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雑感log

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交信を纏める用 ゲーム研究やメディア論、サブカルチャー論分野からの概念参照は多めなのでわけがわからなかったら申し訳ない
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#閾値

オタクが「文化価値的接続」を語るということ

オタクが「文化価値的接続」を語るということ

昨年実家で柳宗悦の番組を見て思索にふけっていたら、(別に同じ番組を見ていたとは限らないが)割と似たことを考えている方がいらした。

なら敢えて書く必要もないかと思ったのだが、末尾を含めると若干違う話のような気もするので、備忘を兼ねて提起。先にイガなおさんのを読んでいる前提で話を進める。なお、おそらくイガなおさんの言いたい主題とは異なる文脈で引っ張ってきていることを先に謝らせていただこうと思う。

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ポリコレとかとは全く関係ない概念として、「じゃない」表現は力を持つという話

我々が「表現だ」と認識できるものの殆どは「違和感」から始まっている。今まで通りのものは省エネに理解して、「いつもより綺麗な描写」「いつもと違う描き方」「いつもと違う間のとり方」などというものに思いを馳せる。
これはなにも特別なことではなくて、『今まで男所帯な表現だった戦争映画に男「じゃない」女を入れる』とか、『二次元性が強い初音ミクライブで二次元的「じゃない」一点透視図法的な光線を使う』といった表

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映画の話で出た「閾値」という概念の補足

映画の話で出た「閾値」という概念の補足

名作/傑作の話で出した「閾値」という概念について説明が雑だったように思えたので、備忘兼補足。

例えば「オタクにしか受けない作品」について、なぜそれがオタクにしか受けないかと聞かれると、そりゃニッチな需要しか満たしていないからなのだが、一因として「既に観た/読んだ作品によって概念やストーリー、機敏への理解の素地が作られていないと理解が難しい」部分があるからではないかと思う。どうしてそんなに複雑なこ

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「その時マックス面白い傑作映画」と「時代を経ても面白いであろう名作映画」があるよねという話

「その時マックス面白い傑作映画」と「時代を経ても面白いであろう名作映画」があるよねという話

映画、というかあらゆるジャンルの作品で言えることではあるが、作品には「慣れ」がある。セカイ系の設定は今まで見たものと「違う」部分に新規刺激を感じるし、同じ部分が多ければ視聴コストは下がる。

以前演劇の話で『「観客がその作品の内容を理解するのに掛けなければいけない労力(コスト)」と「新規性などによる観客への影響(刺激)」について、刺激がコストを上回らなければ』いけないという旨の引用をしたが、このバ

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