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漬物みたいな思春期

いくら腐っていても、
僕にとっての思春期だ。

✳︎

久しぶりに車で実家へ帰った。

帰りの道中にとある場所へ
寄り道したいと妻が言ったので
車でその場所へ向かった。

その場所へ向かうルートは、
僕が中学時代に通っていた塾の通路だ。

「塾はまだ残っているのかな?」と、
何気なくそのビルを横目にするが、
もう空きテナントになっていた。

あまり気にも留めなかったが、
助手席の妻の声が徐々に遠ざかる気がした。

✳︎

僕が通っていた塾は個人塾で、
時流に反した所だった。

入塾テストを経て、
エリートを養成する。

授業中はハチマキを付け、
18時から22時までぶっ通し。
私語はもちろん厳禁だし、
携帯なんてもってのほかだ。

テストの点数が90点を切れば、
ペナルティが課せられ、
退塾させられる生徒も多数いた。

塾長は「学校の授業はクズだ」と
散々学校を目の敵にして、
入試のためだけの対策を淡々とする。

そんな偏屈な勉強漬けの環境で育ったからか、
学校の授業は積極的になれなかった。
家でダラダラ過ごすことも多かった。
とにかく学校の授業が眠たく感じる。
授業態度は良くないくせに、
テストの点数が上位な僕を、
敵視する先生は大勢いた。
社会の先生は僕に言う。
「いくら点数が良くてもお前を評価しない」と。
今思えば、当たり前の仕打ちだと思う。
だけども、僕は勉強漬けで心が腐っていた。
良くも悪くも思春期だ。
「別に良いけど」と格好をつけ、
机を寝具がわりに眠りにつく。

✳︎

そんな中、国語の先生は違った。
「退屈させてごめんね」と何故か、
僕に微笑みながら謝ってくる。

「授業中に何の本を読んでるの?」と、
何度も何度も僕に聞いてくる。

僕は親に購入してもらった、
とある文豪の小説を読んでいた。
もちろん入試対策も兼ねての本だが…
その本を先生に何も言わずに見せると、
「本当に楽しいの?」と尋ねてくる。
僕は首を横に振った。

「本はもっと素敵なものなのに」と、
寂しそうな表情で僕につぶやく。

先生はそれからある提案を僕にする。
「授業はいつも通り参加しなくて良い」
そして、ほんの僅かな間を置き、
「その代わり先生のお勧めの本を読んで」と。
僕は呆気に取られたが、
その日から先生のお勧の本を読んだ。

その本の内容は事細かに覚えてないけれど、
友人のために自分を犠牲にして、
腐った妖怪になる長編小説だったと思う。

先生の心情は分からない。
でも、
この本を通じて勉強漬けで腐った僕を、
救済したかったのかなと勝手に解釈している。

✳︎

いわゆる武勇伝的な思春期ではない。
人に誇れるような青春時代でもない。

学校の授業はやっぱり退屈だったし、
先生の声は僕にとって「春眠暁を覚えず」だ。

ただ勉強ばかりで腐った僕を、
漬物のように国語の先生は咀嚼してくれた。

国語の先生へ
僕は今、文章を書く仕事をしているよ。
もしも先生が僕の文章を見て、
「退屈だ」と思ったなら、
あの時のあの本を読んでみるよ。

メガッパ

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