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姉と弟のふたり暮らしが終わった


窓を叩くような強い雨が降っている。
さっきまでイヤホンから流れていたはずの音楽は、この雨にさらわれたみたいに急に聞こえなくなってしまった。
雨の中に自分だけが取り残された気分だ。

今だから、余計にそう思うのかもしれない。


一緒に暮らしていた弟が、この街から去った日の夜だった。





実家にいた頃、弟と「一緒に暮らした」感覚があったのは小学生までだった。
年齢が近いわたしたちたちは、思春期まで互いの遊び相手であり、泣き喚くほどの喧嘩をする仲でもあった。

そのどちらもが無くなった頃には、それぞれがそれぞれの生活で精一杯になっていた。恐らくあの時、母だけが家族全員のことを把握していたのではないだろうか。
弟とは顔を合わさない日もあるくらい、家を出る時間も帰る時間も違っていて、他愛もない話をする時でさえ、次第にぎこちなくなっていった。



上京して何度目かの春。

ぎこちない関係性のまま始まったふたり暮らしは、うまくやっていけるだろうかという不安が自分の中の半数を占めていたように思う。

そもそも弟とふたりきりになることなんて、実家にいてもほとんどなかった。わたしたちの間にはいつも父か母がいたから、始めはその席に誰かが座っていないと気持ちが悪かった。


けれど、一緒に夕飯を食べたり、夜な夜なふたりで話し込んだりしながら、ひとりだけが知っていたことが、少しずつふたりの知っていることに変わっていくと、そんな心配は要らなくなった。
上京してひとりで過ごしたあの日々よりも、それはとても面白い毎日になっていた。

ひとりでは観ることのないプロ野球も、ふたりで観ると面白かった。昼間に日本シリーズを見ながら、だらだらと焼いて食べるたこ焼きは最高に美味しかった。

普段ドラマを観ない弟を誘って、同じドラマを観たこともあった。肩を並べて一緒に、は一度もなかったけれど、各々のタイミングで観て、あのシーンがさ、と感想合戦になるあの時間が好きだった。


わたしたちの間に父や母が座ってくれなくても、もう大丈夫。

そういえば、あれだけ母に頻繁にかけていた電話は、週末に一度かけるくらいで大丈夫になったんだった。


ふたりだけの小さな島でぷかぷかと浮いている。

わたしたちは一緒に長く居過ぎた分、そんな具合に続いていたこの生活の「最後」なんて、考えたこともなかった。

けれど、その時は呆気なくやって来た。


弟が旅立つ前夜、バッグに荷物を詰める彼との会話はどこかぎこちなかった。
お互いにしんみりとした気持ちを紛らわせようとして、逆に何を話せばいいかわからなくなっていたのだ。

会話の区切りに続く無言の時間が、より一層「別れ」を意識させる。

溢れてしまいそうな涙を堪えて布団に入った。部屋の向こうから微かに聞こえる弟の鼻歌が、気持ちを誤魔化すためのものだとわかって余計に寂しかった。

そうして最後の夜が、静かに終わった。



そして、今度は弟の席が空いている。

振り出しに戻ったように見えるけれど、上京したあの頃とは違う。

誰かと暮らすことの温もりや、日々の愛おしさを知った。そして何より、これからも大事にしたい人ができた。

その人は、親友のようで、コーチのようで、ヒーローのようで、ちゃんと可愛い弟で。

彼は彼を必要としてくれる人たちがたくさんいる場所へと帰って行った。

あの水平線の先で、弟はその人たちと並んでぷかぷかと浮いている。そうだったらいいな。
それで時々、ふたり暮らしの日々を思い出してくれたらいいなと思う。

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