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文学フリマ東京38新刊「魔法の使えるメイドの話」試し読み

タイトルそのままです。
カクヨムとnote、どちらに載せるか迷いましたが、試しにnoteでアップしてみようと思ってやってみました。
こちらは校正前のものになります。
一話目のみ、全文掲載しております。ここから材料を求めてお屋敷中を走り回る(物理)おはなしです!

「魔法の使えるメイドのはなし」一話目
【顔合わせはかまどの前で】


300円で頒布します


 ああ、アンタが新入りね。待ってたんだよ、助かるわ。

 もう部屋に荷物置いてきたんだろ? 服の大きさが合わないならとりあえず袖はまくっておけばいいさ。後で得意な奴に声をかけといてやるよ。

 前までの子は幼馴染と結婚するとかでこないだ田舎に帰っちまってさ、しばらくどうしたもんかねってみんなで言ってたんだよね。

 まあたしかにさ、人間なんだから自力でやれって話なんだろうけど、いざやるってなると手間がかかるし難しいんだ。それだけ退化してるってことかもしんないけど。

 じゃ早速始めるとしましょうか。

 何って、ここは見た通りの厨房だよ。やることって言えば料理でしょう。

 料理人に見えない。そりゃそうだ。私は料理人じゃないからね。機械いじってるのが本業さ。

 でも、向き不向きってもんがあるだろ。まあ見てなって。

 とりあえず、アンタはそこのかまどに火を入れといてよ。しばらく温めておいて……って待ちな、そんな大火力で何しようってんだ!

 ええ、今までレンガ焼いてたって? なるほど。それはそれで珍しいことをまあ。

 かまどを温めるから弱くていいんだよ、強くしたら火が通る前に黒墨だ。

 おっ、メニューを預かってきてたの。そりゃ話が早い。ええとなになに、フルーツタルト? 私一人じゃどうにもなんないもんを……。

 そうだな、そうしたらここでタルト生地だけ作って、屋敷を案内がてらそれぞれの役割を紹介していくよ。まだこの屋敷の中どころか、向こうのメイド長くらいとしか挨拶してないだろ?

 屋敷も広いからね、ちょっとずつやっていこうか。


 卵とバター、小麦粉。それはアーモンドの粉。香り付けのバニラはちょっとで……待ってよ、包丁も初めて? 卵も割れないって危なっかしいねぇ。

 さすがに分量は計れるんだ、なら安心。こればっかりは自力でやんなきゃなんないのが難点だよ。別の能力がありゃ別だけどさ。

 分かった、卵割るのくらいは教えとく。この先、メイド云々以前に生きてくのに困るったら。

 平らな所に軽く、そう。ヒビはもうちょい、軽くでいいのよ。入ったら両手で開く。角でヒビ入れるのも悪くないけど、殻が入りやすくなるんだ。片手? まずは両手でちゃっちゃと割れるようになってからにしなよ。

 ああ、粉砂糖を忘れてた。これがないとわけのわかんない味になる。作るようになってから分かったけど、お菓子ってやつはとにかく砂糖がないとどうにもなんないんだ。

 粉をふるって、これがまた手間なんだけど。おっ、手先は器用なのね。でも力が入りすぎると手首痛めるよ。少しこのあたりを、そうそう。上手いもんじゃないの。

 さて。これで揃ったね。

 まずはバターを練るように。ああ、こっからが私の仕事なんだよ。

『混ぜる』のが私の能力だからね。

 うーん、こんなもんでいいかな。あんまり混ぜると溶けてどろどろになっちまう。

 この能力、地味だけど目立たないからいいんだよ。知らんぷりしていろんなことが出来るからね。

 アーモンドに粉砂糖、バターと馴染む程度、空気が混ざらないように。卵を溶くのも楽なんだ。ちょっとずつ入れて、全体に。いい感じかな。

 小麦粉に削ったバニラ、また混ぜる。甘い香りがしていいよね。だんだん塊っぽくなってきたでしょ。この先は手でまとめるんだ。


 ああこれ? 生地を寝かせる時に便利な道具。うちの当主はこういうのを作るのが得意なんだよ。

 魔法って言っても人それぞれ使えるものが違うからね、誰でも使える道具を作るのが当主の能力っていうか趣味?

 私の能力はこいつらと相性がいいんだ。パンを作るなら温める温進機、お菓子の生地を寝かせるなら冷やす冷進機。どっちも短時間だけ中の時間を短縮させられる……仕組みは分かんないや。

 見ての通りの大きさだからね、どっちも大人数分は作れない。けど、持ち運び出来るし燃料は要らないからちょくちょく使えて便利だよ。

 とはいえ一瞬ってわけじゃないから、暇つぶしにお喋りでもする?

 私のこと? さっき言った通り、本業は機械屋だよ。そっちでこの屋敷に雇われたんだけど、運がいいやら悪いやら、混ぜる能力が当主に見つかっちゃって。給金は弾むって言われたら、まあいいかなって。

 主に蒸気で走る二輪車を作ったり直したりだね。そもそも走るのが好きだからさ。見た目でも分かる通り、メイドって柄じゃないのよ。

 もしかして、アンタの能力って燃料使わなくても……ちょっと後で試させてよ。もちろんタダなんて言わない、報酬は払うさ。

 屋敷自体も広いけどね、庭だの農場だのとあるから屋敷の外は更に広いんだ。みんなそれぞれの場所で各々の仕事しながら生活してて、行き来するときに二輪車はかなり役に立つ。人によっては馬とか自走式の三輪車とかね。

 当主が空を飛ぶ乗り物があったらって、最近は夢中だね。気球じゃダメなんだとかでさ。鳥みたいにやりたいらしい。落っこちてきたら助けてやって。私は興味ないかな。走って風を感じたいからさ。

 ん、そろそろかな。覗いてみる? あんまり見た目じゃ分かんないけど。


 均一に伸ばすのは慣れるしかないね。私も前のメイドから散々言われてやっと出来るようになったよ。とはいえ、結構楽しいから続いてるんだけど。

 基本的に作るってことが好きなのかもね。手先を動かすには変わりないしさ。

 型の直径より大きくしないと型に入れた時足りなくなるから要注意。型の形くらいは見覚えある、そりゃそうだ。今日のところは私がやって見せるから、また今度来た時に練習しようか。とりあえず、底にフォークで穴をこう、これなら出来るだろうからやってみなよ。

 結構上手いじゃない。そろそろ穴はいいよ。こうして穴を空けないと、空気が溜まって膨れるんだ。忘れてえらい目に遭ったのは一度や二度じゃないからね、嫌でも覚えるよ。

 生地はちょっと寝かせて、型を取って来ようか。


 もったいないけどはみ出たところはヘラで落とす。ついでにかまどの隅っこで焼いて、味見しよう。

 これ? 浮き上がらないように重しを入れてるんだ。薄い紙を間に挟んでね。さて、かまどの具合もちょうどいいかな。やっぱり自分で火を起こすのとは具合が違うわ。ほんの少しだけ火を強めて、うん、いいね。

 世の中にはこんなことしなくたって料理の出来る自燃かまどがあるのにさ、あれの発明をしたのがいけ好かない知り合いだからって毛嫌いしてんのよ、うちの当主は。自分の分は自分の部屋の自燃かまどで作るけどね。

 まああれも火力の調節は必要だし、魔力補給も手間だしさ。故障したら直すのも一苦労だし。まあ好みかな。

 音と匂いか。それはこの手のかまどならではだよね。夏場は暑いけど、冬場はまあまあ楽しいよ。ははっ、そりゃいい。冬になったら昼寝ついでに栗の渋皮煮でも作ろうか。

 隅っこに置いといた切れ端、いい感じに焼けてきたんじゃない? そこのトング……ありがとう、向こうもそろそろかな。

 熱いから気をつけて。何か飲み物あったかな、冷蔵保管庫にミルクがあるからちょうどいいや。コップは使ったら自分で洗うこと。ここらは水源も豊かだからね、遠慮なく使いなよ。

 切れ端で味見の前に、タルト生地はかまどから取り出そう。ちょうど良さそうだ。重しは熱くなってるから触らないように。薄紙をこう持って、な、敷いておいてよかったろ? 何事にも意味はあるんだって。

 生地は外す前に冷ます。じゃないと上手くいかないんだよ。あと単純に熱い。外して包んだら移動だ。

 えっ? 私が全部作るわけないでしょ。混ぜるのは得意だけど、盛り付けだのは専門外。とりあえず果樹園に行って、ちょうどいいのを見繕ってもらうとしようか。

 ついでにさ、蒸気二輪車、試さない?

【二話目以降は文学フリマでどうぞ〜】

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初めての文学フリマ出店で告知ばかりですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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