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14.月

新浦安の兎小屋でぼくは
天井の染みを見つめながら痩身だ
何曜だろう、蒸し暑さに目覚める
又今日も生きなければならないか
背後霊に唆される
髭を剃ることで人間を赦され
寝癖を直すことで夜は明け
靴を履くことで逃げ場のなさを知る
イヤホンはぬいぐるみ
音もなく、一体、音のない俗物だ 

顔のない人間と挨拶を交わす
「虚無」
虚無としか聴こえない
虚無の肉片
虚無の鐘声
虚無の学食
「あの子、エロくね」
四肢の生えたリビドーの
伸びた触覚を見ているぼくは
“俺”でなければ
形状記憶合金でなければ
どうだろう
顔面にこびりついた微笑の油を
プラスチックに似た食感の米と
血生臭く黄ばんだ水で中和するだけの午だ 

TOEICの点数が資産価値の世界で
学生は人間から人材になるべく
ぼくは人間から人外になるべく
つまり音楽を作っているのだ、けれど
音のない俗物に変わりなく
四月が路地に乾いても
五月が線路に放たれても
六月が屋根に垂れても
聴こえる筈もなくサイレント映画の
灰色を目で追うしか遣りようもない 

珈琲を飲むことで怒りは薄れ
ポチャン、と胃袋は揺れ
飢餓感が顕れ
いよいよ人間活動は思い出され
月が照る、ただ青いだけの眼球だ
木乃伊のように痩けた男がこちらを睨んでいる
「なんでもない月ですね」
独り、ツイッターだけが友だち
独り、実家から送られてきた五個の玉ねぎ
独り、隣家のカップルのまぐわい
水に曝すのも億劫で
腹の中で枝を伸ばす薔薇だ 

すべてが厭になり、すべてになりたかった
すべてを辞めたくなり、すべてをやれば好かった
ギターを背負って若潮通りをいく
背中とケースとの狭間から覗く死の魔手に
捕まらないように、漕げ、漕げと
歌を歌い、けれど、誰が聴くというだろう
ぼくにすら聴こえないのに 

アア、イライラ、イライラ、イライラ
頭ガ、厭、頭ガ
アア、ムラムラ、ムラムラ、ムラムラ
躰ガ、厭、躰ガ
アア、ユラユラ、ユラユラ、ユラユラ
心ガ、厭、心ガ 

夜は、アア、宛ら
宥めたって慰めたって駄目だった誰かの
顔を浮かべたみたく
歪んだり沈んだりしている 

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