見出し画像

『1999年のサーフトリップ』第6章

<メモハブ・スープの章>

料理に必要なことはすべて小学校の家庭科室で習った。
いつも隙間風がどこかで音を立てている古い家庭科室で、一緒に粉ふき芋を作った、その翌年に結婚してメキシコへ移住した女の先生が教えてくれた。包丁の使い方と調味料の「さしすせそ」。それで充分。世界中どこへ行ったって自分で調理して食っていける。
裁縫を教えてくれたのも彼女だった。破れたズボンが継げる。ボタンだって付けられる。雑巾だって縫える。
いつもイライラしている人だった。どうでもいいが、今考えるとどうもその先生には嫌われていたような気がする。彼女の気に障るようなことをした覚えはないけれど、単に生意気な子供だったという理由なら幸いである。

キャプテン・メモハブと俺には確かにいくつか似ているところがあった。最大の共通点は、ふたりとも少々頭がおかしい所と言うよりは、食べ物に興味がないことだったと言っていいだろう。頭のおかしな奴なら鼻のようにありふれているが、1999年の日本では、俺たちのようなやり方で食物を扱う人間は間違いなく少数派だった。2024年ならなおさらである。
誰が何と言おうと、食事など栄養さえ採れればそれでいいと言うのが俺たちの共通認識だった。それは昨今のありふれた「食い物に興味がない」系と少し違う。俺たちはジャンクフードは基本的に食べない。「栄養が採れる」というのは5時間ぶっ続けでサーフィンが可能な程度の栄養という意味である。従って、栄養「だけは」採れなければならない。

「俺はこの十年間毎日カレーを食べてきた」とキャプテン・メモハブは言った。

キャプテン・メモハブの言う「カレー」について書くのだが、これはいわゆる「カレー」とは異なる。インド人が言うところの「カレー」になら似ていなくもない。あなたが日本人ならそれは「ちゃんこ」やね、と言うかもしれない。しかしそれとも違う気がする。
「メモハブ・スープ」とキャプテン・メモハブはそれを名付けた。

≪メモハブ・スープのレシピ≫

1. 家にある一番大きい鍋を用意。
2. 鍋を火にかける。この後具が大量に入る為、水は後の展開を考えつつその都度調正。
3. 肉類を一口大に切って鍋に投入(なくても可)。
4. 沸騰したら野菜中心に硬い物から一口大に切って入れていく(皮は剥いてもいいし剝かなくても良い。灰汁は気が向けば取る)。
5. 鍋が溢れそうになった時点で具材投入終了。
6. 味付(味噌、カレー、コンソメ等何でも良い)。
7. 白飯にこれをぶっ掛けて食する(生卵、納豆、シシャモ等タンパク源をトッピングすること多し)。

以上。
この料理のポイントはともかく具をたくさん入れること。


メモハブ・スープのレプリカ

上の写真は俺が作ったメモハブ・スープのレプリカである。具材は、チキン、タマネギ、にんじん、かぼちゃ、じゃがいも、大根、ピーマン、えのき、しめじ、アボカド、にら、こまつな、しょうが、鷹の爪、スナップえんどう、もやし、大根の葉、トマト、ブロッコリーの茎、キャベツの芯、大豆。本物はもっと大きな鍋を使うので具の数も更に多い。これをだいたい一週間かけて毎日、二~三回食べる。メモハブ・スープを作ってみると良く分かるのは、具材よりも鍋、火、水が違うと味だけでなく見た目すら変わるという事実である。従って俺が拵えたメモハブ・スープのレプリカは「コウジ・スープ」であり、あなたがあなたのキッチンで拵えたならそれは「アナタ・スープ」である。保存方法にも配慮を怠ってはならない。出来上がったメモハブ・スープはその時食べる分をよそったら速やかに鍋ごと冷却。常温にして大きいタッパー幾つかに分けて冷蔵庫へしまう。食べる時は食べる量だけおたまで掬って小さな鍋に移して温める。その時タッパーの残りに雑菌が入らないようにおたまを火で炙るのを忘れずに。

これさえ食べていれば栄養は取れるので、後はサーフィンでもガール・ハントでも哲学でも金儲けでも写経でも世界征服でも麻雀でもセックスでも好きなことを好きなだけして下さい。あなたがもし頭がおかしくなりそうなら、できることならこれだけでも食って頭以外の部分を救ってやって下さい。やりたいことややるべきことがあり過ぎて調理も食べるのも面倒だと密かに考えている方には絶対お薦めのレシピである。国立大学の家庭科で教えてもいいくらいだ。

<PS>
俺は酒呑みなので、夜はメモハブ・スープの他に湯豆腐と柿ピーで島美人かカティーサークを呑むのです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?