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現代の感性で読む近代文学: 『たけくらべ』(後編)

 「夏目漱石」「太宰治」「芥川龍之介」……
 名前はよく知る、あの文豪たち。でも教科書以外で読んだことはない。
 しかし、「名作」と言われるからには、それだけの理由があるはず。

 そこで、令和を生きる25歳の私が、近代文学の名作を読んで感じたところを記しました。

 前編に引き続き、樋口一葉『たけくらべ』について見ていきます。

■前編はこちら↓
現代の感性で読む近代文学: 『たけくらべ』(前編)

5.『たけくらべ』を読んで

 以下では『たけくらべ』を読んだ感想について、下記(1)〜(3)について記そうと思います。ネタバレを含みます。
  (1) 主要な登場人物が抱える「苦しみ」
  (2) 当時の彼らはどうすれば救われたのか
  (3) ”現代の彼ら”ならどう救われるか

(1) 主要な登場人物が抱える「苦しみ」
 『たけくらべ』は、遊女として働く姉をもつ美登利がメインで描かれていますが、それ以外にも主要な登場人物がいて、それぞれが葛藤を抱えています。
 以下では、まず4人の登場人物がもつそれぞれの「苦しみ」について、それぞれ振り返っていきます。

①美登利
 美登利は、花魁として人気遊女である姉をもち、姉の客からもよくお駄賃をもらっています。それによって、子どもとは思えないぐらいの高額なお金をもち、遊び方も華やかで、子どもたちの中では中心的な存在です。そしてもちろん、本人も美しい顔立ちをもっています。
 しかし、将来は遊女となることが決まっているので、周りの人々からは嫌なことを言われたりもします。

 (横町の長吉が表町の正太を襲撃するシーンで) 意趣があらば私をお撃ち、相手には私がなる、伯母さん止めずに下されと身もだへして罵れば、何を女郎め頬桁たゝく、姉の跡つぎの乞食め、手前の相手にはこれが相応だと多人数のうしろより長吉、泥草履つかんで投つければ、ねらひ違はず美登利が額際にむさき者したゝか

 また、ある日美登利は姉の部屋で髪を結ってもらうのですが、このとき美登利は自分が遊女になる将来を強く意識し、この日を境に「生れかはりし様の身の振舞」をするようになり、「活潑さは再び見るに難く」なってしまいます。
 このように、美登利は今は何不自由無い生活を送る一方で、将来遊女としてつとめる未来に、大きな憂いをもっています。

②信如
 龍華寺の跡継ぎとして、将来は僧侶となる藤本信如。美登利は信如に対し少なからぬ好意を持っていますが、様々なすれ違いにより、美登利から憎まれてしまうシーンもあります。
 そのすれ違いを生んでしまったのは、「僧侶の子として正しい振る舞いをしなければならない身の上」「臆病で勇気が無く、他人に強く出られない性格」によります。

③正太
 質屋の子どもであり、裕福で勉強もでき、優しい性格をもつ正太。『たけくらべ』の登場人物の中では、かなり恵まれた存在です。
 彼の抱える葛藤を明確に述べるのは難しいですが、彼は優しくて少し気が弱い故に、様々なことで思案に暮れてしまいます。

 あゝ此母さんが生きて居ると宜いが、己れが三つの歳死んで、(中略)今は祖母さんばかりさ、お前は浦山しいねとそぞろに親の事を言い出せば
 他所の人は祖母さんをけちだと言ふけれど、(中略)嘸お祖母さんを悪るくいふだらう、夫れを考へると己れは涙がこぼれる
 今朝も三公の家へ取りに行つたら、奴め身体が痛い癖に親父に知らすまいとして働いて居た、夫れを見たら己れは口が利けなかつた

 このように正太は、親が近くにおらず年老いた祖母と暮らしていることそして質屋という人から恨まれることもある仕事を近くで見ていることなどについて、繊細であるが故に気に病んでしまいます。

④長吉
 鳶人足の頭を父にもつ、乱暴者の長吉。彼は正太のことを敵視しています。そしてその裏側には、私立学校に通い、学が無い自分の身上に対する恥じらいがあります。また直接的な描写はありませんが、周りから不良のように恐れられるがために、長吉の優しい面や筋を通す誠実な面がなかなか周囲に理解されない葛藤もあるようにに思います。

(2) 当時の彼らはどうすれば救われたのか
 『にごりえ』のときと同様、全然思いつきませんでした。こう言っては何ですが、それぞれ必然の道を進んだとしか思えない。よって、(3)で代わりに”現代なら”彼らはどんな人生を歩みどのようにして『たけくらべ』で起きた問題を回避するのかを見ていこうと思います。

(3) ”現代の彼ら”ならどう救われるか
 結論から言うと、大正〜昭和初期に起こった「都市化」「社会の大衆化」が、美登利たちの身に起こったような問題を無くしてくれたのではないかと考えます。
 以下、当時の社会変化について、日本史の教科書から引用しました。

 大正から昭和初期にかけての文化の特色は、大衆文化の成立と発展にあった。日露戦争後(1907年)には就学率が97%を超え、義務教育が普及し、ほとんどの国民が文字を読めるようになった。さらに、大正期、とくに第一次世界大戦後になると、工業化の進展を背景に都市化・社会の大衆化が顕著になった。(中略) 都市を中心に高学歴者(インテリ)がふえて、事務系統の職場で働く給与生活者(サラリーマン)も大量に出現した。また女性は、タイピスト・電話交換手などの職種に進出して、職業婦人とよばれた。

 上記の変化によって、”現代の”4人は問題をどのように解決させる・回避するか、以下に私見を述べます。

①美登利
 まず、美登利は遊女以外の人生を選択できるようになると考えます。
 もちろん、現代でも経済的事情により風俗業に従事する人はいます。しかし、現代において、「風俗街で育ち、姉も風俗業を勤めるから、自分も風俗嬢にならなければならない」という家庭は(きっと)無いのではないでしょうか。これを可能にしてくれたのが、「都市化」「大衆化」であると考えます。美登利は遊女にならなければならない将来を憂いているので、これで無事解決ですね。

②信如,③正太
 この2人に起こっていた問題は、「本人の性格」「家業」が原因であると考えられるため、まとめて記載します。なお、「本人の性格」はどうしようもないので、「家業」についてのみ記載します。
 「家業」により発生した問題については、これも「都市化」「大衆化」が解決してくれると思います。信如は父が僧侶、正太は家が質屋であることによって、本人たちの望まない扱いをうけることがありました。しかし、現代では学校の友達の親の職業について、知らないことが大半なのではないでしょうか。つまり正太は親がサラ金や闇金で働いていたとしても、クラスメイトや近所の友達に知られることは無いのではないかと考えられます。
 以上より、信如や正太は友人に家業を知られないことにより、問題を回避できると考えます。

④長吉
 長吉もまた、「都市化」「大衆化」が救ってくれるはずです。
 彼も狭い村社会のようなところで生きていたからこそ、正太の存在を気にしたり、表町と横町の諍いに加わったりしていました。しかし、現代では良くも悪くも地域の人々とのしがらみは、そこまで気にせず生活できてしまいます。したがって、長吉も問題を回避できそうですね。

6.おわりに

 ここまで『たけくらべ』を見てきました。100年前がだいぶ昔なのか最近なのかは分かりませんが、私としてはたった100年で美登利たちのような苦しみをもつ子供が(きっと)いなくなっているなんて、と意外に思います。
 ただ現代は現代で、ネットいじめなんていう問題もあるので、別の大変さはありそうですね。100年後に現代では想像もつかないコミュニケーションスタイルになっていたとしたら、後世の人が「昔はネットいじめなるものがあったが、今では〜〜の理由で起こり得ない」なんて言ってるんですかね。将来に期待です!

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