【依存】 #608
僕は専門学校卒業後
就職した会社を2週間で辞め
それを田舎に暮らす母には言えず
アルバイトを転々としていた
ある時
給料日前で本当にお金が無かったのと
アルバイト先のパワハラで
ストレスが溜まり
ほんの出来心で万引きをしてしまった
腹は満たされたが
心は満たされなかった
しかし
心のどこかでスカッとしている自分もいた
それから数ヶ月後
アルバイトをクビになり
もういよいよヤバい状態になりつつあった時に
また万引きしてしまった
前回同様に見つからなかった
そして前回よりスカッとした
なんとか新しいアルバイトは
見つかったものの
アルバイトの質が変わる度に
下がっている
安い時給
ギリギリの生活
ストレス発散の万引き
万引きの回数も増え
その手口も大胆なモノになって行った
その矢先にとうとう捕まってしまった
警備員の詰所みたいな所へ連れて行かれ
こっ酷く説教された
ココでは初犯扱いされたので
今回は許してもらった
捕まった事で反省し
万引きはもうやめようと思った
アルバイトをして家に帰る
家の中には何も無い
テレビも無ければ
ラジオも無い
趣味も無ければ
無駄遣いする金も無い
ストレスだけはある
気が付いたら
また万引きしていた
スカッとするが
嫌な気分にもなる
この繰り返しだ
そして
また同じ施設で捕まった
今度は2回目という事もあって
警察へ引き渡された
警察では
事務的に調書を取られ
刑事事件的には初犯になるので
注意を受け
返された
家に帰ると
ポケットから
要らない物が入っていた
半分無意識にだ
僕は病気なのかもしれない
その時そんな事が少しだけよぎった
事件は次の日に起こった
同じアルバイトの人の財布が
ロッカーから無くなっており
僕のロッカーを開けたら
その人の財布がポロリと落ちてきた
取った覚えは無い
その人は怖い人で
刑務所にも入ってた事があると言っていた
そんな怖い人の物を盗む訳なんか無い
言い訳したが
ボコボコにされ
周りの人の静止で
殺されずに済んだ
僕は血まみれのまま
事務所へ行き
「辞めます」
そう伝え出て行った
後ろからは
病院や警察やら声が聞こえたが
怖いから逃げた
途中の公園でポケットティッシュで
血を拭った
片一方の鼻の穴にティッシュを丸めて突っ込み
夕焼け空をボォーっと眺めた
「なんで僕だけこんなんやねん」
そう言ったところで
誰も助けてはくれない
諦めてトボトボと家へと向かった
その時になって気付いた
自転車置いてきちゃった
でも
もう取りには行けない
諦めて歩いていると
最初はよく見えなかったが
橋ゲタに足をかけて
今にも飛び降りそうな人が居た
周りには誰もおらず
僕だけだった
一瞬足がすくんだが
急いでその人を抱きかかえ
飛び降りを阻止した
2人は橋の上に倒れ込んだまま
少しだけそのままでいた
女の人のすすり泣く声が聞こえた
彼女は僕の方に振り向き
「キャー」
大声を出した
そしたら誰かが走ってきた
「大丈夫ですか
何をされたんですか
さぁもう大丈夫ですから
こらオマエ
この人に何をした」
そこまで言って
僕の顔を見て固まった
「オマエどうしたんや
頭から血出とるぞ
一体何があったんや」
僕は女の人が橋から飛び降りそうだったので止めたが
このキズは
アルバイト先でちょっとケンカになった
そう話したら
2人とも落ち着いてくれた
「にいちゃん
ビックリさせなや
あんたヒーローやったのに
こっちもすまんな
ねぇちゃんも
こんな汚ったない川に飛び込んだらアカン
成仏でけんで
オレちょっと急いどるから
失礼するわ
ほな気ぃつけやぁ」
そう言って去って行った
「あのぉ
先ほどはすみませんでした
ちょっと自暴自棄になってまして
でも
ホントは死ぬつもりは無かったんです
あのヒザをかけた状態で
5分くらいいました
誰か助けてくれないかなって
そしたら
お兄さんが助けてくれた
それなのに
叫んでしまってごめんなさい」
「いえ
いいんです
日が暮れて
いきなりこんな顔見たら
誰でも叫びますわ」
「ホントごめんなさい
何かお礼をさせてもらえませんか
あのぉ…
私大丈夫なんです
普通ですから」
橋から飛び降りの真似事しているのが普通なのか
「お礼なんて」
「分かりました
とりあえず私と一緒に
病院に行きましょう」
「いや病院は大袈裟ですよ」
「じゃあ薬局に行きましょう
そのままだとバイ菌入っちゃいます
消毒しないと」
グイグイ押されて
薬局に行く事になった
「どうしてあんな事してたんですか?
答えたくなかったら
別に良いですよ」
「えっとぉ…」
「いいですいいです」
「ごめんなさい」
そのまま2人は無言のまま
薬局へと向かった
消毒液とか色々買って帰ろとした時
店の主人に
「お客さん
ちょっと待って」
僕はカラダがビクンッとなった
「アンタ
ポケット」
そう言われポケットの中の物を出された
「ダメじゃない
万引きはダメだよ
ちゃんとお金払ってくれなきゃ」
「あっ
あのすいません
私が払いますから
許して下さい」
「お姉さんが払ってくれるの?
じゃあそれで良いから
ダメだよ
お姉さんもちゃんと後で説教しといてよ
ホンマ困るわぁ」
「すみませんでした」
薬局を出たところで
「ねぇ
どうして万引きなんてしたの?
お金無いの?」
「ごめんなさい
治らないんだ」
「万引きが?」
「うん…
あとお金もあんまり無いけど
それが原因じゃない」
「どうしたの?」
「そのぉ
ストレスが原因で
発散のためだったんだ最初は
でもダメなのは分かってるから
やめようと思うんだけど
最近はもう知らず知らず
やってしまう…」
「そうなんだぁ
私そういうの昔テレビで観た事ある
何とかっていう
何だったかしら
そういう精神障害があるみたいよ
病院に行った方が良いよ」
「僕もそれは考えたんだけど
何か怖いし
お金とか入院とかなったらどうしようって」
「そっか
分かったわ
私がついて行くし
お金の心配はしないで」
「ええっ
そこまでしてもらわなくっても」
「良いの
命の恩人だし」
「はぁ…」
キズの手当を僕の家でしてもらった
「何から何まで
ホントにすみません」
「謝らないで
ってか
この家なんも無いね」
そう言って彼女は笑った
「はぁ」
「まぁいいわ
じゃあ私帰ります」
「あっじゃあ
送って行きます」
「大丈夫よ
家すぐそこだし
意外と近くでビックリしたのよ
明日はお仕事?」
「いや今日辞めてきたから」
「そうなのね
分かったわ
じゃあ明日また来るわ」
「ありがとうございました」
次の日
9時に彼女は現れた
「ちょっと早かったかしら」
「いや大丈夫です」
「はい朝ごはん
おにぎり持ってきたから
それから何かお湯を沸かす物ある?
あっ
このヤカン使ってもいい?」
「はい」
「お味噌汁はインスタントだけど
許してね」
「そんな許すだなんて」
「昨日はよく眠れた?」
「はい」
「そう
それは良かったわ」
お湯が沸いて
インスタントのお味噌汁ができた
「さぁ召し上がれ」
「ありがとうございます」
「もうお友達なんだから
敬語じゃなくって良いわよ
そういえば
名前聞いてなかったわね
私ナオミっていうの
アナタは?」
「えっと
僕はヤスシって言います
ってか
おにぎり美味しい
おかかのん食べるの久しぶり
というか
人が握ったおにぎり自体が
久しぶりだ
メッチャ美味しい」
「ありがとう
こんなので喜んでくれるなんて
嬉しいわ
ヤスシくん」
朝ごはんを食べている間に
ナオミさんは
心療内科に予約の電話をしてくれた
「ここの心療内科
人気があるみたいで
なかなか予約取れないらしいの
でもたまたま午後にキャンセル出たから
来て下さいって
良かったねぇ」
「ありがとう
でもどうして
そこまでしてくれるの?」
「どうしてなんだろうねぇ」
そう言ってナオミさんは笑っていた
心療内科で診断を受けると
クレプトマニアと言われた
何のことか分からなかったが
先生が付け加えで
「窃盗症」という和名を教えてくれた
僕の場合
利益目的な窃盗では無く
ストレス発散の為に始まった窃盗に依存するようになっていったらしく
原因の探求と改善
規則正しい生活を送る
改善が見えない場合には
依存症改善のグループに参加し
お互いのエピソードなどを話し合い
改善するプログラムに参加する事を勧められた
病状が進行すると
うつ病を巻き起こす場合もある
お医者さんにお礼を言い
病院を後にした
もちろん
ナオミさんにもお礼を言った
それ以来ナオミさんは
毎日僕の所へご飯を持ってきてくれたし
朝になったら電話で起こしてくれるようになった
休みの日には
ストレス発散を理由に
色んな所へ連れて行ってくれた
どうしてこんなに親切なんだろう
ある日ナオミさんは
「ねぇ
ヤスシくん
私毎日ここ来るじゃない
でも仕事で遅くなる日もある
そしたら
ヤスシくんまで不規則になるから
病気治るの時間かかっちゃうと思うの
だからさぁ
提案なんだけど
一緒に住まない?
シェアハウスよ
シェアハウス
もちろん
家賃はヤスシくんが払えるだけで良いから
でヤスシくんもちゃんと仕事見つけて
規則正しい生活に戻していくの
どう思う?」
「どう思うって
僕は嬉しいけど
ナオミさんは大丈夫なの?」
「大丈夫なのって
私から提案してるんだから
大丈夫なのに決まってるじゃない」
「それだったら
お願いします」
「よしよし
じゃあ次の休みの日に
不動産屋へ行こう」
ニコニコして帰って行った
ついこの間に出会ったばかりなのに
不思議な人だ
2ヶ月後
僕たちは新しい家に引っ越した
同じ町内だったので
引っ越しも比較的楽だった
部屋は2LDKで
ひとつはナオミさんの部屋
もうひとつは僕の部屋で
それ以外は共同スペースだ
僕は女の人と生活するのは初めてなので
かなりドキドキしたが
なんだかスグに慣れた
ナオミさんは
まるで僕のお母さんみたいに
僕を包み込んでくれた
年齢はナオミさんが
僕の5歳年上で
繊維問屋で総務の仕事をしている
僕はちょうど
この家に引っ越したタイミングで
新しいアルバイトが見つかった
ナオミさんは喜んでくれた
しかし
楽しい日々は
そう長くは続かなかった
一緒に住み出して
ちょうど半年とちょっと過ぎた時
「ヤスシくん
急にだけど
ここ引っ越すわよ」
「えっ
どうして」
「説明はまた今度
構わないわよね」
「ナオミさんが決めたんなら
僕は良いよ」
「ありがとう
じゃあ早速
明日探しに行こう」
「うん
分かった」
次の日
玄関のベルが鳴った
誰だろう
オートロックと思い
受話器を取ると
扉の外から
管理会社の人の声が聞こえた
「山田さん
ご在宅ですか?
ちょっと話があるので
扉開けてもらえませんか?」
僕はリビングで
ボォーっと
そのやり取りを見ていた
ナオミさんが扉を開けると
そこには管理会社の人と
知らないスーツの人と
警察官が立っていた
スーツの男は
「山田ナオミだな
私は南警察署の者だ
今から署まで来てもらおう」
ナオミさんは
チラッと
僕の方を悲しそうな顔で見て
そのまま刑事に連れて行かれた
管理会社の人は帰りがけに
また改めて来ると言っていた
ナオミさんは
その日帰って来なかった
心配で次の日はバイトを休ませてもらった
警察署に行こうかどうしようか悩んでいると
テレビのニュースでナオミさんの名前が聞こえた
急いでニュースを見ると
ナオミさんは
5年前から6ヶ月前まで
会社のお金を横領をしており
合計金額が
6000万円に達していた
今は別の会社に移っており
横領した会社は退社していた
使用目的はどうやら
男に貢いでいたらしく
その男の行方も捜査中であると
アナウンサーが話していた
僕は驚いた
6000万と男
もしかしたら
あの時の飛び降り
これに関係してたのかもしれない
マンションには
管理会社の人と
ナオミさんのお母さんが現れ
僕に深々とお辞儀をし
お母さんからはお金の入った
封筒を渡され
管理会社からは
マンションを出るよう通達された
次の日には
引っ越し業者が来て
ナオミさんの荷物を全部運び出した
ガランとなった部屋
管理会社の人は
決して僕に恨みがある訳でも
何でもないので
同情的な人で
別の安いアパートを
敷金礼金無しで紹介してくれた
違う区になったが
あのマンションとは近いし
今のバイト先も近くなった
ナオミさんは
実刑判決が出て
刑務所へ送られた
僕は
ナオミさんを待ってても良いのだろうか
ほな!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?