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彩りと心のしわあわせ【第11話】支え合って生きる道へ

*この物語のはじめから読む*

第10話を読む*


【第11話】支え合って生きる道へ



お別れ会を終えて、3ヶ月が経過した。

気づくと、年が明けて、既に2月になっていた。
毎日時間は、淡々と過ぎ去っていく。


るいさんこと明美さんと最後に会ったのは、昨年の最終営業日だった12/29のことだった。
そこから再び会えなくなっている。

季節は冬で、庭の手入れもないため、来るはずもなかった。

風の噂によると、最近仕事を辞めて、外に出られなくなってしまったらしい。

これまで経験したことないことばかり、頑張ってもらっていたので、心身ともに疲れてしまったのではないかな、と思っている。


でも、わたしはなんとなく知っている。

失敗したり、躓いた時。
何かにうまくいかなくて、自分のことを否定してしまう時。
苦しくなって、人にも会いたくないと思ったり、外に出たくないと思った時。

その直後は、安心できる場所で、しっかりと休めたほうがいい。
嫌なことから距離を置いたほうがいい。


ただ、その期間が長くなりすぎてしまうと、一歩が踏み出しにくくなってしまう。

自分の楽しめる場所でいいから、社会に所属を求めなくてもいいから、外の空気を吸ってほしいと、切に思う。


そのきっかけが、つかめないだろうか。
そう思いながら、悶々と過ごす日々が続いていた。


この時のわたしは、気づき始めていた。
どこかで、誰かが行動に移さないことには、この物語は動き始めない、ということを。

きっかけを掴むべく、谷口教授のもとを訪ねた。
教授と会うのは、【喫茶 カラフル】のリニューアルオープン日以来だった。  

教授は、忙しかったはずだが、わたしのためにしっかりと時間を確保してくれた。


新年のあいさつと、なんでもない世間話を軽くした後、早速本題に入った。

「どこか心の拠り所を頼りにして生きていた方が、様々な変化に戸惑い、身動きを取れなくなったとしたら、、、わたしはどのようにしたらよいのでしょう?」


谷口教授は、こう答えてくれた。

「腫れ物に触るわけでなく、無理やり出すわけでなく。その方の本来持っている生命力を信じて、普通に生活することだけだよ。草木だって、誰かが引っ張り上げて成長しているわけではないでしょう。『きっと大丈夫』と信じてあげることが、いつか栄養として届いて、また花を咲かせる準備をするはずだから。」

「あとは、淡々と、これまでのことを続けていくことだね。」


研究室を後にしたわたしは、脳内で教授の言葉を反芻していた。

明確な答えこそ出なかったが、「今はその芽を出す時期ではない」ということなのだろうか。

文具屋さんに立ち寄り、淡い色合いの花柄ノートを1冊だけ購入し、帰宅した。





あっという間に、3月になった。

街は、新生活準備の文字が目立つようになってきて、気温はまだ冷えるものの、春の訪れを遠くから感じられる。


この頃、お店にもある変化が起こり、わたしがお店に来る頻度を増やしていた。

変化の時。必ず、彩芽から連絡が来る。

「ここちゃん。お店に来る日を増やせないかな。ちょっと体調が良くなくて。」

こう打ち明けられたのは、2月の下旬のこと。
「あーちゃん、大丈夫?何かあった?」

実は…と神妙になり言われたのは、妊娠したという報告だった。

わたしが本業の日は、頑張ってお店に出るようにしてくれていたみたいなのだが、立っているのもしんどく、座っていることも多くなってきたらしい。

「無理しないで。ちょっと考えるね!律輝さんには、申し訳ないんだけど、少し時間が欲しい。出来るだけ急ぐね。」

そう伝えて、電話を切った。
手帳を開き、自分のスケジュールを確認した後、自分の心と対話した。


ひょんなきっかけから、喫茶のサポートをすることになり、1年弱。

喫茶では、常連さんだけでなく、様々な方と接してきた。
それぞれに物語があり、心の拠り所を求めていることがわかった。

日々いろいろなことが起こる日常。
決して、優しいことばかりが起こるわけではなく、心身がすり減るような経験をすることがある。

心の拠り所を求めているのは、現代社会で暮らす一生活者であるわたしも、同様だった。
だからこそ、心の拠り所を継続できるために、自分に何ができるかを考えた。



4月から、本職を下りることにした。

…と言っても、完全に離れるのではなく、日にちを減らして働かせていただくことになった。
今は、有給休暇を消化しながら、店を手伝っている。店は、ボランティアとして入っていた。


常連さんだけでなく、ランチに来たお客さんや、コーヒーを飲みながら仕事をされる方などが来ていただけるようになった。

お店としては、うれしいことである。

ただ、るいさんが、【喫茶 カラフル】に来にくくなっている理由ともなっていることは、想像できた。

るいさんにとって、今、顔を出すということは、難しいことなのかもしれない。
頑張っていたものを続けることができず、合わせる顔がない、と思っているのかもしれない。

そう思いつつも、わたしは、るいさんが、いつかこの喫茶のことを思い出してくれて、花々に水をあげるために、人知れず来てくれることがあるかもしれない、という希望を捨てられずにいた。




教授からの話を聞いたあとに購入したノートには、あいさつと、今日の出来事や、気持ちなど綴ってきた。
わたしにとっては、日記のようなものだ。

最後には必ず、また書きますね、と記していた。

るいさんに向けたメッセージを、こっそりと小屋に置いていたのだった。




誰かを照らすほどの光は持ち合わせていないけれど。

日常の中の一瞬でもいい。
その方の心のなかをぽっとあたたかい光をいれられたら、生きる希望の手助けになるのではないか、と考えた。

たったひとりでも、そこにいることを知っていて、自分のことを信じてもらえる人。
ここにいていいよ。
そう認め、自分のことをゆるしてあげられる人。

そんな人との出会いで、人生が変わるプロセスを目の当たりにしてきた。

わたしだって、そのような体験をしてきたひとりだったということを、この喫茶で思い出した。


いつか読んでもらえるかもしれない。
その時は、いつ来るかわからない。

昨日と同じ場所に置かれているノートを見て、挫けそうになることもあるけれど、微かな望みを持ち、信じ続けることが、わたしの、この店の、どなたかの希望となるのなら。

今日も、ノートを開き、未来に向けて、語りかけるのであった。


第12話へつづく

#創作大賞2024
#お仕事小説部門



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