなるのではないかと新入メンバーは感じていた。

悪徳に手を染めるといっても、一部の快楽殺人を除いては、彼らが直接手を下すことはない。
むしろ、彼らの意志はいくつもの企業や組織を経由して闇の中につながっていく。
その支払いも全く関係のない商取引の中で精算された。
万が一にも彼らと犯罪が直接結びつくことはない。
仮に誰かがよほどのヘマをしても検察・警察・マスコミは彼らの「磁場」によって歪んでいるので違う結論に導かれる。

良心の痛みというものが最初から欠けているメンバー、「向上」することによってそれを失ったメンバーは株の売買と同様にほんの指先の動きで何人かの命を奪うことすらできた。

彼らの基本的な共通認識は「人類は多すぎる」である。
あるとき、「地球上に人類は何人くらいが適正なのか」というテーマが話題に上がったことがある。
彼らはそれぞれが自らのラボ、シンクタンクにこのテーマを持ち帰り、最新AIによってそれぞれに結論を出した。
どこでも現状の人口を肯定する結論は出なかった。結論の多くは現在の人口の半分以下であり、10分の1でいい、という研究もあった。

人口を半分にするといって、現に生きている人間をどうするのか? という問題は不問にして最適人数を出せばそのようになる。
人数を最適化すれば、地球温暖化や食料問題も簡単に解決する。
まさにソリューションという言葉にふさわしい解決である。

そのときから人類を削減するのは、彼らの共通の善となった。

メンバーは40人以上いる。
自家用ジェットでランチに行くようなセレブたちは(日本のように自家用ジェットを持たない者がセレブと呼ばれることはない)、もともと貴族的な選良意識を多かれ少なかれ持っている。
しかし、メンバーはそれ以上の選良意識のエッセンスを共有していたし、さらに求めていた。
メンバーの存在は基本的に秘密厳守だが、セレブたちの社会は薄々その存在を知っている。
そして誰がメンバーかについても「当たらずとも遠からず」の憶測を持っていた。
メンバーは羨望の対象である。
たいへんな名誉と言えた。
彼らは選ばれた者の中の選ばれた者である。
そこから外されることをメンバーは恐れている。

他にもセレブたちのつながりやグループはあったが、彼らほど強力でも秘密でもない。
遊びや趣味を共有するグループが多かった。
また〈メンバー〉は強い目的意識を持った集団だと思われていた。

メンバーは毎回ミーティングに顔を出すとは限らない。
参加が義務でもない。
イーロンなどは、最初一回顔をだしたきりで二度と来ない。
「自分が中心ではないミーティングなど数分も耐えられない!」ということらしい。
メンバーは多かれ少なかれそういうタイプだが、イーロンは極端だ。

そのように籍があるだけでほとんど参加しないメンバーと、常連、その中間のようなメンバーがいて、毎回10人ほどが顔を出す。
今日はビルが参加するというので、20人近くが参加していた。
ビルは月に一度は参加する。
参加するときはあらかじめ予告するのが彼のやり方だ。

朝食を食っている者もいれば、薄着の若い女房?の尻を撫でていちゃつく者、ワークアウトする者、他のパソコンと向かい合いながらときどき反応する者と、それぞれが遠慮がない。ふだんから人に配慮するという習慣がないからだ。思い思いの姿である。

軽くおはようの挨拶が済むと早速会話が始まる。
ビルをはじめ「時間を無駄にしたくない」というメンバーは多い。

ゆっくり挨拶をしたいメンバーは裏でチャットを始める。
小児性愛者のグループなどは、このときチャットで盛んに情報交換をする。
この情報交換のほうが大切なメンバーもいる。

小児性愛には長い歴史がある。
倫理観を超越した者たちは体験することに何の躊躇もない。

体験しない者、体験したけれども、「もうけっこう」だという者、他のセックスよりも痛烈に快感を感じ、それにハマる者がでてきた。
いちばん後者がグループを形成していた。
あらゆるセックスは金で買える。
だからグループを作る必要はない。
小児性愛だけは合法の範囲を逸脱している。
それゆえに同好の士が集まり、情報交換しあう。
金さえあれば、需要に対して供給する仕組みは十分にできていた。

「何か面白いニュースはあるかい?」誰かが始める。
「CIA方面から聞いた。D国でそろそろクーデターが起きる。やっと工作が実るようだ」
「いつ?」
「3か月から半年後の予定」
「あ、それ俺も聞いた」
「大きな戦争になる?」
「いいや。すぐ収まるだろう」
「となると、どこに投資すればいい? 穀物か?」
「うちのラボですでにシミュレーションしているからあとで全員にデータを送る。いつものように連動しようじゃないか。動かす金はデカいほうがいい」

戦争は彼らの中で主要な話題の一つである。
『よく管理された戦争』、これが彼らの合言葉である。
万が一にも本格的な核戦争は困る。
制御できない世界大戦になるのも困る。
戦争は何より企画と根回しである。
それから準備、実行。
CIAは広告代理店のように戦争の企画を持ってくる。
彼らはつねに下ごしらえをして、戦争の火種を絶やさないようにする。
彼らは平和になれば用済みになる。
巨大産業である軍需産業も同様である。

メンバーのほとんどは軍需産業かその関連の株や会社を持っている。
軍需は隠れた世界を動かす巨大なエンジンである。
したがって武器が消費され、需要が喚起されること自体が喜ばしい。
というより絶えない戦乱は必要なマーケティングであった。

戦争には、政治、軍事の背後に経済がある。
これらのコンビネーションが最近格段によくなっているのは、メンバーの米軍に対する影響力が強まっているためだ。
軍隊は閉鎖的な組織だが、ブッシュ時代、9.11の成功前後から経済界との結びつきが強くなった。

高位の軍人には引退後の顧問のような役職に高額のオファーがある。
お堅い軍人にとっても蓄財のチャンスは見逃せなかった。
見返りを用意して周到に準備すれば、経済界の要請でそれなりの規模の軍事作戦を起こすことができるようになった。
CIAは潤滑油のようなものだ。
もともと軍隊はミッションを求めている。
そこに善悪の判断はない。
あとは、大義名分を作り出すことだ。
それは主にCIAが演出し、お膳立てする。

戦争の主導は必ずしもメンバーではない。
誰かが決断して命令するというより、戦争という巨大な目に見えない機械(メカニズム)があって、それ自身が生命を持っているかのように有機的に動いていく。
人が動き、金が動き、政治が動き、軍が動き、いつか機が熟していく。
メンバーはその動きに乗り、ときにはいくつかの仕組みや演出プランを考えることがある。

彼らの主導でなくても戦争の情報は遅くとも数ヶ月前にはメンバーに入ってくる。
彼らはもはや自分の事業を大まかにしか把握していないが、戦争のときだけは、たいへん鷹揚に少しばかり「資産の移動」を行う。

下がりそうなものから金を引きあげ、上がりそうなものに移動する。
メンバーが金を動かせば、そのこと自体が市場の波を作り出す。
しかし、それを利用して相場を作りはしない。
彼らは戦争の情報のタイミングで少しだけ金を動かす。
戦争は激動である。
それを予知できる。
そして彼らがそれぞれに持つシンクタンクは、その影響を俯瞰的に分析することに長けている。
それだけでいつの間にか金は膨れ上がる。
メンバーはそのことに慣れきっている。
だからメンバーはやめられない。
もうすでに何回生まれ変わって湯水のように使っても使いきれないほどの金はある。
しかし、財産は減るよりも増えるほうがいいだろう?
戦争を金にするのはロスチャイルド以来の伝統である。
その精神とノウハウは今につながっていた。

どこまで財産は増え続けるのか。
彼らが金を世界から吸い上げ続けるとどうなるのか?
日本円にして何十兆という彼らの資産は、あちこちに配置され日々膨れ上がっている。
いったいいくら持っているのか。それすら彼らにもぼんやりとしかわからない。
湯水のごとく金をばら撒いても、爪の垢ほどしか減らない。
うなるような金は快楽や快適の追求だけではとても使いきれない。

慈善はよくできた儀式である。
端金を払って節税にもなるし、名声も上がる。
世界には善意があると《羊たち》は信じることができる。
しかし、メンバーに本気で《羊たち》の幸せや福祉を考える者はいない。

彼らの中で「人々」という言葉はいつしかしっくりこなくなっていた。
誰かが一度冗談で《羊たち》と呼んだらそれが定着した。

それは犠牲の羊であり、導いてやらねばウロウロと自分の方向も決められない愚か者の群れであった。
《羊たち》は〈世界の本質〉も知らず、目の前の幸福や不幸に没頭していた。
メンバーはそれが自分と同じ人間とは見ていない。
羊は羊の世界で一喜一憂していればいい。

〈世界の本質〉が何か、彼らにも見えているわけではない。
しかし、彼らは世界でいちばん高度で影響力のあるゲームに参加しているというプライドがある。
メンバーになるまでは、ありあまる富を持て余すような気持ちもあった。
しかし、メンバーになると、まだまだゲームの途中に過ぎないと感じることができる。
自分たちは世界を見下ろし、把握し、偉大な目的に向かっている。
ゲームが終盤を迎えれば目的もはっきりしてくるだろう。
それまではメンバーはただ同調してコマを進めていけばいい。
〈世界の本質〉が何かは知らないが、それを最初に知り、眺め渡すことができるのは自分たちだ。

メンバーは同調的なメンバーとアクティブなメンバーに分かれる。
ビルや少数のアクティブなメンバーは次々に新しいイベントや企画を考える。
それはエキサイティングだ。
地球と人類の方向を自分たちが作り出していると思えるものだ。

「マウイはやり過ぎじゃないのか?」
「あれはうまくいった」
「やり過ぎなんてことはもうこの世にありゃしないさ」
「あのやり方は他でもできるんじゃないか?」
「ブラジルの貧民街とかどうだ?」
「同じやり方が通用するだろう。すでにみんな考えているよ。あれこれ現在進行形だ。現在準備中の計画もあるから、リポートを送っておく」
「台湾はどうだ?」
「習近平はなかなか挑発に乗らないようだ」
「奴は毛沢東主義だろう」
「毛沢東は『1の敵に10であたれ』というタイプだ。内弁慶で、いわば弱い者いじめが得意なのだ。国内の少数民族は弾圧するが、我々を敵に回すのは、得策ではないと見ている」
「後継はどうだ?」
「みんな小粒だ。戦争を起こすなら習近平のほうがまだ簡単かもしれない。まあ、ぼちぼち煽っていけばいいだろう」
「しばらく戦争はウクライナでいいだろう」
ウクライナは、CIAが8年がかりで整えた自慢の企画だ。
誰もが潤っていた。
ビルなどは、
「自分の身を削るようにして戦争しているプーチンは哀れな愚か者だ」と言った。
我々は戦争のたびに肥え太るのだ。
二度とベトナムのような利益のない戦争はやらない。

もちろん戦争であるからには、損耗しているもの人命を含めてたくさんあるだろう。
しかし、それらは彼らには無縁で関心がなかった。
なにしろ、人口は少ないほどいい。
戦争で損耗していくのは歓迎だった。
戦争に伴う貧困や混乱も、彼らの目的を損ねるものではなかった。
貧困は問題ない。
やがて世界は一握りの持つ者と、貧しい者にくっきりと分かれていくだろう。
戦争の混乱はいくらでも安い労働力を生み出す。
仮に餓死するような者が出れば、それはまた彼らの目的に適う。
人口の削減はなるべく自然な変化として行われていくのが望ましかった。

貧困なものたちは目の前の現実で手一杯で、正確で十分な情報もなく混乱していた。
万が一にも反乱を起こすようなことはない。
強力なリーダーが現れれば別だが、リーダーが現れればそのときに懐柔してしまえばいい。
弱みのない者も欲のない者もいなかった。
弱みも欲もない聖者のようなものが現れたら、潰してしまえばよかった。
要するに貧困な者が増えることは、必然であり、メンバーにとってもどちらかと言われれば好都合だった。

戦争の話がひと段落すると、食糧の企画の話になった。

「僕のほうでは牛の遺伝子と豆をかけあわせて、牛の味のする豆を作った。味はまあまあだが、ハンバーガーのパティくらいには使える」
「うちの研究はもっとすごいぞ。前にも言ったかな? 『自己増殖する肉』が完成した。工場で水と光、栄養を与えれば、どんどん分裂して大きくなる。世話がいらない。完全に自動化できる」
「それはすごい」
「遺伝子組み換え食品は将来、従来の30倍以上の生産効率を達成するだろうと考えている」
「もう実用化できるのか?」
「もう可能だが、遺伝子組み換え食品には《羊たち》にも若干の抵抗がある。これを慣らしておく必要がある。それから旧来型の畜産業を処分する必要もある。……いまは、この肉を腐りにくくする研究をしている。輸送費と保管費の大幅なコストダウンになるのでね」
「俺はそんなものは食いたくないな」
「我々は別さ。こう見えても私はナチュラリストだ。私には各地に原種の植物の広大な有機農園がある。また放し飼いの牧場もね。みんなも用意しておいたらいい。もちろんジェット機でランチにきたら、いくらでも御馳走する」
彼らの多くは核戦争にも耐えられる広大なシェルターを準備していた。
シェルターで退屈せずに快適に暮らす環境を作るには莫大な金がかかる。
それは彼らが求めている間違いなく価値のある金の使い道であった。
また世界のさまざまな汚染から免れる場所も世界中に確保してあった。
これはひどく難しいことになりつつあったが、小さな国ほどの土地を買えば、その中を比較的清浄に保つことはできた。
そのような準備こそ、工夫のしがい、金の使いがいがあった。
メンバーに環境汚染を心配する者もいたが、それは口に出しにくかった。
全体にそのことを気にする雰囲気はなかった。
彼らが動けばそれなりに効果が上がるだろうが、他の事業家たちは環境を汚染し続けるだろう。
なぜ我々が損をしてその尻拭いをしなければならないのか?
メンバーが「善玉」になるのは御免だった。

それに人類を削減していけば最大の環境浄化になった。
人類が半分になれば使うエネルギーも半分、生産物も半分、ごみ、廃棄物も半分になる。
人類こそ最大の汚染源である。
人類を数分の1にしてから本格的な環境浄化に取り組むほうが資本効率がよかった。

そういうわけで環境が気になるメンバーはせいぜい環境団体や環境ビジネスに寄付や投資をしたが、人類を削減しない限り気休めでしかなかことを知っていた。

「食糧といえば日本がたいへん興味深い」
ビルが手元のノートパソコンから顔を上げて話に参加してきた。
ビルはネクタイこそしていないが、ジャケットを着ている。
ビルが一度話始めると、そのまま全部話は持って行ってしまうことが多い。
ビル「日本は放射能汚染水を垂れ流し始めた。中国は日本の水産物の禁輸措置を取った。これは漁業に壊滅的な打撃を与えるだろう。漁業も工場生産化を進めるべきだろう。
我々の食糧産業が発展しきる前に海の汚染が進んでしまうことは避けなければならないが、食糧の供給を一元化することは我々の目的に叶う。
日本政府は今、畜産農業漁業に圧力をかけて旧来産業を潰そうとしている。
食生活を変えていくのだ。
今回はコオロギを食べさせる、という企画を試しに米政府が日本に持っていったら、抵抗するどころか丸呑みにしてしまった。さすがに日本人にも虫を食う食習慣はほとんどない。しかし、勧められたものを食べないのは失礼だ、と彼らは考える。
信用ある大手の食品メーカーまでが、抵抗なくコオロギを扱うようになった。
彼らはじつによく教育されて礼儀正しい。
教育されることによって自分が何者かを見失う。本来の自分を失うのだ。
昔の日本の政治家は教育程度は低かったが、性格はゴツゴツしていて、アメとムチで動かさなければならなかったが、今やこちらが小指の先を動かすだけ、眉をぴくりとさせるだけで意を汲んでくれる」
「それはソンタクという美徳らしい」
「彼らはサッカーを観戦にいってスタジアムを掃除して帰るらしいじゃないか」
「ほんとか。考えられんな。掃除夫が失業してしまうぞ」
ビル「日本の教育こそ、すばらしい。無駄な個性を削ぎ落とす。彼らは理想的な《羊》を作り出す。自らを平均化しようとする。つねに平均値と比べて自分と他人を判断する。そして、自分たちと違う黒い羊は社会からいびり出してしまう。そうして粒を揃えてから改めて個性を出せ、という。たいへん計算しやすい導きやすい民族だよ」
どうやらビルは日本に彼なりの関心があってチェックしているらしい。
「計算しやすいといえば、《世界コンピュータ》はどうしたね?」
誰かが尋ねた。
《世界コンピュータ》は、世界の主要なできごとを予測するコンピュータである。
ビルは数年前からこれに注力していた。最高のスタッフを揃え、可能な限りの有用と思われるデータを蓄積し、最高機能のコンピュータを使って分析したが、結果は思わしくなかった。
ビルの苦戦にみんな面白半分の興味を持っていた。
ビル「一致率は、27パーセントから43パーセントに上がった。これには日本の将棋AIの考え方を取り入れた。3つの別々のシステムを作り、この予測を戦わせるのだ。この結果の相互分析によって一致率を70パーセント近くまではあげられるだろう。
しかし、このやり方は予想以上に金がかかる。金がいくらあっても足りないよ」

メンバーは、ビルの「金がいくらあっても足りない」という口癖にニヤニヤした。
足りないはずがないのは、メンバーはみんな知っている。
金が足りなくなるほどの使い道で、意義のあること、そしてさらに富を産むもの、それこそ彼らが求めているものでもあった。
ビルはこの口癖は歓迎されていた。
ビルはこれを口実に、しばしばメンバーに投資を求めた。
そして、ビルは自分のプロジェクトへの投資に関しては義理堅く、投資した以上のものを返してくれる。
金で返せないときは、情報やその他の形で。
ビルの影響で、メンバーは自分の持っている有望な事業、儲けが確実な事業についてメンバーの投資を募った。それが一つの挨拶、マナーとなっていた。
相互投資はメンバーにとって、お互いを理解することであり、交友や絆を作り出す機会だった。
そして多くの投資が実際に新たな利益を生んだ。
そして、彼らの利害はより一体化していった。

ビル「《世界コンピュータ》は、そもそも気候分析のモデルから始まっている。気候、自然もなかなか手に負えないが人間はもっと手に負えない。気候については近頃さまざまな人的干渉の方法が実用化されてきた。米軍の気象兵器のことだ。
人的な干渉を行って、その結果を観測するという手法を取ることによって予測精度は飛躍的にアップした」
「近頃では、その人的干渉をやり過ぎたせいで災害を呼んだり異常気象をもたらしているとも言われているぞ」
ビル「それはデマだ!」

ビルの気分は急に氷河期のように冷え切り、氷の刃で異論を断ち切った。
ビルの特質として感情はなだらかな曲線を描かない。
デジタルに断崖絶壁のように変化した。
一回氷点下の温度に下がってもすぐに元の温度を取り戻す。
ビル「とにかく。今は人間の行動を予測することのほうがはるかに難しい。態度のバラつきが多すぎる」
世界コンピュータは、気象、エネルギー、株価、為替など経済の動き、軍事、政治、工業、農業、水産業、畜産業などあらゆる産業の動きを網羅している。
情報の精緻化や日々のシステム改良に伴い、個々の予測精度は日々上がっているが、それらを複合させると予測精度は下がってしまう。
ビルの抱える優秀なスタッフたちも四苦八苦するところであった。

ビル「人間というやつはいまいましい」
計算できない動きをする人間たちほどビルの嫌いなものはなかった。
コンピュータで世界の完全なシミュレーションを作り出す。
そのためには、人間もデータ化されなければならなかった。
世界はコンピュータに似てくるべきだ。

計算できない人間たちはビルをイラつかせた。
マウイのロコなどは典型だ。
古臭いものにしがみついて、進歩を阻害する。
情報につながり、それに左右される者たちこそが新しい時代にふさわしい。
確固とした自分を持つ者、変わろうとしない者、周囲と違う判断をし行動する者、こういう者をふるいにかけて排除していくべきだ。

ビルは古いコンピュータを次々に陳腐化させて、新しいコンピュータを売ってきた。
それと同様に自らをアップデートしようとしない者たちは次第に居場所を失うように仕向けるのだ。

習近平の少数民族に対する迫害をビルは支持していた。
しかし、中国そのものは情報がいびつで少ない、という意味で処理しなければいけない対象だった。
何をするかわからない勢力はいらない。
中国、ロシア、イスラム圏は、少しずつその力を削いでいかなければならない。

キリスト教はアフリカをかつて「暗黒大陸」と呼んだ。
暗黒の世界をキリスト教と文明の力で教化し、光を入れて切り刻んだように世界はまだまだ暗黒だ。均質化させ、一元化する必要があった。

「貧乏人と病人、弱者は把握しやすい」
それがビルの考えである。
国、民族、個人を把握しやすくなるまで弱らせる。
それを推し進めなければならない。
利益を出しながら。
なぜなら利益は人と人、国と国とを最も簡単に結びつける。

win-winの形を作っていくだけで文明の方向は決まっていく。

ビル「もっとワクチンを打つんだ!」
ビルは唐突に自分の内なる言葉を口に出してしまった。

「コロナ騒動も頭打ちで、ワクチンの害毒も広まってしまった。そろそろ難しいのではないか」
ビル「日本などまだまだ買う気でいる。それに今度は……、少し致死性の高いウィルスを撒くことを考えている」
「おいおい、俺たちまで死んでしまったら元も子もないぞ」
ビル「いま、研究しているのはウィルスに時限装置をしかけることだ。1ヶ月半から2ヶ月で極端に弱毒化するウィルスができる。しかし、2ヶ月もあれば《羊たち》がパニックを起こすのに十分だろう。《羊たち》は、1,2年はワクチンに殺到する」
「俺たちは大丈夫なのか?」
ビル「特効薬がある。イベルメクチンだ。……それともみんなには僕の特性ワクチンを配ろうか?」
「ビル、それは遠慮しておく」
ビル「あはは。それは残念だ」
ビルは近頃では珍しく少年のような笑顔になり、愉快そうに笑った。

ビルが武漢ウィルスの発案をしたのは、コンピュータ・ウィルスからだったという。
ビルはコンピュータ・ウィルスにたいへん興味を持ち、全種類を収集している。
ウィルスとワクチン、それぞれの相関と進化が彼の好奇心を刺激した。
無限のイタチごっこ。
そして、マッチ・ポンプ・ビジネス!

しかし、彼の立場で本腰を入れてマッチ・ポンプ・ビジネスに参入するわけにも行かず、やがて彼は欲求不満となり、そのアナロジーで人のウィルスとワクチンの関係に興味を持った。
今でもコンピュータ・ウィルスにはインスパイアされ続けている、と彼は語る。

ビル「みんな健康に感心があるよね?  僕はいまDNA医療を研究している。DNA医療一般ではなく、僕個人のDNAを研究して、そこから最適な医療を導き出すんだ。いわばたった一人のための医学だ。世界の最前線の研究者、医者を引き抜いてきて、必要な機器をすべて備えてね。世界最高の医療施設だろうね。金がいくらあっても足りないんだ。みんなのDNAでもできるよ。少しばかり投資してもらえればね」

何人かがもぞもぞと身じろぎしたので、投資する気十分と見たビルは続けた。
ビル「これであと150年ほど生きられないかと思っている。100年くらいならメドがつくかもしれない。……といっても、人間の身体のことだからね。来月に死んでしまう可能性だってなくもないけれどもね」

メンバーはビルはあと150年生きるつもりでいるのか、と衝撃を受けていた!
快楽を思いのままにする大富豪にとって不老不死こそがテーマであった。
ビルはメンバーが衝撃を受けた部分を勘違いした。
ビル「僕が一ヶ月後に死んだからといって心配はいらない。僕はまたここに何事もなかったかのように現れるよ。というのは、僕は自分自身をかなりの精度でAI化したんだ。事業に5つの選択肢があるとして僕ならどれを選ぶか、というテストをしたんだ。このAIはすでに97%の一致率に至っている。さらにデータをインプットしているから日々僕自身に近づいている。映像も準備してあるから、君たちはきっと何も気づかないに違いない。一度テストしてみるかな?」
メンバーたちはしげしげとビルの映像を眺めなおした。果たしてこれが本物だと確信していいのか。幻を見ているような気分になった。

ビル「僕はこのAIに全事業を継がせるつもりなんだ。これには3つの方法がある。一つは別の人間を代表に立てておいて、実際の決定はAIにくださせるということ。もう一つは、法を改正してAIが法人の代表権を持てるようにすること。もう一つは僕が死んだことを秘密にしてAIが生き続けることだ。それぞれ一長一短なので考えているんだ」
やはりこれは未来世界なのだ、人類の未来はここにある、とメンバーたちは思った。
次第に興奮して目をキラキラさせたビルは叫んだ。
ビル「君たちのAIも作ることができるよ! 僕らは不滅の存在になれる!」
珍しくビルが少し間を置いた。
ビル「そして、《世界コンピュータ》が90パーセント以上の精度になったとき、僕らのAIと《世界コンピュータ》をリンクさせるんだ。それで僕らは《世界の意志》になれる。いや、《世界》そのものになるんだ!」
沈黙がその場を支配した。
ビルは神か?
さもなければ……。
たぶん「さもなければ……」のほうだが、それは別に構わなかった。

メンバーの多くは子どもの頃、『モノポリー』のボード・ゲームに夢中になったことがある。
ゲームは資本を持って戦いあい、たった一人が資本を独占したときに終わる。
この世界のゲームオーバーを目撃したい。
誰かがコマやカードをざらざらと集め、ゲーム盤を畳むだろうか。
ゲームオーバーは無理でも最終盤を自分の生きているうちにこの目で見たい。
ビルや数人のリーダーは、間違いなくその世界に導いてくれる。

なんともいえない静寂がメンバーたちの液晶バネルを支配したとき、ビルの机上で電子音が鳴った。
ビル「時間だ」
それまでギラギラと光っていた目が冷めた目に戻り、すっと部屋の温度が下がるような感覚を誰もが味わった。
ビル「では、また」

ビルは家族との語らいの時間も15分、20分と時間を区切っているという。
去るときはメンバーが挨拶を返す暇もなく消えた。
それにつれて多くのメンバーが去り、気心の知れた連中だけが残って世間話をした。

-先週シェフをクビにしたんだが、どこかにいいのはいないか?
-新しいクルーザーを作ったんだが、お披露目パーティにぜひきてくれ。
-名の知れた女優が大きな失敗をしでかして、パトロンを求めているらしい。
-今度某島に新しいレストランができたんだが、ランチをしないか?(世界各地に自家用ジェットが数機発着できるセレブ専用のレストランがあった)

-何か目新しい遊びはないかな?
そんないつもと変わらない話だ。


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このお話は完全なフィクションであり、実在の人物、団体とは何の関わりはありません。
全くの想像力で書かれており、事実と勘違いしないようにお願いします。


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