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明日への逃避行 1話 「Lovers sing④」

 JR摂津本山駅から歩いて10分ほど、4階建てで薄茶色ともベージュとも言い難い色合いの鉄骨造のアパートを見上げながら和樹は言った。
「愛の花園にしては、何か無骨やな。」
「大学生同士の同棲なんかこんなもんやろ。」
翔はつまらなさそうな言い草だ。
「夢がないね~。」
「夢というより金がないね。」
和樹と翔は2人が住んでいるアパートに来ている。と言っても、正確には彼氏は転がり込んだだけらしい。
信哉は大学の学部で彼氏について聞き込み中だ。聞き込みが終われば、こちらに合流する。
「お前、同棲とか考えてへんの?」
童貞の和樹は興味本位で聞いた。
「ないな。学生バイトで生活費全部稼ぐって相当大変やぞ。親からの仕送りで彼女と同棲なんかおかしな話やし。」
「まあ、そうか。学部に同棲してる人いるけど、あの人『アガリ』やったな。」
「金持ちで協力的な親なんやろ。ウチの大学にはそういうやつ多そうやし。」
岡本学園大学には付属高校があり、岡本学園高校や岡本学園第二高校からの学生は比較的裕福な家庭が多い。そういう付属高校上がりの学生は学内では『アガリ』と呼ばれている。
入学式から内輪ノリで馬鹿騒ぎするアガリ集団を目の当たりにしてから、和樹はアガリを極端に嫌っている。翔も和樹ほどではないが、あまり好感は持っていない。
「金持ちの馬鹿やから同棲できるってわけか。」
「馬鹿は関係ないけどな。」
そこまで話して、アパートの前の通りを女性が通った。そのままアパートの階段を上がり、2階の202号室に入った。
「あれが詩織さんかな。」
翔は言った。会った事もない相手を名前で呼んだのは、依頼人が話す時に号泣しながら何度も友人を名前で呼んでいたからだろう。3人とも詩織という名前で刷り込まれてしまった。
「かもな。もっとひ弱な感じかと思ったけど、イメージちゃうな。」
和樹は眉間に皺を寄せて言った。
部屋に入った女性は髪を金色に染め、革ジャンに黒いレースのスカートとマーチンを履いた、所謂ゴシックパンクスタイルだった。
「まあ、革ジャン着てるから強いって訳でもないやろ。」
翔は当たり前だとばかりに淡白な声で言ったが、和樹は不服とばかりに反論する。
「どうせファッション革ジャンやろうな。革ジャン着てるやつは本来、強くないとアカンねん。」
和樹はロック好きを拗らせているため、『革ジャンはRock'n Rollの魂で着るもの』という持論がある。これは翔も信哉も100回聞いているが、一度も頷いた事はない。
「絶対ファッション革ジャンやわ。」
和樹がそう言った時、202号室から金髪で革ジャン姿の男が出てきた。男は和樹達の方へ歩いてきた為、翔は咄嗟にタバコを取り出した。男はタバコを咥える翔のすぐ脇の道を通り、2人をチラと見て通り過ぎた。和樹はタバコを吸わない為、カモフラージュもできずにただ立ち尽くしただけだったから怪しまれただろう。
「あれが彼氏やな、顔見られてもたわ。」
「やってもたな、もっと隠れとかなあかんわ。細野何とかって奴もいきなり出てきやがるから。」
「細野健吾ね。彼氏の影響で詩織さん、あんな格好してるんちゃう?」
「益々気に食わんわ」
和樹は翔の煙草が短くなるのを待って切り出した。
「三宮のカフェ行こうか。」
「詩織さんがバイトしてるってところ?」
品川美咲から詩織のバイト先は聞いていた。三宮のフラワーロード付近のカフェらしい。
「詩織さんの素性調査や。」
「ただコーヒー飲んでダラけるだけやろ。」
そう言うと二人は駅に向けて歩き出した。



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