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「諦めている人」の言うことを真に受けちゃダメよ〜♪

大勢が苦手なら、少人数で

一斉授業が苦手なら、個別で

急かされるのが苦手なら、ゆったりと

長時間集中できないなら、細切れに

じっくりやるのが好きなら、じっくりと

やったらいい!


結局のところ、勉強は、


*いかに自分らしくて自分に合うやり方を見つけ、それを実践できるか

*応援してくれる環境、互いに励まし合える仲間がいて、
前向きな雰囲気の中で学べるか

*時には自分のこだわりをちょっぴり手放す勇気が持てるか

だと思うのです。

勉強が「できない」人はいない。

やり方が「あってない」だけだと思います。

私の暮らす沖縄には、

学校の勉強についていけないからといって、不登校を選び、
勉強自体を諦める人が、とっても多いです。
(大人が諦めているから、子どもも‥というふうに見えます💦)

学校で勤務している頃も、
今も、周りは そういった人がわんさか。。

さらにコロナ禍が、さまざまな「追い風」を吹かせ、
より不登校を選びやすくなった・不登校へと流れていきやすい風潮が出来上がったというか、、(言葉選ばずに言い過ぎてるかもしれませんが💦)

そんなこともあり、

積極的に「勉強を諦める」人が増えています。

大人も、子どもも。

現場の先生も。行政の人も。地域の権威や役職や肩書きのある人も。。

大抵の人は、
とても疲れ切っています。


(詳しいことは、長ったらしくなるので割愛しますが。)



「やり方があっていない」だけで
「学びを諦める」


こんな勿体無いことはない、と私は思っています。
こんな危険なことはない、と私は思っています。

先日、とある場所へ出向き
「地域で学習支援をやりたいので、色々繋げてください」と挨拶へ行きました。

「よくやるね〜 不登校なんてどうしようもないじゃん。とりあえず食べ物ほしがるから、あげるけど。それぐらいしかやれないよね。。」

耳を疑いたくなりますが、そんなことを言われました。

とりあえず、頭を下げて、チラシを置かせてもらいました。


もしかすると、8割くらいの大人は「そんな感じ」の諦めモードかもしれない。

でも、そんな人の言うことを真に受けちゃいけないと思います。受けなくていいと思います。

「あぁ〜やっぱりそうなのか〜」って安きに流れてはいけないです。

不登校でもいいけど、
学びは諦めない方がいい、と私は強く思います。
もちろん、学びに向かえないときってあるし、
学び=受験勉強に限ったことではないです。

学びたいと思ったときに、
学びたいことを学べる

これが、担保されてることが、なにより大事なんだと思います。

「勉強は、自分のためのもの」って言ったら固っ苦しいけれど、

事実、「学びは武器になり、ツールになり、価値を生む」と、私は思います。

だから、学び直し支援も、やります。

(午前中クラスもあと一枠あります。
実際に、元不登校から再起して頑張ってる子いるよ〜!)

ゆったりした場を作ります♪

最後にもう一度。

「勉強ができない人」は絶対にいません。

「やり方があってない」だけです。

「自分に合う、自分にマッチしたやり方」一緒に見つけませんか?

そして、学びという武器やツールを手にいれ、

自分らしい人生を、生きたいなと思いませんか??

どうせやるなら
楽しい学びがいいよね。


ともに並走できる同志に会えることを
心から望んでいます。



いただいたサポートは、このnoteのおよび、私が代表をつとめる地域団体「食と農の学び舎BASE」の運営に充てさせていただきます♩